青薔薇授かる君へ

第19話 公認と同衾

おはよう日本。おはよう世界。

……朝八時。おやすみ太陽。

やっぱり一応退院したとはいえ1日くらいは惰眠を貪っても罰は当たらないよね。

……横で寝ているこいつをスルーするためにも。

つかマジでなんで居るんだよ鍵は渡したけど!昨日の今日で夜這いか?夜這いなのか?鍵没収しようかな…。


改めて、横で寝ているのは"入夏"。ある意味加害者な被害者。

私からすると今まで会った誰よりも信頼できて心の通じあった人で、何でも言いあえる相手だけど他人、かな?

まあちょっと事情がありまして。


あ、紹介が遅れました。わたくしこと悠木光行(ゆうきみつゆき)は昨日まで交通事故による怪我で入院していたのです。

世に沢山あるライトノベル風に説明するなら?

“交通事故にあった女の子を助けたと思ったら自分も流れで轢かれて女の子と手がくっ付いちゃった”、的な事があったんですよ。

壮絶でした。赤の他人といきなり二心同体状態ですよ?そりゃあ1ヶ月間おはようからお休みまでお手洗いの時でも。

世の男性諸君はうらやまけしからんとお思いになるかもしれません。

ですが、私は手を切り離すまで性別を隠すことを半強制されていたのです。

世の男性諸君よ、異性と経験が無い状態で話したこともない人といきなり同棲なんて想像してみてほしい。

『クッソ気ぃ使って休むに休めねぇ!心労で死ぬ!』そうでしょう?

しかも相手はこっちが異性とは気付いてないから気楽に過ごしてるときた。


まあ救いだったのは相手がいい人過ぎた所で、お互い暇すぎてお互いのことを話してたらお互いが元気になっちゃったという所。

そして、お互いに過去の汚点も話し合った。

結果、今ではお互いに良き理解者でありアドバイザーのようなもので、日々起こったことを話したり相談したりする仲です。

……いるかからの猛アプローチを除けばね。いや私も気は無いわけじゃないんですよ。

というかすごく、いやお節介焼いてしまう程度に好きなんでしょう。正直に答えます。

普通恋仲でもない女性に可愛いとか無意識に言います?私は言ったらお水吹かれました。

でもね?ヒキニートがそんな関係持ったり、キャッキャウフフなんぞ許されないでしょう?

少なくとも私はそう思う。


それに退院したとはいってもまだ基本は安静ですよ。

まあそれは横で寝てるこやつも一緒なんだけどな?

入院中に『(過去にあった事件のことを)家族と話してみる!』って意気込んでたのに一晩経たず私の部屋に来たあたりダメだったのかなぁ。

……とりあえず起きて顔洗ってくるか。

むっ?

思いっきり服握られてるじゃん……。

寝てろと?…はいはいはい。

……。

…………。


「……起きてるよね?」

「あ、バレました?」


やっぱり起きてたか……。


「そんな気はしてた」

「お見通しですか」


そりゃあんなに強く握られたらね。


「とりあえず身支度したいので離していただけませんかね」

「いやです」

「はい」


どうせろくなことにならないのでここはお決まりの文句をば。


「おやすみ」

「あっひどい!スルーしないでください!」

「あと狭い」

「膝枕の方が良かったですか?」

「私は枕は無いほうがいいんです」


実際入院前はうつ伏せに寝てたし、入院中、一人になってからは枕に慣れなくて結局枕を使わなかった。


「うぅ……わかりました。私も寝ます……」

「はいはい」


帰れとは言えない自分が憎い。


「……で、家族と話してみるってのはどうしたのさ」


あえてぐさり、と言ってみる。まあそんな間柄だし?


「問題ないです。話してくれたことに感謝されたくらいです」


「……なんでうちに来たのさ?心配するでしょうに」

「こっそり書き置きだけして抜け出してきました」


はぁ?


『彼女として当然です』と言わんばかりのドヤ顔。


「まだ付き合ってすらないんだがなあ」

「ヒヨコが先かニワトリが先かくらいの些細な差です」

「それ結構違うと思うんだけど」

「本質的には同じなので問題ないです」

「ヒヨコには手を出したくないなあ」


実の所、一応成人してはいる二十歳。まだまだ子供という自覚もあるけど……ね?


「あ、そういえばお母様から言伝です。『いるかを宜しくお願いします』、だそうです」

「親公認だと……?」

「はい。なので」

「いやいやいやいや『なので』じゃないよ?君のお母様即決過ぎない?少しは警戒しようよそこ……」

「まあ詳しくは『今度会った時にこの手紙を渡せ』と言われていますので、何か書いてあると思います」

「ほーん?」


内容、『うちの子を返せ!!!』とか書かれてないだろうな?


「あ、封されているので私は中身見れません」

「じゃあ飯食った後にでも……」

「何食べますか?私ですか?」


がっついてるのはいるかの方である。うむ。


「……リハビリしてる身だよね君」

「はい!つゆきさんもですよね?」

「まあ、そうだけど……だからちゃんとしたの食べないとだよね、どこがいいかなあ」

「外食ですか?」

「弁当でもいいんだけど」


ヒキニート故に労働による収入はない……けど今は少しながらあるからね。


「作りましょうか?」

「……え?食材ないよ?」

「買ってきました」

「リハビリ中なんだけどなあ…元気すぎるでしょう?」

「つゆきさんがいるなら無限に湧いてきますよ?」

「元気って無制限に湧いてくるものだったのね」


まぁ話に聞く所、味覚は悪くないみたいだし任せてみるかな……?


「……ぐぬぬ、じゃあお願いします」

「承りましたー!」

「私は身支度とかしてるから」

「はーい!」


とは言ったものの……好奇心には勝てないよね!

というわけで身支度を済ませ、机に置いていた封筒の封をびりびりびりびり。


以下本文。

いるかは私に似て時々暴走しちゃうし、少しの失敗を抱え込んで倒れちゃうから上手くフォローしてあげて下さると助かります。

追伸 娘に言ったことと同じことを書きましたが、恐らくそのままでは伝えてないと思います。なのでそういう所も踏まえて上手く付き合ってあげてください。こんな娘ですがよろしくお願いします。


ふむふむふむ、なるほど?

……って結局書いてるじゃん!

でもまあうん。だいたい合ってる。いるかの言う通りだ。

お父様が知れば気が気じゃないだろなあ普通……。


「どうでした?」

「わぁあ!?」


突然入夏が肩に顎を乗せてきた。

気配なかったぞ!心臓に悪いわ!!!


「出来ましたよ?」

「お、おう」

「で、なんと書いてありました?」


入夏の言う通りではあるんだけど、まさかの肯定であって……。

私はあんまり望んでないんだけど?


「……『仲良くしてあげてください』かな」

「ふーむ?ふむふむ」


うぅ……私の瞳を覗き込まないで欲しいな?


「はい、わかりました!」


ニッコニコで笑顔が眩しいです。バレたなこれ。

軽い嘘でも見破れる仲。これでもたった二ヶ月の付き合いです。


「冷めますよ?」

「ならまあ、とりあえず頂きます」

「めしあがれ?」


出てきたのはカレー。

……朝からカレー?この短時間で?


「あ、そうだ牛乳取ってこよ」


私、辛いの苦手なので牛乳がないと食えないのです。

なお食材がないのになぜ牛乳があるか?

それは昨晩がコンビニ弁当で、ついでに、と買っていたのです。


「だめです」

「……なんで?」

「私がとってきますから」


んんんん?

まるで台所見られたくないような言い草だな?


「さっきまで立ってたしいいのいいの。ここ私の家だし?」

「……今日から同棲ですし私の家でもあるんですよ?」

「居候だから結局私の家であることに違いはないのでは?」

「え、えっと……!」

「隙あり!」

「あーっ!」


ワンルームと玄関を区切る、一枚の戸を開け、台所へ。

実家で箱ごとホコリを被ってたガスコンロ。

その隣には厚紙の箱、それと銀色の袋が二つ!


「……いるかさん、やたら調理早いなと思ったけどこれはこれは」

「り、料理は料理です」


調理であって、料理ではないのでは?


「レトルトは料理に入るのか?」

「は、入り……ません?か?」

「入らないです」

「入り……そうにないですか?」

「はいらないです」

「そうですか……そうですか……はいります!裏に”料理例”と……!」

「”調理例”って書いてあるね?」


箱を手渡す。

瞬間、固まる入夏。


「…もしかしているかさんは料理出来ない系の女の子ですかね?」

「さ、さっき料理したじゃないですかー?」

「レトルトは料理に入りません!!!」

「レトルト以外は?」

「……」


思いっきり明後日の方へ目線が泳いでいる……!


「ほー、ほんほんほんほんほん。へぇえ?」

「な、なんですか」

「入夏は料理ができない。わたしおぼえた。」

「……ならつゆきさんは料理できるんですか?」

「出来ますが」


即答である。


「……まさか、そんな」

「料理出てこないこともあったから炊事スキルはあるよ」


女子力かっこはてなで私に負け、力なく座り込む入夏。


「……お母さん、幼き頃の私になぜ料理を教えてくれなかったのですか!」

「まあ、しばらくは自炊しないけどね……面倒だし味や食材の好き嫌いあるだろうし」

「ぐぬぬ……」




「で、これからの事なんだけど」


一通り今日の予定が片付いた昼過ぎ、入夏の今後を話すことに。


「なんの事ですか?」

「……帰らないの?」

「帰るくらいなら死にます」


軽々しく言うなぁ…様子からしてマジで実行する気なんだろうけど


「オーケー、とりあえずは保留にしておこう」


しておかないと話が進まないやつだこれ


「と、なると入夏の生活スペースをどうするか考えようか」

「私専用の部屋とかは要りませんよ?」

「布団とかどうするのよ」

「つゆきさんと一緒に寝ます」


むー……私とて一応成人男性なので、いつ血迷うかわからんものです。

理性的には有り得ないと言いたいけど、本能ってそれで抑えられるもんなんかな、とね。

もしそうなった場合、いるかは許容するのかなぁ。


「私男だよ?」

「いいんです。つゆきさんはつゆきさんです……というか襲ってください」

「聞かなかったことにしとく」


私の一族って、若くして出来婚からの即離婚が続いてるから、私こそはそうならないぞと心に決めてあるんだ。

具体的には祖父と母親。

親に恨みがあるうちは大丈夫なはず。

というかこのこといるかに話してあるんだけど……。


「とりあえず布団買い行くか」


財布の中身的に少し足りないかな、とか考えていると。


「嫌です」

「…はい?」


意地でも同衾したいと?


「つゆきさんと寝ます」

「……病院のベッドと違ってシングルだよ?」

「大丈夫です」


今朝の時点で結構狭かったけど。


「せめてセミダブルにしない?」

「このままがいいです」


襲えと、そういうことですか。


「そういうことです」

「なんで心読めるんだ……」

「簡単です。愛の成せる技です」


愛、愛ねえ……。

まだ会って二ヶ月そこらなんですけども。

あと付き合ってすらないんですけど。


「私はとにかくつゆきさんから離れたくないです」

「風呂とか御手洗どうするの?」

「……つゆきさんが望むなら一緒でも」


一瞬間があって、耳赤いのは見栄だな?


「着替えとかどうするのよ」

「私は見られても構いません」


……何言ってもダメか。


「つまり私がいるかをどう扱ってもいいから、居候させてくれと?」

「はい、同棲です」

「むう……」


いるかとて齢二十の遊びたい盛りだと思うんだけどなぁ。

私なんかでいいのやら?

今は良かったとしても、のちに後悔とかさせたくないしなぁ。


「ちょっと考えさせて」


それはそれとして。

正直いるかを客人の如く丁寧に扱ってもいい。よそのこなんだし。

……あえてこうしようか。

いつも通りを意識しよう。いるかとて特別扱いするまい。

変に気遣わず、ちょっとわがままな居候として扱おうか。


「確認」

「はい」


私が考えてる間、じーっと私を見つめてたこの子はどうなりたいんだろうか。


「私のいるかに対する扱いは居候クラスということでいい?」

「わかりました」

「……嫌なら言ってね?」

「つゆきさんなら大丈夫です」


目線的に平気で嘘ついてるけど、この先のこと考えて言ってるのかなぁ……。


「こう言っといて何だけど、入夏自身の為にならなさそうとか嫌なら言ってね?」

「心配ありません」


……私の気分次第でいるかを奴隷が如く扱うことも可能。

それでも私次第と、そういうことですか。





「……で、寝るわけですが」


結局入夏用のシャンプーやら買いに行ってたら日が暮れ、夕飯と風呂を済ませ、寝る準備が整った午後十時。

入院前ならあと三時間は起きてたけど、いるかを起こしとくのもな、ということで。


「枕は好きなの選んで」


枕は迷走した際の棚入りがあるのでそれを。

掛布団は元々セミダブル。一人暮らしスタート時の出費を減らすために実家のお古を持ってきた。


「ではこれを」


軽く物色し、ひとつ抱えて戻ってきた。


「……」


めっちゃ耳真っ赤じゃん……。

入院初期は毎日一緒に寝らざるを得なかったのに。

やっぱり私の事男と思ってなかったのか……。


「まあ、うん、寝たいようにどうぞ」


絶対に手は出さない。あくまで居候。恋人ではない。あくまで居候。

そう心の中で唱えながら寝床に入る。


「……本当に寝るだけですか?」

「もちろんですとも」

「よく我慢できますね」

「入院中に慣れた」

「……なるほど」


いるかも観念したようで?

私の隣に入ってきた。仰向けで寝ている私の左手側に。

……入院中と同じ、私の左手と入夏の右手を繋げる配置である。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


そう言って灯りを消す。

いるかは本来明かりがないと寝れないらしい。ちなみに私はどちらでもいい。

だけど、入院中からいるかは私と寝るようになって暗いのが平気になったとのこと。


「つゆきさん、豆電球つけていいですか?」


退院した今、それは元通りになったのだろうか?


「いいけど克服したのではなくて?」

「暗いのは平気ですが、つゆきさんを眺めていたいので……」

「却下」

「そんなぁ……」


しょぼーんとした後にはっ!と閃いた様子。

……手を握られました。


「いいですか?」

「まあ、それくらいなら……」


普通は恋人でもない異性と同じ寝床を使って手を繋いで寝るとかしないんだよな、とはこの時思わなかった。

慣れって怖いね?

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