第26話 来客と恋仲
ぴんぽーん。
「ん」
ある日のこと、珍しく我が家のインターホンが鳴った。
「はーい」
とりあえず覗いた感じ変な人じゃなさそう。
「いるかが居ると聞いてきたんだが」
「あ、はいはい、呼びますね」
後ろに振り向き、入夏に声をかける。
「いるかーー、お客さーん?」
「はーい?」
「間違いないです」
ん?更に聞き慣れない声?
前に向き直ると横から警察官っぽい人登場。
「悠木光行さんですね?」
「はあ」
「署までご同行お願いします」
「はい?」
あやっべ、いつもの返しをしてしまった……。
「被疑者の身柄を確保しました」
「あなたには誘拐の容疑がかかっています」
「はあ?」
「なんの騒ぎですか?」
出てきた入夏はこの状況に困惑してる様子。
私もよくわからんが?
「被害者の姿を確認、保護します」
「えっ!?」
じんせいで、はじめてぱとかーにのった!
「……あの子とどこで知り合った」
入夏のお父さんかっこざんていと警察署の人と私。
手錠とかはナシ。あくまで任意同行らしいので。
そして、質問責め。
「そのへんの道端で?」
「なぜあの子を誘拐しようと思った」
「あの子が私の家に住み着いただけなんですけど……」
「何、あの子と恋仲とでも言うのかね」
「ただの同居人ですよ」
「なら尚更だ」
「貴様のような性犯罪者には罰を受けてもらわねばならん」
ありもしないこと色々言うならちょっと頭にくるぞ。
「はい?私にはそんな覚えないのですが」
「シラを切るか、性犯罪者め」
「あのー?話が一ミリも理解できないんですけど?」
埒が明かない。
「つか話ならあの子に聞けばいいのに」
「それもそうか」
ここは話を聞くのか……根は真面目なタイプ?
その時丁度良く、扉が空いた。
「つゆきさん!殴られたりされてませんでしたか?大丈夫ですか?」
「あらー♪つゆきさんお元気でしたか?」
入夏の母と入夏の登場。
「あ、入夏のお母さん……お久しぶりです」
「……やっぱり男の子だったのねぇ」
はい?”やっぱり”?
「見抜いてやがりましたか……」
「親子ですものー」
「黙ってれば友達とシェアハウス的なニュアンスで許してくれると思ったのですが」
言ってなかったってこと?
でも手紙には……あれ?あれえぇ?
「娘の恋路をそっと応援するのも親の努めですから」
「こい、じ……だと……?」
「あ、お久しぶりです、お父さん」
……やっぱりお父様なんだ?
「ともかく、いるかよ無事だったか」
「……はぁ」
入夏が大きくため息をつく。
この場を流れる違和感と、ちょっとの静寂は疑問を呼ぶわけで。
……なあ、いるか、と口を開いたら、入夏父に『黙ってろ』と怒られました。
これ勘違いだったってことだよね?これ。
「今その坊主から話を聞いていた」
「はい」
「自分から同棲しに行ったというのは本当かね」
「本当です」
「まさか、勘違いでこんなに大事にしてしまったなんてこと、ありませんよね?"元"あなた?」
「……」
元……つまりそういうことか。
てか父ちゃんかわいいな、目はめっちゃ泳いでて返す言葉が見つからない感じ。
「誤認逮捕?冤罪?」
「つゆきさん黙っててください」
あっはい。ちょっと調子に乗ろうとしたら入夏さんに怒られました。
「えっと、なぜ私が誘拐されていると思ったのか経緯の説明を希望します」
入夏のお父さんはめっちゃ冷や汗かいておられる。
少し沈黙の後に話す内容がまとまったのか、話し始めた。
「ニュースを見ていたら、被害者は娘と同年齢の同名で、場所も家の近くで、もしやと思って様子を見に行きたかったんだが……生憎仕事が忙しくてすぐには行けず、仕事が片付いたから戻ってきてみれば、退院したばかりなのに家にいないではないか」
確かに入夏の家には一晩しか、いや夜のうちに私の家に来たのか?
「それどころか見知らぬ男に付いて行っただのと」
なんか聞いてた話より入夏を大事にしてるっぽい
「この人はそのあと続きを聞かずに飛び出して行ったわ」
入夏母が付け加えた。
やっぱ根は真面目だけど暴走するタイプか。
……いるかの父親らしい。
「昔から早とちりするところは変わらないのね」
「ぐっ……」
「若い頃は格好よかったのに」
「ぐぬぬ……」
いるかのかーちゃんもいるかのかーちゃんしてる……。
そろそろ黙ってるのも辛くて、入夏を見ると目が合ったので。
『……いるかさん?そろそろ喋っていいですかね?』
『いいんじゃないですか?』
『りょーかい』
と、アイコンタクトを交わして。
「……積もる話はお二人で、私とつゆきさんが居る必要ありませんよね?」
「あ、あぁ……どうやら俺の勘違いだったみたいだ、すまない」
「で、えっと……いるか、どうする?」
「帰ります」
あ、帰るんだ?
「あー……その、なんだ、お詫びと言うか……飯でも食っていかないか?」
「あら、私は作らないわよ?」
とーちゃん固まったぞどうすんだよこれ……。
「第一、もう夫婦じゃないんだから、なんで他人のしでかしたことに私が付き合うのかしら?」
「……つゆきさん、行きましょう?」
「えー、これ放置してていいの?」
「いいんです、今の私にはつゆきさんだけが家族です」
「ええぇぇぇ……」
こっち向いたまま両親固まってるぞ入夏さん!!
「つゆきさんだって似たようなものでしょう?」
「まあ、そうだけどさぁ……見過ごせないというか」
「私も同じです」
「……そういうことね」
「そういうことです」
私達のやり取りを見て、入夏の両親は余計に困惑している様子。
入夏はそんな両親を『もう知らない』と言わんばかりに私の手を引き、部屋を出て、扉を閉めた。
「……で、盗み聞きと」
「気にならないとは言ってないです」
耳を扉にくっつけ、中の会話を盗み聞くことに。
『まず言うことあるんじゃないかしら?』
『その、すまなかった』
『違うわよ、あの子達に』
『あ、す、すまん』
『あとそれとやっぱり私にもね』
入夏のお母さんはなかなかにご立腹のようで。
『突然出稼ぎに行ってくるとか言って私達を放っておいて?そのせいでいるかはかなり自分を責めたのよ』
これが、別離の理由……?
『そんな事が』
『そんなとは何よ、一大事でしょう?』
『でも離婚は』
『あんなのどういるかに言えばいいかわかんないじゃない』
『嘘を言ったのか』
『連絡もつかないし完全に失踪よ』
『口座には毎月……』
『通帳だけでどう引き出すのよ』
『あ!?カードの隠し場所言ってなかったか!?』
『聞いてないわ』
『それじゃあどうやって……』
『いるかを食べさせていくのは大変だったのよ?』
『あぁぁ……』
離婚すらしてなかったのね、入夏にどう話すか定まってなかったから一応そういう事にしたんだろうか。
「とーちゃんこれ大丈夫か?」
「……」
「あれ、いるか?」
返事がないので入夏の顔を伺うことに。
ぽかーん、と口を開け見たことのない顔をしてる入夏さん。割と貴重?
かーちゃんの話信じてたやつかこれ……。
『で、あの坊主は何なんだ』
『いるかの未来の旦那様かしら?』
『そんな話聞いてないぞ……』
私もそれは聞いてない。あくまで同居人だし……?
てか入夏のお母さんって私のこと男だと見抜いてたのか?
『でもあいつはそんな仲じゃないと』
『いるかが選んだのよ?』
『それでもなぁ……!』
『何?娘の決定に不満かしら?』
『俺は反対だ』
むす、と入夏の表情が険しくなっていく。
あの入夏がご立腹……?珍しい。
『とりあえずあの二人を呼び戻してくれ』
『嫌よ、まだこっちの話が終わってないじゃない』
はあ、と入夏がため息一つ漏らし、立ち上がる。
「……帰りましょう」
「いいの?」
「知りません」
「あの二人はもう他人なんです」
「私達まだ付き合ってすらないからね?」
「ふふ、そうですね。私は”まだ”居候の独り身です」
振り返りながらにこり、と笑う入夏に手を引かれ、そのままついて行くことにした。
署を出て家の近くまで歩いて、そのままスルー。
どこへ行くのかと思いきや近所の自然公園へ。
道中に会話はなく……悩みに悩んでいる様子で?
「で、入夏さん、そろそろ喋っていいですか」
「良いでしょう。ここなら二人っきりです」
とりあえず近くのベンチに座る。
ほどほどに静かだけど、枝と葉のさざめきに鳥の声が混じる。
話しにくいことを話すにはいい場所だと思う。
「ご立腹?」
「ですね。二重に」
「片方はまあ予想つくけど……」
「お察しの通りです。私の家族の話です」
丁度、背中を打つように吹いた風に銀杏の葉が煽られ、舞い上がる。
「昔、お父さんが家を出ました」
「聞いた。入夏は自分のせいで家にいられなくなったのだと」
「はい。ちょうど学校が上手くいってなかった時なので、私の様子や態度から夫婦仲を裂いてしまったと思っていました」
大きく息を吸い、吐き出す。
それまで溜め込んでいたものを全て捨てるように。
「……真実を知ることになるなんて」
それは入夏がずっと抱えていた事だった。
誰にも話せず、自分しか解決できないけど、どうしたらいいかわからない。
そんな葛藤を何回何百回繰り返したのか、想像に難くない。
「お母さんもお父さんのことは意に関せず、一切口に出さなくなったので、そういうものなんだな、と納得しました」
入夏のお母さんも、入夏に気負わせまいと色々悩んだ結果なんだろう。
「やっぱり私はあの家にいるべきじゃないんです」
退院した翌日、いや初日か。
入夏は私の部屋に来て、私の隣で寝ていた。
入夏のお母さんとのやりとりは聞いていないけど、手紙を持っていたり、そこまで不仲のようには見えなかった。
けど、それはお母さんが入夏の行動を読んで、すぐ用意したもので。
それを受け取った入夏が家を出たのはその日の夜中だとしたら?
……入夏は何を思って深夜のうちに一人忍び出たんだろう?
その理由が”やっぱり”と、言ったものだったら?
「まだまだ子供なんです。あんなことしておいて、久しぶりに顔を見たと思えば親の権利を主張し、つゆきさんとの交際すら認めてくれない」
その推測が当たっているか答え合わせのように、入夏なりの気に入らなかった事を吐き出す。
「あの二人にとって私って一体なんなんでしょう?……というのも何度目でしょうか」
入夏のこの気持ちは私に八つ当たりしたいわけでも共感を求めているわけでも慰めを求めているわけじゃない。
答えなんかないのだから。
「ああまったく。気が済まない……」
手頃な小石を拾い投げ、軽い水音が響く。
「……つゆきさん」
「なあに?」
「つゆきさんにとって私とはなんでしょうか?」
「正直に答えた方がいい?」
「今はお願いします」
繋いだ手に籠もる力が強くなった気がした。
だからかもしれない。
本音を答えなきゃいけないと思ったのは。
「一度死んだ、私の生きる理由。この世の誰よりも愛おしい」
「……そうですか」
空を見上げ、目を閉じ、ため息をつく。
普段の入夏の言動や行動からは信じられないであろう反応だった。
自分が何よりも欲しかったものを手にしてるのに舞い上がらず落ち着きを保つ。それがどれだけ難しいことか。
「はぁー……」
目を閉じたまま何か考えてる様子。
次何するかは分からないけど、何かをすれば理解出来るから待つ。
私だってそうするだろうから。
「つゆきさん」
「なに?」
「気が変わりました」
「ほう?」
「私、あの二人のことを見捨てます」
「……」
普通に考えれば勧められないだろう。
ここは反対すべき所なのは考えなくてもわかるだろう。
……普通ならね。
「引っ越しませんか」
「……真面目な回答しても?」
「はい」
「資金心許ないです」
「……ですよねー」
実際引っ越しまるまるしても家族と縁切るなら連絡先も変えなきゃいけないし色々お金がかかる。
私たちはまだ仕事が決められていない。故に安定した収入はない。
まだ早いとしか言えないのが現実だろう。
「じゃあ提案です」
「はい」
「つゆきさん、お母様のことを詳しく教えてください。つゆきさんなら同じ行動に出るでしょう?」
「その通りだけどね、実はもうやってるんだ」
青天の霹靂。
けど、戻ってくるのは早く。
「……今の家がそうなんですか?」
「うん。今の入夏には知識としてではなく実感として認識できると思う」
「そうですね……」
ちょっぴり残念そうだけど、私と同じ発想に行き着いたと自覚してか、少し表情が柔らかになった。
「今すぐに結婚して、とは言いません。いつも言ってますけど」
この出来事が入夏にどんな影響をもたらすかはわからないけど。
「でも、でもね、ちょっとだけ、もうちょっとだけ人らしく生きてみようと思います」
そう言って、私を見つめる入夏。
「……言ったからにはもう一生離れませんからね?」
……凄いこと口走ったよなぁ私?
「ノーカンでもいいですか」
「なんでですか!?」
「いやあ……その……自分で言って恥ずかしくなってきたというかね……?」
「『付き合ってすらないのに』って言い続けてたから?」
入夏を元気付けたいとか、弱みに付け込んでとか、そういう事は一切考えてなかった。
ただ、聞かれたことに正直に答えただけ。
それがどれだけ正解で、間違っていたか、今更自覚する。
「ふふ、いいんです。つゆきさんはただ素直に質問に答えただけ、それ以上の意図はないでしょう?それでも私にとって最高のプロポーズですから!」
むむむ……元気になってくれてるのは嬉しいけどなんか違う……墓穴掘って逃げ道塞いでしまった、そんな感じがする……。
「ふふ、この場所は誰にも譲りませんから!」
私に抱きつく入夏。私は嬉しくて嬉しくて仕方がないのだから本心って憎い。
「えーっと……ね。……ね?」
戻ってこい語彙力。入夏より動揺するなー!!
「わかってます。言わずとも心は同じなんですから。『前も言ったけど、まだ若いし知識不足だからゆっくり歩んでいこう』でしょう?」
にこにこと、よくわかっておられるようで。
「とりあえず、まあ、その……」
「「これからもよろしくお願いします。大好きです」」
どちらが上で下で、が気に入らないスタンスらしい。
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