第15話 いるかの両親

「私の両親ですか?」


会話に出てきたので聞いてみた。


「そうですね……この間つゆきさんも話してくれたことですし。そもそも私がなぜ”こうなったか”の原因の話でもあるので、一緒にしましょうか」


『こうなった』の所、なんかおぞましいものが見えた気がする。気のせいでしょう……ね?


「まずお父さんですが、正直、よくわからないんです。中学生の離婚するまでは、非の打ち所もままある、人間らしい情に熱い人だったと記憶しています。お母さんとの関係も悪くなかった……はずなのに」


私は父親というものを知らない。

物心ついた頃には居なかったから。

数度会ったことはあるんだけど、顔も声も覚えてない。

知ってる情報はあるけれど、重度の鉄道ヲタで、幼児にNゲージを与える程……くらい。


「ではお母さんです。そうですね……よくわかんないです。お父さんもそうなんですけど、よく知っているけど、理解できない。そんな感じでしょうか?……いえ、見失った?わからなくなった?……そっちのほうが正しいのかも。お父さんとの関係は……あー……親子ですね……」


喋るのを放棄して、自虐を始めた。


「親子とは?」

「はい。私の想像する、理想のつゆきさんへの接し方がですね……お母さんにそっくりなんです」

「ほう?」

「具体的には……まだそこまでの関係ではないのでマシですが……はいぃ……」


視線が明後日の方向に。

入夏が喋るのを辞め、引き攣った顔でへへ、へへへ……と現実逃避していると、病室の戸が鳴った。


「入るわね?」

「あ、結構です」


入夏が即答で拒否した。


「そんな事言わずにー」


ガラガラガラ、と戸を開け、入ってきたのは私が知らなくて、入夏の知ってる人で。


「何しに来たんですか」


入夏はまぁこの塩対応。


「この娘はいつから生意気な口聞くようになったのかしらね?」

「あー……こんにちは」

「こんにちは、つゆき”ちゃん”。直接顔を合わせるのは初めてですね。入夏の母です」


入夏母、登場。

前は顔を見てなかった。

というのも私が寝ている時に来たらしく、入夏が拒否したということですぐ帰ったためで。


「つゆきです。こちらこそはじめまして」

「挨拶なんてしなくていいです」

「やけに私に冷たくないかしら?」


聞いてたよりずっと冷たいなぁと思ったけど、今日は特別らしい。

さっきの現実逃避と関係あるのやら?


「私が、お母さんの子だと気付いただけです」

「何を当然のことを」


この二人の会話面白いな?


「あの、親子の会話に邪魔するわけにもいきませんし、私離席しましょうか?」

「すぐ終わるからいいのよ」

「ここつゆき、ふっ……こほん、”ちゃん”の、病室じゃないですか」


なるほど、このかーちゃん強いな。

あと見えないように私の手握るの辞めなさいな?入夏さん?逃げるなと?

それに笑いながらちゃん呼びするの辞めてね?ね??


「で、何用ですか」

「娘の命の恩人の顔をひと目見ておきたかったのと、はいこれ、入夏に」

「……なんです?」

「替えの下着とか生理用品とか?」

「あ、つゆきちゃんのもあるわよ」


聞かなかったことにしよう。

私はまだつゆきであってみつゆきではないんだ(謎理論)


「つゆきさんのまでって……」

「入夏の服も持ってきたけど、よかったら着てね」

「つゆき……ちゃん、ふふ、着ます?」

「着(れ)ないです」


そういう話を振らんでおくれ。

あと私をちゃん呼びするなよ……。

私は男であって、もう暫定女もとい性別不詳ではないんだから。

てか私が男だって伝えてないんかい!


「あらー……誰もお見舞いに来てないって聞いたから大変だろうって思ったんだけど」

「大丈夫なので……お気遣いなく」

「そうは言ってもねぇ……」


この親子、命の恩人に対する厚意が強くないか。

ああ、そういうことか……だから親子ね?


「ふーん……ふんふんふん」


私の顔をじっと見つめる入夏母。


「で、我が娘は……なるほどー」


その次に入夏を眺め、なにか納得した様子。


「何がです?」

「娘の初めての友達がどんなだろーって」


それは伝えてるんだ、へぇ。


「案外ボーイッシュな子なのねぇ」

「ですって」

「いやそう言われましても」

「声もそんな感じねぇ」


うわやっべ、あでも入夏が気付かない程度だし平気か?

顔じーっと見られてるし……。

いやでもバレてもいいんじゃないか?

いやいやいや不味いだろ手も取れてるのに二人っきりなんて!


「眉毛も剃ってないみたいだし、化粧道具も持ってくればよかったかしら」

「あぁ……私はそういうのあまり気にしないので」

「私が気にします」


どうした入夏、初めて聞いたぞそんなの。


「ほら、こう言ってるし」

「……えぇ?」

「つゆきちゃんを可愛くするのには賛成です」

「何言ってんだこの子」


あやべ声に出っ……!


「あはははは!仲良いのねー!」

「まあ、友達ですし……」

「そうですね、と・も・だ・ち!ですからねー」


友達を強調するな、不満そうに!

友達でしょうに!


「結構心配したのよ?友達って言ってもちゃんとしてるのかって」

「子供扱いですか……」

「そりゃそうよ、いくつになっても我が娘のことは心配するもの」


普通の親子ってこんなんなのかなぁ。


「親になってみればわかるわ?」

「親、ですか」

「あら失礼。つゆきちゃんはあまり仲がいいわけじゃないんだったかしら?」

「大丈夫です。入夏さんは家族と話す時はこんなんなんだなぁって思ったので……」

「これでも結構硬いほうよ?」

「そうなんですか?」

「ま、どう思ってそうなのか、までは知らないけどね」


そう言われた入夏はむすーっと、いかにも不機嫌そうにしておられる。


「娘の顔も見れたし、元気そうなのも確認したし帰るわね」

「さっさ帰れです」

「お気をつけて」

「入夏をよろしくね~」


ガララララ、パタン。


「えと、何の話してたんでしたっけ」


静かになった病室で、入夏が続きを持ち出した。

切り替え早いな?


「入夏の両親の話と、それに付随する入夏の過去の話?」

「ああ、そうでしたね……お母さんはああいう人です」


話に聞く通りというか、入夏は距離を測りかねているようで。

私から見ると、入夏のかーちゃんはあらあら~な感じだけど、その腹何考えてるかわかんねぇ。

その笑顔からは得体のしれないけど、そんなに実害なさそうな恐怖を感じた。


「経緯をざっくりまとめるとこうなります」


そう言って語り始める入夏。


「私が中学生の頃に離婚しました。両親は私の事で言い合いになったりしてたので、やっぱり私のせいではと思い、憂鬱な日々を送ります。そうしていると学校で陰気な人、気持ち悪い、とかそういった扱い……女同士よくあることです」


そう言った”枠”があるらしいのは前どっかで聞いた気がする。


「よくあることと言っても傷付くのが人間です。凄く落ち込みましたし、悩みました。そんな状態で大学受験とか、仕事の面接とか、出来るわけがなかったんです」


自分のことをこうも淡白に、淡々と口にできるのはやはり……。


「今思えばそうですね……いくら笑顔を貼り付けて、それだけではだめだと自分をも騙して、こうなら大丈夫かな……と思っていても、何より無気力とか、負のオーラが滲み出ていたんだと思います」


あの時私が見た入夏の姿がそうだった。

そして周囲の悲鳴に気付かないほど思い詰めていたから、暴走している車に無抵抗で跳ね飛ばされたんだろう。


「つゆきさんほどどんな事があって……ということはありませんね。あの時張り合った癖に、ですが、私の問題は概ね私一人の問題だったし、解決には私があと少しだけ努力すれば、諦めなければよかったんだと思います」


あの時の、最初の話し合いでも『出来なかった自分』が枷になっていた。

どこまで自己責任とするか、その範囲が広すぎる。広すぎるからこそ人より多く、数多の原因が自分にあると思い、自分の心を責めることになる。

それは修羅の道に等しいと私は思う。同じようなことを考えたことはあったけど、その重圧に耐えられる自信がなかったから、私は逃げている。

その重荷を一緒に担ぐ……わけではないけど、一緒であれば踏ん張る気力も湧くんじゃないかな、湧いてくれたら良いな。


「まあ、実際には無気力でただ時間が過ぎて、過ぎた時間にまた焦ってを繰り返したので、大きな過ちとかはしてないと思っています」


おそらくだけど、そこで大きな過ちをしたのが私の母親であろう。

だから、私は入夏さんの事を認めているし、尊敬してる。


「そんな私ですけど……今は既に幸せです」


にっこり笑うけどやっぱり黒いオーラが見える気がする。普通に考えてこういう笑顔をする人は流石に避けるかなぁ。


「……ふーん?ちなみに今の笑顔は?」

「……」


少し半目気味に視線を落とした。

ハイライトないです。揺らぐ黒髪がおぞましく見えて怖いです。


「なるほど……そりゃこうなる訳だ」

「色々手を打ったんです。本当に」

「全部だめだったわけね」

「そうなんです」


会話の内容は簡潔なのに入夏の一言一言が呪いのような悪寒を感じさせるようで……説得力は充分だった。

……改めて認識した。こいつやべーやつだ。こいつを何とかしようとか考えたのか、私は。


「……つゆきさん?」


……でもやり切れなかったら?

この子余計に歪むよね……。


「ずっと一緒ですからね?」


想定は最悪だったけど、それすら甘かったかもしれない。


「……大好きです」

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