第27話 翌日と呼び方
ぱちり。
「……」
目が覚めた。
隣で寝てる入夏は……まだ夢の中の様子。
何時だ?……んー、ちょっと余裕があるな。
何も考えずに入夏の顔でも眺めて……。
……。
…………。
………………そういえば。
昨日私凄いこと言ったな?
うん、なんであんなこと言ったんだ?
『つゆきさんにとって私とはなんでしょうか?』
『正直に答えた方がいい?』
『今はお願いします』
うん、ここまでは普通なんだよ。
『一度死んだ、私の生きる理由』
ここまでは……まあ許容範囲だ、間違っちゃない。
『この世の誰よりも愛おしい』
うんうん。
いやそうじゃないんだ。
……なんで口走ったあああああああ!?
「ん……」
入夏がこっち向きに寝返りを打つ。
まだ覚醒には遠い様子。
そう、寝返り。
寝返り打っただけ!
打っただけじゃん!
なんでこんなに心臓バクバクしてんの!?
想いというものは言葉にして初めて形を帯びる、と誰が言っただろう。
確かにかなり前からいるかのことは好きだった。
……ただそれに加え、私の手を取ってくれるあの子が、私のために新しい知識を得ようとするあの子が、私に対してさほど重要でもないことほど見栄を張るあの子が。
……私の前でだけ感情を露わにする入夏を愛おしく感じてしまっていた。
そしてその入夏と毎日目覚めから夢に落ちるまで常に一緒にいるこの日々が手離したくない、いや、この普通ではない異常な日常が、失って初めて猛毒になるものだと。
心の奥底でふわりと感じて、でも言葉という形にしないようにしていたのに。
……やってしまった。
後にはもう引けない。
「じー」
あれだけうるさかった心音が止まったように思えた。
「お、おはよう……」
「おはようございます」
「……」
「あなた?」
待って待って待って!『あなた』って何!?
そして何この充実感というか幸福感というか待て待て待て!!
「それは気が早くない?」
「そうですか……」
しょんぼりする入夏。
「ぅ……」
言葉に詰まる。気まずい……!
「恋仲とは実質夫婦のようなものでは?」
「恋仲は認めますが夫婦には遠いと思います」
付き合い始めて次の日がベッド上って……。
いやいつも通り何もなかったけど!確かにこんなの普通じゃない!!
昨日口走った事で後悔やら何やらに押しつぶされそうになった昼のこと。
結局ぎこちないながらにもいつもどおりの朝支度を済ませ、片付けとかをした。
「そういえば、つゆきさんって呼んでますけど、みつゆきさんと呼んだ方がいいですか?」
私の本名は悠木光行(ゆうき みつゆき)、由来は神に助けられるようにとかそんなのらしい。神頼みどころか丸投げじゃねえかよと名付け親の行動を見て何度思ったか。
だけど入夏はつゆきと呼んでいる。その事についてだった。
「あぁそれ……まあつゆきでいいんじゃない?」
「いいんですか?」
「みつゆきという名前はあくまで親が付けた名前だからね、私は親が嫌い、よってみつゆきという名前も嫌い。オーケー?」
自分よりも親が嫌いなのである。
「つゆき、ならいいんですか?」
「んー、いるかはどうなの?」
「私がいるかと呼ばれることについてですか?」
「それと私をつゆきの名前で呼ぶことについて、ね」
「むむ……正直夏に入るという名前の割には夏は嫌いです。そもそも私11月30日生まれの冬っ子ですので」
「でも入夏、とつゆきさんが呼んでくれるなら、その名前は好きです」
自分のコンプレックスであっても、好きと言ってくれるなら私も好き、と、いつも通りな回答。
「つゆきさんを呼ぶことに関しては、最初は間違いでしたけど、なんというか、私だけの愛称というか、そんな感じです」
つゆきと呼ぶようになったのは出会った時に私が名前を思い出すのに手間取って、切ったように聞こえたからとか聞こえなかったとかだろう。
すぐに訂正しても良かったけど、私は自分の名前が嫌いだったし、みつゆきだと男性名っぽくて隠し事がバレそうだな、まあいいか、とそのままで、隠し事をばらした後もそのままでいい、と現在に至る。
「歳とってもっと落ち着けばみつゆきさんと呼ぶかもしれませんが、今の私はつゆきさんとお呼びしたいです」
「んー……独断でもいいんだけど、前々から悩んでて、入夏に決めてもらいたい事があるんだ」
「入籍ですか?」
「違うけど、まあ遠からず……」
入夏の目が一瞬でキラキラしたのが見えた。
「名前変えようと思うんだ」
「……」
鳩が豆鉄砲食らったような……入夏で言うと、ささみだと思って食べた天ぷらがイカだったときの顔。
「えっ、上も下も?」
「そう」
「……私が決めていいんですか?」
「通るかは役所が決めるけど」
「……なら、わたしも?」
入夏はそれほど自分の名前が気に入らない訳じゃなさそう。
なら……。
「入夏」
「はい♪」
いつもの問答だけど、やっぱり私に呼ばれると若干口角が上がる。
「……必要なさそうですね」
「そうみたいね」
今度は、と。
「みつゆきさん」
「何」
「つゆきさん?」
「なに?」
「変えましょう」
即決だった。
「ではこの申請書に記入してください」
「はい」
私つゆき(暫定)、今役所にいるの。
「結城、露雪、と」
「本当にいいんですか?」
「いいんだよ、悠木家の光行はあの時死んだから、文字通り光差す所に行った事にしよう」
窓口のお姉さん顔が引き攣ってる……。
「入院してた時にうちの親族見舞いに来た?」
「来てないですよね?」
「来てないよ、つまりそういうこと」
私はあの家系にすら居ないのだから。
「苗字まで、いいんですか?」
「むしろ苗字が変えたい」
「それなら、私も……」
「どうせなら?」
「つゆきさんと同じ苗字が欲しいですけど……」
要するに結婚しろと。
「それは、まぁ……今は諦めて」
「今は……それってつまり……」
「ノーコメントで」
キープとも取れるけど、私はこの子しか狙ってないというかこの子がいいんだけどね、まだだめなのよ。
「あとはここに拇印か」
「はい」
「これでよし、っと」
一通り書き終えて、受付の人に渡した。
「雪が露になる、です」
役所を出て、帰り道のこと。
「由来?」
「はい。雪も夏に入れば露になる、です」
夏に入る、入夏。
雪が露になる、露雪(わたし)。
入夏は自分の名前と近しい法則で漢字を選んでくれた。
「それで露雪か」
「結城は読み方は同じですけど、二人の居場所を築くという事で」
読み方を変えるか、読み方は同じで字を変えるかが通りやすいらしい。
下の名前の方は一文字削るだけなので、まあ何とかなるでしょう、という事だった。
「本当に私が決めてよかったんですか?……もし、です。もし私と別れるようなことがあったら、つゆきさんに対する呪いになるんですよ?」
入夏と考えた名前だからこそ、この名前を見る度に入夏の事を思い出す、それはつまり。
「そうなる事を願ってかつ縛る目的ではなくて?」
「う……鋭いですね」
「でも分かってたということは、私と離れない、つまり将来的に……という事ですよね?」
「これでおあいこだね」
「……はい。遠回しですが、私からのプロポーズです」
「婚姻届取ってこなくてよかったの?」
「ふふ、いいんです。まだその時じゃないというのは私もわかっているので」
やっぱり弁えてはいる。成人しているとはいえ、私達はまだまだ幼いのだから、事を急ぐと痛い目を見る。今までもそうだったように、私の親が、祖父がそうだったように。
「ツンドラの、永久凍土のようなあなたの心を私が溶かします、という私の意思表示でもあるんです」
「……ほーう?」
「つゆきさんはもう少し人間らしさを取り戻すべきです。それこそ、心を殺すのを躊躇わないのは異常なんです」
「……ほう?」
私そんなドライか?
「少し前、私と出会った頃よりはマシです」
「心を読まないでくださいまし……」
いつも思うけど、なんで入夏からは筒抜けなんだろ?
「……私にはわかんないよ」
「私から見れば冷えきってます。私に対して説教を垂れたあのつゆきさんの目、表情、声は冷たかった。そして、何より一種の諦めのようなものがありました。」
確かに、人類に対してはもう何も期待なんかしちゃいない。
有能か無能か、そんな話じゃなくて、基本出来ないやつが普通、性善説は机上の空論と胸を張って言えるほどに。
「でも初対面の、割と温厚そうに……踏み入って欲しくなさそうに振舞っていた私に対して余計なお世話をする程度には暖かくて」
「それがツンドラってこと?」
「はい、私に対しては暖かいのに、涙さえ凍らせて積もった雪に心を氷漬けにされてる感じです」
ツンドラも夏季には表面だけ雪解けし、藻類が顔を出すと言う。
でも、その芯、大地は氷漬けのまま、だからか。
「最後に泣いたのいつですか?」
「……さあね、私はアニメとか小説とかでも泣かない人だから」
「なぜ泣かないんですか?」
「……そんなの」
「『思考の邪魔になるから』」
「ほーう?」
いつぞやの仕返しか?
「ふふ、仕返しです」
心を容易く読まないでくださいまし……!
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