第28話 青薔薇血染めて何色に?
軽く買い物をして、役所からの帰り
「つゆきさんもいよいよ引けなくなりましたね」
「うん、まぁ……そうね」
「昨日今日と色々ありすぎて、心の中は大忙しです」
昨日、入夏の父親……お父様が私の家にやってきて、そのまま連行されてしまった。
連行とはいっても手錠とかかけられる訳でもなく、任意同行という形で。
事情聴取の末に、入夏のお父様の早とちりだった事がわかり、開放されることとなった。
……当の入夏は。
親夫婦の離婚が実際は嘘であり、父親が出稼ぎに行ったつもりで、振り込んでいる口座を伝え忘れ、連絡もつかなくなっただけだったことが判明、つまり離婚していないわけで。
つまり入夏の長年の悩みは杞憂であったということで。
それはまあ良かったんだろうけど、数年ぶりに顔を見たかと思えば自分の恩人であり、唯一の友人であり、慕っている人を否定され、親の権利を主張された結果、これからまた始まるであろう親夫婦に自分は必要ない、と見限りをつけたのだった。
その後の帰り道で公園に寄り道し、本気で悩んでいる入夏を元気付けたかったのか、それとも下心が出てしまったのか、あらぬことか、付き合ってすらないのにプロポーズ紛いの言葉が飛び出し、結果的に入夏は元気になったけど、私と恋人的な意味で付き合うことになった。
それまでが昨日。今までで一番に色々と濃ゆい日だったと思う。
で、さっき、私の長年の悩みであった名前を変える申請をした。
その時に入夏も名前を……私と同じ苗字に変えたいと言ったが、結婚すれば変えられるということで保留……つまり実質婚約では?
早くない?まだ出会って半年なんですよ?
私の家系、母親や祖父達もこんな感じだったのかなと気持ち悪くなる……けど違うと思いたい。
「よくもワシらの金で……楽しそうにしおって」
アパートに入る前、杖をついている爺さんがこちらを睨んできた。
なんだこいつ。
「もっと若モンは年寄りに楽をさせんか」
あー老害系のやつか。
「お前らのせいでワシらは……」
私ら直接関係あんの?
「もしかして……?」
入夏がなにか察した様子……眉間にすっごいシワよってますけど
「少し様子が変です」
「へ?」
爺さんが杖を手放し、前に……入夏の方に倒れる。
だけど爺さんの腕は受け身を取るわけではなく、懐へ。
……妙だな?
「報いじゃ!」
懐から引き抜かれようとしている手には黒い柄のようなものが見えて。
すぐに薄そうな銀色のものが見えて。
つまりそれは刃物という訳で。
何故だろうな、認識できてすぐに私は入夏を突き飛ばした……が、爺さんのタックルを避けられるほど運動神経は良くない。
入夏から遠ざけるために、すぐに爺さんを突き飛ばす。
「つゆきさん!?」
「っぁ…………!!あんたまで豚箱行きか!」
咄嗟に出てきた言葉。
今、この爺さんの妻……つまり、私らを轢いた婆さんは刑務所にいる。
「もうワシらは長くない。その余生を壊した罪を償うんじゃ!!」
「理不尽です!!事故を起こしたのもおばあさんです!たまたま私達がそこにいただけで……」
「何言って……も、…………」
あれ、声が出ない……?
と思った瞬間、急に何も見えなくなり、体に鈍い痛みが走った。
……うつ伏せに倒れたと認識したのは、入夏が私を寝返らせてからだった。
「何を言っておる、お主らがいくら奪ったと思っている!ワシらの人生を潰しておいて、当然の報いじゃろうが!!」
入夏が怒り露に爺さんを罵倒していると、その中に聞き覚えのない声も混じってきた。
「爺さん何してんだ!!誰か人を!!」
いつのまにか人集りが出来ているらしい?
「なんじゃ!?邪魔するな!!離せ!!!」
スーツっぽい人が爺さんから真っ赤に染まった包丁を取り上げ、組み伏せていて。
「そこの君!早く警察と救急車を!!」
「な、何?なんの騒ぎスか??」
「通り魔だよ!手を貸してくれ!」
「お、オッス!!」
「つゆきさんが……!つゆきさんが!!」
入夏が私の名前を呼ぶ。
その手は真っ赤。
「助けたいなら早く止血を!」
「…………はい!!」
あー…………なるほどな、と。
それで私達に報復しようって訳なんだ。
結局そんな上手い話があってたまるかってことだよなぁ。
「つゆきさん!?つゆきさん!!?」
入夏が私の胸元を抑えるが、その指の間から鮮血が溢れ、入夏のワンピースを赤く染めていく。
わー、すっげ血がどばどばしてる…………だめだろうなぁ。
「止まらない……!なんで……なんで……!なんでっ……!!止まって!!!」
……あの事故でいるかと知り合えた。
入夏との出会いは、私にとって分不相応なくらい、身分差のありすぎる幸運だった。
けどあの事故で不幸になった人もいる。
そう言われても私には完全に理不尽としか思えない事で。
それは第三者から見て自業自得だろうが思った本人の匙加減で決まるもの。
……やっぱり、人間ってクソだな?
そういえば、入夏と出会ったあの時もこんな感じで血まみれだったのかなぁ。
「まだ寝ないで!つゆきさん!!!」
その声で、ずっと見えていたはずの愛しい顔が鮮明に映った。
何か、何か言わなきゃ。
「ごめん、ね」
「なんで謝るんですか!?」
「でも何より私に付き合ってくれて、ありがとね」
「そんなことない……」
「だから……」
「やだ、私は……絶対離しませんから……今も離したくないんです」
「これは……そう、運命?だから……仕方ない、の……」
「そんなこと……!そんなこと……」
「ごめ……ん……ね……?」
あぁ、温かい。
入夏はやっぱり私にとっての……。
「なんで……!」
「つゆきさん!?つゆきさん!!つゆきさん!!!」
「わたしを………………しない……で……」
「もう、ひとりにしないで……!」
聞いた直ぐなのに。
なんと言われたかわからなくて。
聞いた直ぐなのに。
最後に聞いた入夏の声が、顔が、姿が思い出せなかった。
ただ、誰かの声が……入夏ではない誰かの声で、
『いいや、こんなバッドエンドなんて、僕は認めない。こんな事のために君達を生かしたわけじゃない』
そんな呟きが聴こえた気がした。
それからのことは知らない。
多分、死んじゃったからだと思う。
こんなにも記憶がぶつ切りなるのは2回目かな。
……いるかと会ったあの時以来。あの時も私どうなってたんだろ。
まぁ知り得ることなんてないんだけどさ。
……いるかはどう生きるんだろう。
私がいなくなって、仕事に普通について、私の事をずーっと忘れないのかな。
いるかなら独り身を貫くのやりかねないけど、幸せになって欲しいから私の事なんて忘れて欲しいかなぁ。
まあ、多分出来ないんだろうな。
誰かのために生きて、死ぬ。
聞こえも良くて、当たり前な事だけど、私は当たり前に生まれ育ったわけじゃないから、それで満足できるのは入夏のおかげなんだろう……。
なんのために生まれてなんのために生きてきたかわかんなかったけど、あの子に会えてよかった。
最初の頃は手助けするだけで他意は無かったのに、今じゃ未練タラタラだ……あはは。
もっと早く、もっと素直に言っとけばよかったかなぁ。
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