第23話 自炊と天ぷら
「今日の夕飯どうしようか」
時刻は午後四時。
リハビリとか色々終わって、さぁ買い物して帰ろうという時間。
「そろそろ体に悪そうなもの食べてみたいです」
「ハンバーガーとか?」
「……うっ」
私達はつい最近まで入院していたので、まぁ体に優しいものしか食べてなかったのです。
当然味の濃ゆいものが食べたくなるのは心理。
だけどいきなり食べれば身体が受け付けないのも道理。
「なんかその……ジャンクフードではなくてですね……」
「ご所望は?」
「うー……何も思い浮かばないです」
特にこれが食べたい!ってわけじゃないけどなーんか重いものが食べたい。そんな感じ?
「とりあえず買い物しよっか」
「歩きながら考えましょう!」
てなわけでスーパーへ寄ることに。
「……あ」
「んー?」
その道中、電柱に付けられた看板を目にして入夏が足を止めた。
「そういえばここに看板はあるのにお店の位置は知らないんですよね、これ」
電柱に貼り付けられる程度の小さな看板。
そこには天ぷら山城と書かれており、他の情報は矢印程度なもの。
「行ってみる?天ぷらだから油だけど」
「天ぷらですか……少しなら」
という訳で脇道入って神社の隣にひっそり佇む天ぷら屋、山城へ。
「結構年季入ってますね?」
「確かここ一号店だったような」
大正だったか昭和だったかそのあたりからありそうなくらい。
「つゆきさんは来たことあるんですか?」
「前この近くに住んでたのと、祖父の手伝いした時の昼飯に来たことがある程度」
「私、近くに住んでたのに気付きませんでした……」
そら仕方ない。大通りから脇道に逸れて、さらに曲がった所の突き当たりにあるのだから、表から見えない。
お店の外見だって昔ながらって感じの和風だし、地味ったらありゃしない。
「美味しいんですか?」
「今の口に合うかは不明」
病み上がりですもの。
と、いうわけで中に入り、案内されてお座敷へ。
「相変わらずボロいな、嫌いじゃない」
「思ったよりお客さん多いですね」
まあそうでしょうよ。だって山城だもん。
と言いたいけどグッとこらえて入夏とお品書きを見る。
「椿?松?竹?梅?」
「中身は書いてあるけど、天ぷらの内容が違うだけよ」
「松や椿の天ぷらがあるのかと……つゆきさんは決まりました?」
「入る前から決めてた」
「では私もそれで」
「はーい」
呼び出しボタンを押し、店員さんを呼ぶ。
椿定食を二人分注文した。
「定食なんですね」
「ここは定食屋だよ、ちょっと値が張るけど」
千円でちょっと足りないくらい。
お昼定食ですら千円出して自販機の飲み物一つ分お釣りが来る程度。
「……仮に美味しくてもあんまり来れなさそうですね」
私達病み上がりのリハビリ中。収入は無いのだから仕方の無いことです。
「お待たせしました、先にご飯とお味噌汁です。ご飯はお代わり無料ですのでお申し付けください」
とんとんとん、ご飯とお味噌汁とお新香が並び、程なくして天ぷらが運ばれてくる。
「もう一皿お持ちしますので先にお召し上がり下さい」
この店は天ぷらを二回に分けて提供する。
詳しい理由はわかんないけど、天ぷらは揚げたて熱々が最高なのだから拘りあってのことなんだろう。
「これ、なんでしょう?おさかな?」
入夏の視線の先にはどうやら八の字型の、頂点に尾ひれが見えるものが。
「これ?キス天だけど」
自分のを箸で取る。
「キス天?」
「魚に喜ぶってって書いてキス(鱚)と読む、大きくて三十センチくらいの白身魚」
「へえ、これはちっちゃいんですね」
このキス天は尾ひれから胸ヒレ直前で十二、三センチほどだろうか。
「そうでもないよ、アベレージが二十センチ位だし」
「そうなんですか?」
入夏さんは料理経験が全くない。なので知らないこともあるのです。
「揚げると縮む」
「えっ、そうなんですか?」
へぇー、とキス天を眺める入夏。
「天ぷらって贅沢な食べ方なんですね……」
なんか違う気もしなくもないけど、まぁいいか。
「あれ、つゆには漬けないんですか?」
私がキス天をそのまま食べたのを見て、入夏が聞いてきた。
「んー、個人的には塩だけど、まず一口いってみ」
「わかりました」
さくっと小さく一口。
もぐもぐもぐ。
さく、さく、さく。
無言で三口行きおったぞこやつ。
「んー!んんんー!!」
目がキラッキラとしておる……。
「飲み込んでから喋りなさいな」
「もっふんふんふふふんふんふ!」
「『もったいないじゃないですか!』?」
ん!と肯定?を頂きました。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
ずーっと噛んでんなこやつ。
「お待たせしました、もう一皿です」
とん、とんと皿が並び、これで注文は以上。
「あ、すいません」
店員さんを呼び止める。
「はい、どうなさいました?」
「追加でキス天二つお願いします」
「かしこまりました、すぐにお持ちしますか?」
入夏を見ると、全力で首を縦に振っている。
「ふふ、かしこまりました」
そんな入夏をみた店員さんが事態を察したらしく、厨房へ戻っていった。
「いいんですか!?」
「いや良いでしょうよ、気に入ったなら食べんしゃい」
天ぷら屋なので単品注文は受け付けている。なので追加。
ちなみに入夏のキス天はもう尻尾しか残ってない。
「ひとつは塩で、もうひとつはつゆで頂きます…!」
一つはわたしののつもりだったんだけど、まぁいいか……。
「見てなかったけど全部そのままで食べたの?」
「はい……」
どれだけ好きなんだか…まぁ気に入ってくれてよかった。
「これは何でしょう?」
「ああ、トン天?」
「とんてん?」
「豚天と言えばわかりやすいかな」
「なるほど、こんなものまで…」
一口齧る。
「……!?」
あれ、入夏さん???
もぐもぐもぐ、ごくり。
「天ぷらって神がもたらした調理法では?」
「何言い出してんだか」
「こんなにさくさくしてるのなんて食べたことがなかったです」
「そりゃあ家庭で食べるよりも何倍も美味しかろうよ、だってここ専門店だし」
これお家で作ってみよう、ってならないかなぁ。
「私決めました」
おお?
「このお店には週一、いえ月一は来ようと思います」
そっちかぁ……。
「天ぷら、好き?」
「好き!」
…………。
「好きなだけ?」
「はい?」
「いやぁ家で作ってみようとかさ」
「あー……機会があればー……」
これはあれか、この味を知ってしまったがゆえに再現できぬと踏んだのか。
「お金を払えばこんなにも美味しいものが食べられるんです。苦労と節約よりも圧倒的なリターンだと思いませんか!?」
だめだこりゃ。
「うん、はい。私が悪ぅございました」
「……?」
……と、こうして結局週一で食べに行くほど天ぷら大好きな入夏さんが爆誕したのです。
その結果、入夏に何も残してあげられなかった事になるんだけど、それはまだ先のお話。
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