第22話 自転車と帰れる場所
実家ぐらしであれば、物は溢れていると思う。
調理器具、家電、家具、移動手段、食材、などなど。
「移動が面倒ですね……」
かく言う私ら二人は私のワンルームで所狭しの日暮し。
「私はまた自転車買うつもりだからまぁなんとか」
事故の際に壊れてしまった、年季の入った割とお高い譲りもの、マウンテンバイク。
正確な値段は聞いたことがないけど、ネットで型番を調べた所情報がなく、類似の後継っぽいモデルの値を参考にすると、諭吉分隊の出兵は避けられない程のものだった。
祖父の手伝いで行った電気工事のお客さんから『エアコンの処分ついでに』と頂いたのです。
「自転車って一人乗りじゃないですか」
「車買うのもなぁ……車検とか面倒そうだし」
普通自動車を買ったとして。
入夏と私、二人で移動するのならば便利だと思うけど、駐車場やガソリン、税金や車検など諸々の問題が発生する。
その点自転車はせいぜい自分の体力と出先で利用する駐輪場の料金くらいなもの。
アパート故に駐輪場はタダだし、車検もないからね。まぁメンテで年数千円ほどはかかるけど。
「それに就職したら車一台じゃ足りなくなるし、現状自転車が良いと思うんだけど」
「……まぁ自転車でも良いですけど」
『私と一緒にお出かけするよりも大事なことなの?』
入夏ならそう言いかねないだろうな、とは思う。合ってるかは知らん。
「自転車を買うとして、どこでどういったものを買うんですか?」
「んー、前使ってたやつが譲りものってのがネックでさ、ああいうのってホムセンとかじゃなく自転車屋に行かねば無いと思われる」
出来れば同じようなものが欲しい。
理由?慣れてるし、走破性が抜群に良いから。
悪路でも坂道でもなんのその、素晴らしきかな二一段変速。
「入夏はロードバイクとか、原付きとかの方が良いのかもね」
「ろおどばいく?原付きはまぁ知ってますが……」
「えっとね、スポーツマン的な人がよく乗ってるタイヤが細いやつといえばわかりやすいか?」
道端に停まっているママチャリを指差す。
「あれより細いやつで、漕ぐのは簡単で速度も出る、けど小石や段差みたいなのに弱く、平らな地面じゃないとすぐパンクするらしい」
“らしい”なのは使ったことがないもので、聞く話によるもの。
「面倒くさそうですね……」
「正直普段自転車乗る時に車道か歩道かで決めていいと思う」
原則、自転車は車道を走ると決まっておるのですが、私達が住むこの町はそうも行かず、車道の幅も狭ければ路側帯も狭いどころはほぼ無い道もあるし、あっても街路樹や生垣、雑草のはみ出し、なんなら駐車の多さなどで車道を走るのが危険すぎるのが現状。
法に整備が追いついていないのは田舎あるあるなんじゃないかなぁと思う。
だからといって歩道を車道のように爆速で走るのもアウトなわけで、個人的に出した答えが基本は歩道を徐行、使える時は車道を使うというスタイルだった。
「まぁこのあたりは自転車通行可の歩道結構多いし、何が何でも車道を通りたいってわけじゃなければママチャリでも良いんじゃない?」
「ママチャリですか……そういえば、自転車は通学に使ってたものがあるにはあるのですが」
多分実家に置いてあるんだろうな。
「あるなら使っちゃえば?」
「そうですね、取りに行きましょうか」
というか、私の家に来たあの日、自転車を使わず歩きであの荷物を抱えてきたんだよな。
キャリーバッグと大きなリュックに衣類やら詰め込んでたけどよく病み上がりの体力で持ってこれたな?
「いつ行く?」
「使えるか不明なのでなるべく早くが良いです」
「そうね、修理がいるなら私が探す時に頼めばいいし」
というわけで入夏の実家に行くことに。
「えと、あの……待ってて下さい」
そう言い残して玄関に向かう入夏。
時刻は夕方、まだ明るく目の前の一軒家に明かりはない。
恐らく家の、入夏のお母さんは仕事とかで居ない。
けど私に外で待つように言う、多分入れたくない理由があるからなんだろう。
いや別にね、どうでもいいんだけどさ、まぁちょっとさ、入夏という一人娘を預かっている身である以上何も言わずというのはどうなんだとかさ、そのことで書き置きでもしておきたかったというか、まぁ入夏嫌がるだろうし……それを警戒してとか……。
あ、書き置きはポストに突っ込めばいいか。えい。
なーんて考えつつ、入夏が戻ってくる。結局、入夏が私をここで待たせた理由は一つ。
「おまたせしました。とりあえずこれと」
これと、これと、これ。
往復繰り返し、私の目の前に並ぶケースや鞄達。
そして戻ってきた入夏は、入ったときのように手ぶらではなく、大荷物。
「夏物?」
「に限らず色々ですね。正直化粧品とか置きっぱなしだったのでいっそのことつゆきさんに手伝ってもらっちゃえ!って感じです」
本題忘れてないのかな?
「自転車は?」
「あ!鍵どこに入れましたっけ……」
眼の前で荷物を開け始め……。
「っ!!」
閉じた。
一瞬中身見えたけど、外で開けちゃいけないやつでしたね。
白とか水色とか肌色とか。
「……見ました?」
「今更では?」
「そ、そういう問題ではなくてですね……確かにそうなんですけど」
まぁ中身は衣類、それも普段みえない所のやつ。
見慣れ……てはないけど、普段洗濯する時に見えはするので。
というか洗濯ですら私と一緒がいいだなんて言うもんだから、入夏が見せてるようなものだけど。
「どうせ見せるのはわかってるんですけど、やっぱり恥ずかしいので見てほしくないです」
見せるってどういうことよ……。
洗濯のことと思っておきましょう。
「あった、取ってきますね」
もう一度門を跨ぎ、庭の方へ。
ガサゴソ、と音が鳴って、入夏が戻ってきた。
「タイヤ、潰れちゃってますね」
「どれくらい放置してたの?」
「最後に使ったのは……去年?」
「まぁ空気入れてみないことには」
事前に空気入れの所在を聞いた所、わからないと返答があったので、鞄にハンディの空気入れを忍ばせ、それで試すことに。
「入りはしましたね」
「乗ってみて」
手荷物を預かり、入夏がサドルに座る。
「空気漏れしてはなさそう?」
「どうでしょう?」
耳を近付け、異音を探る。
精密なチェックをするのは面倒なので、帰るまで保ってくれればいいかな。
「んーわかんね、とりあえず直帰でOK?」
「はい!」
荷物を載せられるだけ自転車に載せ、背負えるものは背負い、入夏は自転車を押して、私は鞄を持つ。
随分と荷物が多くなった帰り道である。
「すみません、結構多くなっちゃって」
「案外軽くてびっくりした」
「えっ?服ってこんなものじゃないですか?」
「ああ、ゲーム機とか本とか重いものを想像してて」
「あー……つゆきさんと一緒に居れば要らないかなって。それに古いものですし」
一度読んだ本とか再度見返したりしないのかしらん?
「過去の私物って、私という人となりを知るには良い判断材料だと思うんです」
「まぁ確かに?」
「だからこそいらないって思っちゃったんです」
「……なぜに?」
「今ここに居る私を作ってくれてるのはつゆきさんだから?」
私が居ればそれでいい、か。
んー……一応個人の娯楽やらあってもいいと思うんだけどな、すべて一緒でも悪くはないけど。
「まぁ、なんかやりたいことあったら言って、できるだけ叶えよう」
「じゃあ結婚しましょ?」
「だめです」
「えー、けちー」
考え方を変えれば。
入夏が何かしらの理由で私の元を離れる際に、帰る場所が残ってるとも言える。
そう考えれば持ち出す荷物は少ないほうが帰るのも楽だろう。
なんだ、私の目的としてはその方が都合いいじゃん。
「その代わり」
「ん?」
「二人で本でも読みませんか?」
「……どういう意味?」
二人で読むって、同じ本を読んで感想意見交換する的なやつ?
「文字通り二人で一緒に同じ本を読むんです」
「なるほど?」
「別に本じゃなくても良いです。映画とかアニメとか色々な鑑賞したり、何かをすることを二人で一緒にしましょ?」
「それならまぁ、用意も楽だろうし」
「というわけでタブレットを所望します」
タブレットかぁ……使ったこと無いな。
「あいぱっど?」
「それです」
「使ったことは?」
「ありません」
ないんかい。
「使い方とか」
「知りません」
おおう、見切り発車?
「二人で一緒に使い方を覚えましょ?」
“二人で一緒に”
再三繰り返すこの言葉。
どういう意図なんだろう?
「んー……互いの考え方とかを学ぶためにも?」
「そうです」
人は未知の事に対処する時ほど素が出るというものです。
「なるほどね、二人で一緒にか」
「はい」
意見交換とか思い出話とかでも相手を知って、悩みの解決をすることは出来る。
けど本質的な所、親密になるという点では確かに素のお互いを見るのは避けて通れない。
「二人で一緒に新しいことをする、か。結構難しいな」
「そうですか?」
「互いに経験したことないことって割と少ないんじゃないかなぁとか」
「まあそうだと思います。別に片方がやったこと無いことをやってもいいと思います」
「あー、違いがあればこそやり取りに差が出るか」
「はい」
私が知ってることを入夏に教えて、入夏が知ってることを私に教える。
それぞれ教え方とかも個性が出るものだし、あわない所も浮き掘りになると言うもの。
だから気になる事が出てくる。
「確認、これって私らが友人であるのに必要なこと?」
「……」
足が止まり、少しの沈黙。
私がどれだけひどいことを言ったのかは自覚してる。
それが友達同士であるのならば。
よし、と決心付いたように一言漏らし、入夏が口を開く。
「いえ、違います。これは……はっきり言いましょう、私とつゆきさんが友人以上の関係になるために必要なことで……いいえ、違う、そんなのじゃなくて。もっと……えっと……」
さっき一瞬見せた気合いはどこへやら、段々と目を逸らしながら、弱々しい呟きに変わっていく。
「……つゆきさんに、私のことを深く理解して、もっと好きになって欲しいから、です」
「友人として?」
「いえ、恋愛対象として……」
まあやっぱり、前言ってた事か。
「べ、別につゆきさんが嫌ならいいんです」
うーむ、どう回答したものか。
入夏の事が嫌いなわけじゃない。
けど男女として恋人になりたい……?どうだろ、多分理性的には”まだ”友人でありたい。
本能……とは違うな、これも理性だけど、私がそういう仲になれるのは入夏しか居ないとも思ってる。
「嫌じゃないんだけどさ、まだ恋人になるには早いと思うんだ」
結論これ。まだ出会って半年も経ってないのです。
「”まだ”……ですか」
「そう、”まだ”」
「……」
再度俯いて思いに耽る入夏さん。
「じゃあ、拒否してるわけじゃないんですね?」
「そうなる」
「じゃあオーケーということですか?」
「んーそうなる?のか?」
「そうなります」
うーむー?
まあいいか…。
「絶対に落としますから」
「どーだろね?」
既に、なーんてことはないと思う。
『…ほんとに?』と自問した心の声は、しばらく脳裏に焼き付く事になったけども。
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