第18話 退院と親子

数時間前。


「内蔵よし、健康状態よし……リハビリは残っているが退院していいぞ」

「やっぱり?まだ二ヶ月ですよね?」

「仕方ないだろう、今の君は少し筋力が劣っている位で健康そのものだ」

「そうですか……」


そして、現在。


「……ということがあって」

「私も今日言われた」

「つゆきさんもですか?」

「うん」

「とりあえず、良かったんでしょうか」


何がとは聞かない。


「健康的にはいいみたい?」

「……」

「まあいいです。そうですよね……」

「そういうことにしておいて」


だって、有り得ないんだもの。

後遺症残っておかしくない怪我を二人ともしてたのに、一ヶ月でほぼ元通り?


「というわけて既成事実をですね」


私が男と分かれば即これである。

今まで通りの友人じゃダメなのかなぁ。


「えっちなのはいけないと思います!」


とりあえず返事はしておく。


「……そこまでしないと私が離れてくとでも?」

「はい」

「言い切るのね……ちょっとショック」

「言質」

「あ」


口に出るほどにやってしまったと気付いた。

こういうタイプの人間には悪手なのは自分がよくわかっていることなのに。


「ずっと一緒ですからね?本当にずっと一緒ですからね?」


正直なところ、話し相手としても相談相手としても私が居ないのは辛いんだろうことはわかってる。


「……友人としてよろしく」


だからといって私はそれ以上の必要があるかと言われるとそうでもないと感じてる。


「……」


いるかが黙って何かを考え始めた、と思ったら顔を上げた。相変わらず思考は早い。


「そういえば居候もとい同棲の話ですが」

「ああ、それか」

「……自宅をスルーしてそのまま行ってもいいですか?」


入夏さんや、あなたが家族と離れたいと思う気持ちは痛いほど理解できはするんだ。

だけど、話を聞く限りだと入夏は衝突というよりかは近寄り難く、居心地が悪い。だから家に居たくないという風に感じる。


「前も言ったけど、一人娘をぽっと出のヒキニートの元になんか行かせられないって」

「……説得しないとだめですよね?」


入夏自身、両親からは割と大事に……箱入り気味に育てられてると個人的に思っている。

だからこそ本人の意思であるとはいえ、私が手を出すつもりがないとはいえ、遠慮は生じる。

出来れば話し合いの上できっちり取り決めてくれれば私としては……いやそれでも一緒に住むのはおかしくないか?


「とりあえず退院当日は自宅に帰ったら?」

「ですよねー……」


入夏曰く、距離感がわからなくなった、故にどう話をしていいかわからない。結果、親子のやり取りが少なくなってるそう。

だったら私としては間を取り持つとはいわないけど、そこを解消して欲しいと思うのは筋じゃないだろうか。

その上で反りが合わないとかで避難所みたく飛び出してくるならまぁ納得はできる。

普通は同性の友人宅だろうけど、入夏はまぁ……友達私しか居ないので。


「お母さんと話……できるんでしょうか」

「出来るだろうよ。出来るだろうけど普通認めないとは思うよ、出会って半年もない男と同棲なんて」


同棲、とは言ったけど、それは入夏母からの視点であって、私は相変わらずだけどね。

じこあんじじこあんじ。


「改めて問う。入夏は何が嫌で家に居たくなくて、どうして私と寝食共にしたいの?」

「……」


入夏の表情からは、『何から話せばいいかわからない』という戸惑いを感じた。

人は膨大なタスクが降りかかると、自然と足が竦むものです。そういう時は地道に、一つ一つ整理していって、全体像を見渡せるようになれば少しは対処案が出てくると思うんです。


「つゆきさんと一緒に居たい理由ははっきりしているんです。私が唯一心を許せる……肉親以上に理解しあえる相手だからです」

「じゃあ家に居たくない理由は?」

「それは……」


やっぱり、こっちの理由が一番ネックになっているらしい。

すんなり答えられない位には。


「前は『居場所がない』って言ってたね」

「はい……私があの家に居ても……居る意味がないんです」


私の場合、実家を追い出されて今のワンルームを借りた。

それは私が長年ヒキニートをやってたからで、私の落ち度である。

体力気力がないとか、自律神経の病気だったとか、理由にしたい言い訳はたくさんあるけれど、生活費すら入れないのであればただの重荷でしかない。当然のこと。

それを快諾したのも私自身あの家に居たくなかったから。

そして、それまで出ていかなかったのは資金がなかったから。……そう、『これ持って出てけ』と言われて二十枚の諭吉を手渡されたから。

いずれ返さなきゃいけないとは思ってるけど、会いたくすら無いからポストにでもつっこんでおこうかな。

本当は自分で稼いだお金で返すべきなんだろうけど、今回賠償やら色々お金入るわけだし、なるべくこういうのは早いうちに手を切っておきたい。


「……家に居ても、私は何も出来ないから」


長考の後に、入夏が確認するように淡々と、口を開く。


「一番良いのはお母さんの為に、アルバイトでもして負担を減らしてあげることです。でもそれ以上に娘として、親子として、私が孝行すべきだと思います」


親孝行。そんな言葉ありましたね。


「じゃあ、それがわかっているのにどうして家に居たくないの?」

「……それ以上に、私が、私にとって居辛いから……会わせる顔が無いから、でしょうか」


私ほど衝突をしていない親子関係であるならば、相手に対する嫌悪感は少ないはず。

そこまでわかったならその原因を探ればはっきりするんじゃないだろうか。


「なぜ会わせる顔がないの?」

「……はぁ」


溜息をつき、愚痴をこぼす。


「つゆきさんって、私に優しくないですよね」

「傷の舐め合いはお好き?」

「そうですね、そうです。『言われてみれば』ですよね。ええそうです。私はそんな人間ではないです」


大多数の人間は傷心すれば慰めの言葉なりを貰いたいだろう。


「わかりました。向き合いましょう。つゆきさんが一緒に居てくれるんですから」


私は入夏の友達だけれど、都合のいい存在で居るつもりはない。

それこそ、私の母親とその旦那の関係のように、傷の舐め合いで成立したくない。


「両親が離婚しました」

「聞いた」

「その前からたまに喧嘩したりしていて、その内容に度々私の名前が挙がっていました」

「それも聞いた」

「なので、私があの二人の仲を裂いたのかも知れない。いえ、厳密には違うのでしょう。ですが、一因であったことは事実です」


『自分が裂いたかもしれない仲』ならば、繋ぐのも自分ではないだろうか。

詳しい話を聞き、事実を突き止め、できることを模索する。

その上で出来ることがないのであれば、また考えればいい。

考えが詰まるようなら、相談できる人に相談すればいい。

……”友達”の私が関わるのはそこからでいい。


「両親の事を娘が聞くのは悪いことじゃないですよね」

「そうだとも」

「……わかりました。話を聞いてみようと思います」


ろくに向き合いすらしてなかったのなら、やることは決まってる。


「まあ、打ち解けることを願ってるよ」

「そう簡単なことではないと思うのですが……」


まあ、上手く行ってくれれば私の所に来ることは無いでしょう。

それはそれとして、度々遊びに来たりはするだろうから部屋の片付けとかはちゃんとしなくちゃな……。


「あ、それはそれとして」

「どったの」

「愛鍵ください」

「……えー」


いや確かにスペアもいま手元にあるけどさ……?

あと合鍵だよね?なんかイントネーション変じゃなかった?


「……あれ、私ってあんまり信用されてなかったりします?」

「冷静に考えてみてほしい。私ら知り合ってまだ半年すら経ってない仲だぞ」


恋仲ですらありませんし。


「では、私が朝ごはんを作りに行きたいので、というのはどうでしょうか」

「……うーむ」


私、朝は割と弱い。それは入夏も知ってる。

正直朝食作ってくれるのは助かる。が、そこまでしてもらうのもなぁ。


「とりあえず預けておいて、私が話し合いの結果を報告しに行った時に決めれば良くないですか?」

「確かに、まぁそうか」


ほい、と。

キーケースに入ってる二本の鍵のうち、片方を渡す。

なぜ二本持っているかって?

単純に貰ってその場でキーケースに仕舞っていたからです。

もし事故の時に無くしてたら……まぁなるようになるか。


「無くさないでね?」

「大丈夫です!」


眩しいほどの笑顔で答える入夏。

……後々この行動は軽率だったと後悔する羽目になるのだが、まだこの時は知る由もなかった。片鱗はあったのだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る