第14話 つゆきと義父
人はいつ子供から大人になり親になるのか。
あるいは子供から親になり大人になるのか。
私は「子育て」とはダブルミーニングだと思う。
なぜならば子育てをしている親も親になるため学び育つからである。
ヒトは子を成せば親になるのか?
私は思う。人は一生子供であると。
どこまで育てば大人なのか。
どこまで学べば大人なのか。
或いは――
親の子が子であるように親の子も親であるか。
要するに卵が先か鶏が先か、なだけであると。
「そうだそうだ」
「どうしました?」
「この前子供は親の愛の結晶って話したよね」
「ありましたね」
「あれ関連でちょっと続きがあってね、子供は親の実験体だと思うんよ」
「実験体、ですか」
「そう」
「……」
表情から察するに、多分私の言わんとする事は理解できているが、なぜそう行き着いたかわからない、そんな感じだろうか。
「ある話をしよう」
ある兄弟がいました。
親は兄に手探りで子育てをしました。
弟には兄の子育てで得た結果を踏まえてもっといい子育てをしました。
結果、兄は出来が悪いと言われるように、
弟はできた弟と言われるようになりました。
「さあこのように結果を得て次に活かす、それはなんというのかな」
まあ、これからの私のことである。
今はまだ弟が小さいから結果出てないし……?
「確かに実験ですが……」
腑に落ちない様子。
私の考えに共感して欲しくて言ってる訳じゃないから、むしろ反論だと嬉しいんだけれど。
「あら不思議、兄は出来が悪いと除け者にされています。なぜなら?いい結果の出し方を知らない状態で失敗したものだから。『こう育って欲しい』って理想に近付けるために、習い事をさせたり、娯楽をさせなかったり、喋り方を指定してみたり……とかね」
どの家庭でもあるしつけに値するものだと思う。
「で、そういう育て方をするのはもちろん理由があるわけでさ、子のため自分のため、理想の未来という結果に近付けるためとか、けどそれが間違っているかなんて育て終わるまではわからない」
誰だって最初から完璧にできれば苦労しない。
失敗を悪く言うつもりではない。
「君はこの一連の流れをどう思う?」
親にああしろこうしろと言われるのは子供であればいくらでも経験あるでしょう。
親がいるのならば。
「確かに実験です。ただ実験体という言葉はなんとなく冷たく感じます」
「うむ。ありがとう。やっぱそうなんだな」
「?」
私が言ってほしかったのはコレ。
自分の自覚している異常さを、他の人から、入夏から見ても異常だと認識している確証が欲しかった。
「んでね、私この話を母親としたことがあってさ、最初の『実験体』って言い終えたあたりで普段私に一言も喋ってこない母の旦那にブチギレられた事があってさ、その時の会話は確か――」
季節は忘れた。確か夕食後、祖父が寝ている時だったかな。
弟は生まれてたんだっけ……?
まあ、そのぐらいの時だったと思う。
「子供は親の実験体だと思うんだけど……」
「訂正しろ。謝れ」
「はあ?」
母親と話してて、会話の中でそういえば、と、思った話題を出した所、突然横から声が飛んできた。
発生源は母親の旦那。私と血のつながりはなく、電車ヲタじゃない方の父親(戸籍上の義父)。
私が母親と話していても、知らんぷりを貫く母親の旦那にしては珍しい行動だった。
私としてはこの父親(仮)、長いしややこいから旦那でいいか。そいつの素行がなかなかに気に入らないタイプの人間で。
だからこそ……。
「普段喋らないくせに何?」
「親に対して何だ?養ってあげてるだろ?お前はその代わりなにか返してくれたのか?」
「ふむ、じゃあ私が訂正することも謝ることもないね」
「は?」
完全にトサカにきておりますわね。瞬間湯沸かし器か?
当時の私はこういう状況で相手に手を出させる事を最優先に……つまりすぐ煽る。そういう人間だったと記憶してる。
それに戸籍は別だからね。義父といっても戸籍上は私悠木の人間であり、悠木は私の祖父の名字であって、今の母親の名字とは違う。
だから躾というラインがグレーであり、私に手を挙げられない状況だった。
「ガキじゃねえんだから話を聞けよ。親や教師から人の話を遮るなって言われなかったか?それも特に『人の話は最後まで聞け』とか『先に手を出した方が悪い』とか習わなかったか?つかなんで私がお前に謝らなければならんのか、そもそもこれが理解に苦しむね」
言葉の意味が理解できてないらしく、余計頭に血が上ったらしい。
母曰く旦那の家庭環境もあまり良いものではなかったらしいので、まあ想定済みと言うか、それを理解して煽った私が悪いんだが。
あと私も想定外の事で舞い上がってたのは認める。
「は?なめとんのか」
「だから話を聞けと何回言わせるつもりだ?少なくとも私は話は聞いてたぞ?」
「……」
やっと黙った。
今思い返せば記事のタイトルだけ見て中身見ずに文句言ってる人にしては、利口だったなぁ。
「鼻血が出そうなくらい顔を真っ赤にするのも、理由を聞いてからでも良いんじゃないか?」
「……それで?」
視線は相変わらずきっつい。
けど私こういう人間嫌いだし、どう対処すれば良いかもわかってる。
手を挙げられようものなら、この時の録音を出せば良いわけですし。
「そもそも子育てのシステムが実験と似ているからで、実験とは仮説を経て実行し検証……結果を導き出すこと。置き換えて考えようか。親心としてはこんな大人になるようにって色々するだろう?そして今から子育てをまた始めるあんたらは『上の子はこうだったから弟にはこうしよう』って色々入れ知恵するだろう。これは先の『実験』で得たデータによるものなんじゃないか?それがまんま仮説を経て実行し、より良い結果を得ようとすること。そして、子供はその被験体、サンプルだろ?」
そのことについては納得いったようで。
納得はしないでほしいんだがなぁ。
「確かにそうだが……でも夕陽を実験体と言うのは気に入らない。謝れ」
弟の夕陽を、かぁ……こいつマジで嫌いだわと、この時改めて思った。
「断るね、だからあんたらは大人になりきれてないんだよ、ちったあ頭使えっての。私は子だ、あんたとは血は繋がってないとはいえね?飯食って寝る場所提供されてるだけで子育てにはなる。ただその結果何が起こったか?行動を起こせばなにかが起こる、これは当然。逆に、何も起こさなければ何も起こらない」
あえて理解しにくいように言葉を選んで、頭を使わせるように。
「何馬鹿な事言ってるんだ」
「ふふ、そうであろうそうであろう。私は馬鹿である。何せまともな高校に通ってすらない。だってそのように育てられたんだからね。珍しく黙ってるこいつに」
私が指差すのは旦那が話し始めてからずーっと黙ってる母親。
表情は『私だって』と言わんばかり。
まあそうですよね、私と同じく子供の頃に親が離婚して、引き取られた方の親が仕事にのめり込んで家庭ないがしろにして。
私に専門学校通わせてやるといいつつ、一年目の後期から出さず、辞めさせたように。
母親自身も祖父から学費出せないと言われ、大学への進学諦めましたもんね。
だがお前は普通の高校通わせて貰いつつ、遊んで無責任に子供まで作ってたじゃねえかよ。
「……で、だ。『謝れ』とかが筋違いってまだわからない?私は『子供は実験体』と言った。その子供は誰と名指したか?まあ?再婚相手の連れ子なんて一応は子供だからそう扱いはするけど自分の子としては見れないよなあ?わかるわぁ私も親の再婚相手を親に見れねえんだもん。で、私に謝れ?私の親気取り?いいよなあ再婚したらいいサンプルがおまけで付いてきてさ、下の名前も自分の一人目と同じとか気持ち悪いよなぁ。私も気持ち悪いと思うもん」
入夏には言ってないけど、母親の旦那も再婚で、一人目は私と同じ名前だった。流石に漢字や歳は違うけど。
「あのなあ、人って何かがあってから結論を得る、逆にその結論を得るための経験がないと論にならない」
「どういう事だ」
「自己主張と被害妄想と物事を主観で考えるのが激しく、理解力は低いがプライドは高い」
「喧嘩売ってるようにしか聞こえないぞ」
「あらあらまあまあ、自覚させてあげようというのに、必要なかったかしら?」
このときの旦那の表情はまぁ面白くて面白くて。
反応的に自覚はしてたらしい、けど言われたのがムカつく、けど反応すれば図星と認める事になる。から黙るしかない。そんなわっかりやすい挙動を実際に見たのは初めてだった。
あんまり煽ると母親から皿やらリモコンやら飛んできそうではあるし、話終わらせたい。
母親も面倒ではあるけど、物理的手段に出てくる分母親のほうが厄介で、旦那のほうがお利口さんかもしれない。
「まあ、これからの人付き合いとか子育てとか、それ頭に入れて行動しろ。嫌いだからこそ普段の行動とかちゃんと観察してる私が言うけど、その辺の高校生と変わらんぞお前ら。興味とか流行とかに流されて必要ないものを買ったりして使わずそのまま戸棚に入れたり、捨てたり、どれだけしてるんだよ。弟が出来た時も『まさか今更出来るなんて』とか言ってさあ、確率は0じゃない限り望まない結果なんてザラでしょうに。こいつにとって現状一番の汚点である、私が生まれてしまったようにね?それでいざ弟が生まれてきても母親はタバコ辞めない、酒も飲む、それを止めない?信じられないわ。大事に思うならもうちょっと丁寧に扱ってやれないの?常に鏡越しに自分を見ろとは言わないけど、後々自分に跳ね返ることもあるだろう?取り返しつかないことはしてくれるなよ」
私を見て理解したらしく。
「……悪かった」
「私”は”謝れなんて言わないし、言ってないよ?」
謝れ、と言ってきたのはどちら様でしたっけ。
「みつゆき、お前は頭がいい」
「頭が良けりゃヒキニートやってねえだろ」
「いや、俺には理解出来んから」
「頭回す気ないだけだろ?それはつまり逃げてるだけじゃねえかよ」
この言葉はそのまま私に跳ね返るものではあるんだけど。
「……何をすればいい」
「私になにかしろって話だったか?」
「……」
ああ言えばこう言う、ならばと黙り、私を見つめる。
私より頭3個分くらい大きい巨体がしてるもんだから情けなかった。
私はただ会話してただけで、何かお願い事があったわけでも、責めてる訳でもなかった。
そこに見当違いの謝罪を要求してきたもんだから、その見当違いを自覚させただけ。
「そうだなぁ、いきなり会話に割って入ってくるのはともかく、見当違いな謝罪と訂正の要求をしてきたんだっけな?それに加え人の話を聞かないどころか話を逸らすもんなぁ……?ついでに黙ってるあんた(母親)も同類だぞ、そんなプライド捨てちまえ。大人なら押し付けるより背負えっての。プライドで人の上に立てるのはせいぜい学生までだろう?」
母親は旦那が話に割って入ってきてから、三歩下がって旦那を肯定する、そんな状態で。
普段の威勢の良さはどこへやら。
「色々言いたいがまあさておきこの話を終わらせようか。何をすればいい、そう言ったね。じゃあお前さん以上のバカの思いつきに付き合ってもらおうか」
一呼吸置き、言うことの再確認。間違えちゃだめだとはわかってるからこそ、迷うもので。
「私が要求するのは弟の子育てを良く考えろってことかね。勉強を強要されて育った誰かさんと娯楽に囲まれてた人とどっちがマシか?あるいはどちらにも寄らないようにするか?
こいつがそうあるようあえてあるがままに伸ばすか、よく考えてね。妥協だらけの子育てにいい結果はないから、買った靴を数回履いただけで履き捨てるようなことはするなよ」
あるいは買ったペットの面倒を、大きくなったからといってしなくなるようなことを。
ペットを買う事はなかったけど、眼脂と猫風邪でボロボロの子猫を拾ってきて、病院につれていくでも、引き取って飼うわけでもなく、ただ雨風当たってるのが可哀想だったからと、風呂に入れ、『犬と同じで勝手に乾くだろう』と、ろくに乾かさずに部屋で放置してたことがあったっけかな。
私は母親が当時調理の仕事やってたこともあって、拾ってきたことに反対したし、拾うなら最後まで面倒を見ろと念を押したし、奴らが寝た後も面倒見てましたがな。
結局その子猫は元いたところに再度捨てられたそうです。
この話もいずれ、機会があれば、入夏に。
「それこそ誰かみたいに望まなかったけど、出来てしまったものは仕方なく、時が経ってなぁなぁで責任放棄するなんて論外だからな、なんせ人は心がある。親は立場上一方的に子供を扱えるからな。そんなことをするようなら親失格どころか人間失格だよ」
「あと私があんたらの面倒見ることになっても寝る場所と飯の提供以外しねえからな」
この後は、確か祖父が起きてきて、祖父にも同じことを言い、言われたけど、聞く耳持たずという訳ではなかった気がする。
まあ私としては母親の旦那が普段不干渉を貫いてるのに、見当違いなことで勝手に沸騰してるのに呆れたし、そんな男を選んだ母親の事が余計に嫌になったし、印象深い出来事だった。
「――とまあ結果として追い出されてるんで、養われてた年数分くらいは面倒見ても、それからは知らんぷりするつもり。だってまあ『やったぶん返せ』って言われちゃったらねえ?こっちも『された分だけ返す』だけでいいよねってさ」
話を聞いてた入夏さんの表情はまあ……想像とは別で、嫌悪感を抱いてるわけでもなく、出来事を想像し、どちらの立場ではなく中立として、自分なりの考えを探しているようだった。
ちょっとくらい私に対する理想とか、そういうものと現実の相違を感じて、距離おいて欲しいし、私の自覚している異常さを入夏に評価して欲しいのもあって、この話をしたんだけど……。
「結構今のつゆきさんから想像しにくいですね。特に感情には振り回されたりしないのに……」
「最初から完璧だったらどれだけ幸せだったんだろうか」
「そうです、か……そうですよね、それは私にもわかりません」
冷静であるべき、と、自分で思うようになったのはまぁ前からだけど、今はある意味諦めに近い。考えるのは諦めないけど。
「正直ほんと頭きたから喋り方変になったし、本心と言わなきゃいけないこととかごっちゃになってツンデレ発揮した気がする」
「ちなみにその後はどうなりましたか?」
「丁度起きてきた祖父にも同じ話をしたけど、それまで通りだよ」
本当に、何も変わらなかった。
だからこそ、私は諦めが強くなった。
「それで治る程度なら私は病んでないもの」
「確かに、そうですね……」
「……一番許せないのはもっと周りに気を使えって言ったのに、一家で出かけた際に祖父の脚轢きかけたことかな」
「えっと……えぇ……詳しくお願いします」
「車に戻ってさあ帰るって時に、弟抱えた祖父以外車に乗って、祖父が乗るの待ってたんだ
けど、どういうわけか旦那が車発進させてな、乗りかけだった祖父が弟かばってすごい体勢になってた、かな?扉開けた状態で発進してたわけだからね、あと1秒祖父の叫びに反応が遅ければ祖父は脚がダメになり、弟はどうなってたことか」
入夏の顔が真っ青に。
「それって大丈夫だったんですか?」
「ああ、平気。祖父と旦那は仲違いもしてなければ変わらずだよ」
「そうですか……」
まあ、私としては許せないんだけどね。
「ちなみに旦那曰く、完全に油断してたとの事で。車の発進ってさ、周り見て、同乗者のシートベルト等の確認してからって自動車学校で習ってるはずなんだけどね」
「だから嫌い。本質は変わらない」
母親の旦那はとにかく慢心とプライドの塊で。
人が乗り、扉を閉める前に車を発進させるのは普段通り。
ただその日はたまたま私の体調が良く、たまたま付いて行ったから、閉まるドアの数が一個多かった。
故に助手席の母親、後ろの私、その隣の祖父。3つのドアが閉まってから、周囲……当然後方も確認してからのはずで。
するべきである確認してなんてしないのは普段からの当たり前、つまり必然だった。
「とまあね、私と絶望的に相性が悪いのです。私と私の親とは。ちなみにその時は被害者の祖父ですが、私がやめろと言っても普段から角打ちで一杯引っ掛けてから帰る人なんで同類です。免許返納しろとどれだけ思ったか。そう思うと余計にあいつらが好きになれないし、そんな奴らに育てられる弟が不憫に思えてくる……これは私のエゴだから人のこと言えないけど」
「というか私がイレギュラーなんだよね、私さえ居なければあそこの一家は回るようになってる訳だし、追い出されて当然よ」
私が居なくなって、その後は知らない。
知りたくもないし、知られたくもない。
ただ、私の知らぬところで、私に関係なく滅亡してて欲しい。そんな感情があるだけだった。
「感想はいらない。私も私の考えを押し付けてるわけだし、それは当事者にとっての正義のぶつかり合いでしかない。……普通の教育受けたかったな、とは思うけど」
顔を上げた入夏の表情は、麦茶かと思ったものがめんつゆだったときのような。
まあ普段の実のある話ではなく、終わった出来事の共有だし、それも私の汚点となれば……ね。
「こんなこと話してよかったんですか?」
「私を知ってもらうには手っ取り早いかなって」
「なるほど……確かに分かりやすいです」
「まともな人間には程遠いんだよ、私」
そう言われた入夏の、私を見つめる目は予想していたものより暖かくて。
目的通りにならず、焦っている自分と――
それなのに、安堵している自分が居た。
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