第16話 食事と利き手

食事。

それは人が生きるために欠かすことのできない摂理である。


「あー」


口を開けて待機しているのは、一週間ほど前まで二心同体だった片割れ、入夏さん。

その口に、スプーンに乗るだけの野菜炒めを突っ込む。


「……はい」


ぱくり。


「むぐむぐむぐ……」


二心同体とは言ったが、ただ単に事故で手が癒着していただけのこと。

ただ単に、そう形容したが、冷静に考えればとんでもない事だとも。

片や箱入り気味一人娘、片や私はヒキニート。

そりゃあ不便でストレスなこともあるわけですが。


「で、いつまでこれすんの?」


ごっくん。


「……私の右手が完治するまで?」


これ、とは?

私が入夏の口に病院食を運ぶ、このやり取りのこと。

先述の通り、入夏の右手は私の左手と癒着していて、最近それを切り離して、今は包帯ぐるぐる巻き。

……満足に動かせないので、食事がかなーりやりにくい。なので、誰かに食べさせてもらいたい。まぁ当然入夏はそう考えるわけです。

そこで妙案を思いつき、看護師さん……馬手さんに頼めばよかったのに、わざと断り、それどころか食事を私の病室で、私と共にすることでつゆきさんに食べさせてもらおう、そういう作戦らしい。

……馬手さん、あっさり許可しないで下さりますこと?


「冷めてない?」

「別に気にしませんよ?」


『つゆきさんに食べさせてもらえる方が何倍も大事』、と言わんばかり。

入夏に食べさせるのを優先してるから、こっちが冷めとるんですが。


「でも、薄味にはちょっと飽きてきたかも知れません」


病院食。一般的なイメージでも、味が薄い、冷たい、まずい……そういった物が多いだろう。

この病院は幸い温かいものが運ばれてくる。……それでも味は薄く、不味くはないんだが。


「ほんと、家出てもこんなのを食べることになるとは……」


作られたものを『こんなの』扱いするのは失礼でしょう。

でも実際そうなんだからしょーがないじゃん!!

それに加えて、私の場合母親が作る料理と同レベルだから困ったもの。

……仕事で離乳食作ってたり、旦那のための低塩分レシピとか、慣れた味付けだった。

家ならまだ醤油やら塩やらマヨネーズやら、不健康ではあるけどマシに出来るんだけどな。


「中学の、部活してたころからでしたっけ?」

「そう。運動して身体が栄養欲しがってたのに薄味低糖低脂肪ばっか」

「あー」


話す私を後目に、目を瞑って口を開ける入夏さん。

面倒なので、スプーンに乗るだけ載せて、口に突っ込む。


「はい」


そんなこと気にする余地もなく、ぱくり。

『もぐもぐもぐもぐもぐ……あれ、なんか多くないですか?』

そんな疑問を抱きつつも、ごっくん。

『つゆきさんに食べさせてもらってるので味なんて関係ないですね』みたいな表情しおってからに。

かと思えば突然止まる。喉詰まりそうになったか?

案の定、左手でコップを持ち、お冷をすする入夏さん。

……この左手、コップ以外にもスプーンとか持ったり、もうちょっと仕事してくれないかなぁ?


「まぁ可愛いから良いか」

「ぶふっ!!」


唐突に吹き出し、げっほ!げっほ!と咳き込む入夏。


「あわわわわわわ!」


急いで布巾を取り、入夏の口元と左手を拭く。

コップはなんとか死守した様子。ちょっとだけご飯粒入ってるけど。


「ぜー、ぜー……い、今なんて!?」

「あわわわわわわ」

「その前です!!」

「まぁいっか」

「端折らずにフルで!」

「それよりほら自分の服拭きなよ、はい布巾」

「えー!!」


本音が口から漏れただけのことです。

そんなこと、なかったことにしましょ。


「……私、つゆきさんから見て、かわいいですか?」

「知らんがな」

「もー!!」


あー、早く入夏の右手完治しないかな……。

と言っても、私の左手の方が治るのは遅いだろうから、右手が完治したとして今度は入夏が食べさせてくるんだろう。

却下するがな?私は右手だけでも十分飯は食えるのです。


「いつか仕返ししますからね……!」

「ないない」


対策は考えてあるのだ、その時は無いのです。


……後々、『入院中は』、と加えることになるし、更にやり返すのだが、それはまだまだ先の話。

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