第24話 自責と初でえと?

「行きたくない」

「どうされたんですか?」

「単純に行きたくない」

「……担当のあの方?」

「正解」


リハビリも終わりに差し掛かった頃、仕事を探そうということでハロワへ行った。

そこでまず『就業経験がないなら』と、社会復帰など訳アリの人用に斡旋をしているところを紹介され、行ってみるだけ行ってみることになった。


「……あの人とは合わない。正反対すぎて反発すると思う」


そこでまず簡単なテストとして、軽作業とか表計算とかそういうものを受けた。

のだが、入夏と一緒に居たもんだから、まぁデートスポットじゃねえぞ的なこと言われたりしたわけです。

ちなみに入夏とは別のグループに別れたからここからの話は知らない。

入夏は離された事について同室ならということで承諾した割には終始ぷんすこしてた。


で、ここから入夏の知らないこっちの話。

まず、私の結果を見て、『“軽いテスト”で本気出してんじゃねえ』とか言われたのは正直意味がわからない。

私一応家業が電気工事でドライバーなど工具の扱いには慣れてるだけで、それでも全力ではなかったのは事実。

とまあ何かしらやる度に口を開く奴がいたのです。指導側に。

それだけならまぁ良かったんだ。私に対しては、ね。


ああいうところって、発達障害とか、後天性の障害とかだったり、長らく動かしてなかった体を動かすんだから何回言われても出来なかったり、機能的にまだできない事があっても珍しくない。

まあ、言い方を選べば手先の扱いに慣れない人も多く居る。

それなのに自分が請け負ってる人の輪で、初見がまあまあ出来るからと、特定の個人を本人にわかるように、だけど遠回しに貶すのはどうなんだと。

そしてなぜその輪で他の人に肯定を求める?なぜ広める?

その人はまだリハビリしてる身なのになぜ普通以上を要求する?

できなくて当たり前じゃん。

それが指導する側として務まるの?

真面目な話し合いを見当違いなことで妨害したりしてるくせによく言えたもんだと思う。

そしてそいつが私の担当なのが気に食わない。

だからもう行きたくない。


「つまり、その方の職務怠慢ということですか?」

「端的に言えばそうだと私は認識してる。だからこそ『家業で慣れてるだけなんで』と言ったら睨まれた」

「……つゆきさんは真面目すぎるんです」


難儀な性格だなとは思う。

黙ってりゃいいのにね。私も余計な事喋るのは同じだわ。


「きっちりする所はきっちりする。それ以外のところでも『なんとなく気になるなら』きっちりする。私はつゆきさんのそういう所は長所だと思っていますし、そこも好きです」


細かい所が気になるんだけど、基本は適当でもある。

だけどどうしても許せない事がある。それだけ。


「だから早かったんですね?」

「うん。抜けてきた。巻き込んでごめん」


あの空間に居たくないなと思ったから、入夏を連れ出してきた。

そして今、自室で入夏と話している。


「ちゃんと連絡はしてる」

「どう言って抜けてきたんですか?」

「……本人には『ごめんなさい。頭冷やしてきます』って。所長さんには機会があればまた伺うと」

「そうですよね……つゆきさん。あなたはそういう人です。明らかに相手に非があるじゃないですか。なのになぜ自分が悪いと?」

「んなのよく知ってるでしょ……1%の非でも非は非だから」


余計な事を言った。ただそれだけ。

それでも1%を満たすには十分すぎるんだ。


「……つゆきさんは眩しいんです……とても。真面目に、真っ直ぐに、真っ当なその人柄が人によっては眩しすぎて、自分が霞んで見えてしまう」


自分で言うものでは無いが、これで悩んでるんだ、自覚ぐらいしたっていいだろ。


「けど、やはり人によっては自分と比べて自分が醜く見えてしまう、自分の醜い部分が照らし出されてしまう人もいるんです。そんな人からするとつゆきさんは無意識にでも避けたい人間なんだと思います」


私が人を避ける理由の一つでもある。


「そして、それは確かな負の感情と、行き場のない憤りを産むんです。当然発散はしたい。だったら原因に当たればいい」


同じような理由で敵を作るのは何度やった事か。


「その方も悪いことをしたと自覚があるはずで、そんな時に、争う前に相手に話を終わらせられたらどう思いますか?」


相手にされてないようにも感じられるであろうこの選択も、相手を逆撫でするのもわかってる。


「……そんな人柄だからこそ、お互いにうまく接し合えないんです」


そんな事は遠の昔に気付いてる。


「そして、これらに向き合った上で選んだ選択が、これまでの素行と、停滞ですね?」


……敵わないなぁ。


「行きたくない、あの方が気に入らない、と仰りました。でもつゆきさん、大半というか殆どは自己嫌悪ですよね?」

「……うん」

「そう思わせてしまった自分が嫌で、またそのような場に行けば同じことを繰り返してしまうのではないか、と」

「そんな思いをしたくないから行きたくないんだ」

「そして、”いつも通り”感情を押さえつけて言葉を返したそのことがつらい、ですね」

「うん」


それと同時に情けないとも思う。

入夏にこんなとこ見せたくなかったし。


「……私もお休みします」


そして、私のこんな所を見た入夏が取った選択は私にとって猛毒で。


「そして、何日か、何ヵ月でもいいです。遊びましょう?デート行きましょうデート。そしてその気持ちを落ち着かせて、また考えましょう?それから向き合っても遅くないはずです」


私に休めと、頑張るなと言っている。


「だって……つゆきさん、泣いてるんですから」


目元を拭う。


「泣いてないよ、泣いてなんかね」

「ええ、そうかもしれません」


私の涙はもう出して堪るものか、と。

母親とその現旦那の結婚式中、あまりにも気持ち悪すぎて抜け出した時に思ったもの。


「もう感情を、心を押さえつけないでください……」

「……」


はぁ、と入夏が小さくため息をつく。


「あなたの心はもう耐えられないんでしょう?」

「押さえつけた感情が、悲鳴をあげて、今にも自分に襲いかかってそうな……そんなふうに見えます」

「つゆきさんはもう笑ってていいんです。笑ってください……私のためにも」


入夏のためにも、か。

……まだ、まだだ。

入夏の言う通りなんだとは思う、だけど言う通りにしてしまったら何か引き返せなくなる気がする。


「……はあぁぁぁー」

「どうしました?」

「……ねえいるか」

「はい」

「昼寝しよか」

「はい?」

「このまま横なってほら」


入夏を抱え、ベッドに寝かす。


「え……?」


まあ当然というか、あらわになった耳は超真っ赤。

そんなことは知らない、どうでもいいのです。


「右手ぷりず」

「……はい」


左手を口元に、右手を差し出す入夏。

入夏の心境なんて知ったこっちゃない。

私は寝るのだ。というわけで隣に横たわり、タオルケットをかける。


「よし、寝る」

「えええ!?」

「うん。やっぱこれ効くわ」


入夏とならというか、入夏をストレス発散に使うことにした。

というのも、入院中という短い期間だったけれど、何故か落ち着くコレで心を落ち着かせようという策です。


「あー……はい。わかりました。そういう事ですね……心の準備しかけたのに……」


察しの早い入夏さん、弄んで悪いとは思うけど、今は許して欲しい。

起きたら何かしら埋め合わせなりしようかな。


「あーあーきこえなーい」


ちらっと入夏の顔を見たところ、割とまんざらでもなさそうで、余計にどうしようか起きてからの悩みが一つ増えた。


「……つゆきさんのやさぐれモード、初めて見ますね?」

「そうだとも。感情に流されない妥協点、ちょっとやさぐれるくらいならいいでしょってね」

「うぅ……このままつゆきさんの人心掌握できると思ったのにぃ……」

「そんな簡単にくれてやるもんですか」


下心まぁまぁあったらしいので埋め合わせの話ノーカンでもいいかな。

考えるの面倒だわ。


「いいんですか?こんなにいちゃいちゃして。後で後悔するかもしれませんよ?」

「いいの。これが本心だもん。一過性なんかじゃありませんーだ」


これじゃあ入夏の事が好きですって言ってるようなもんだけども、まぁ良いでしょう。


……目を閉じて、色々整理つけてると隣からつぶやきが聞こえてきた。


「……こうやって手を繋いで話したりって、家デートみたいですね?」


『うむ、こりゃ初デートだなあ』って口から出そうになったけど、寝たふりでごまかせないかな。





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