第9話 秘密と自衛

私には話していないことが一つある。

私が中性的な顔立ち、声をしているからと私が目覚めたその日に医師に持ちかけられた話

「退院するまで『間違い』があったら困るし、余計な噂とか流れるかもしれないから」と、後ろ指を指されないよう提案してくれた。

それから看護師さん達は私の性別を隠しその手の話題すら出さない徹底ぶりで、結果的にいるかさんは私を「命の恩人」であり、今では「心の恩人」としても見ているらしい。

完全にいるかさんは気付いてないというか意識してない。同性として扱ってはいないけど異性としても扱ってない様子。マイベストソウルフレンド。

やはり性別の概念が完全に抜けているようで……。


恋人つなぎだった件も、私の性別がバレてたら割りと気まずい空気になってたかも。


「今では名残惜しいですね」

「手のこと?」

「はい。いざ取れてしまうと物足りないですね」


ここにきて、未だに包帯ぐるぐるの部位、おてて。

先生曰く、『すっごい疲れた』らしい。

なるべく私の皮膚を削ってでもいるかさん側を綺麗にするようにしたらしいけど、それでもいるかさんですら元通りの皮膚になるか微妙らしい。


「あとちょっとしたら部屋は別々だろうしこれが最後だぁねー」

「どうして?このままお話していたいです」

「まあわからないこともないけど……」

「???」


『えっ、私実は嫌われてた……?』みたいな顔。


「話すことは悪いことじゃない。むしろいるかさんもあーなってないと話なんてしなかっただろうし……こんなのレアケースにも程がある」

「私つゆきさんとならずっと一緒でもいいかな、なんて思っちゃってます」

「そうかあ……」


私はそれはそれで困るのです。適切な距離感というものがありますので。


「こりゃ言わなきゃかなあ……」


窓の外では雀が二匹。兄弟か親子かそれとも。

なーんで気になるんだろうね、不思議。


「どうかされました?」

「んや、とりあえず私が言うのもあれだけど今までお疲れ様」

「今日から病室別がいい……んですよね?」

「そだね。まあ当然っちゃあ当然だけど」


不審に思ったいるかさんが顎に手を当て、考え始めた。


「……当然?」

「んー……まあ口止めの期限も切れたし言っちゃおうか」

「くちどめ??」


私の発する言葉の意味が理解できない様子。仕方ないけど。


「君さ、まあ今さら言うのもなんだけど他人と手を繋いで生活とか平気だった?」

「……?はい」

「いくら女同士だった"としても"抵抗とかあるんじゃないの?」

「まあ、つゆきさん……命の恩人ならば」

「相変わらず命の恩人には信頼仕切ってるのね……」

「はい!心の恩人でもありますし!」


思ったより私の評価高いのね……。

罪悪感はどっちの理由で湧いてるんだろう?


「じゃあその信頼裏切るね」

「……?」

「私、悠木みつゆき」

「はい?」

「18歳差の弟がいる」

「はい……?」

「『兄弟』です、下の子は弟ね」


いるかさんはつゆきさんと呼ぶけど、私実はみつゆきさんなんです。


「……?」

「はい」

「……????」

「『きょうだい』って漢字はどう書く?」


そしてまぁはい。つまりはそういうことです。


「………………ぇええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」


隣の病室、いやこの階の全員に聞こえてそう。


「あー……はい」

「な、なな!なーっ!?」

「やっぱり気付いてなかったか……」

「でも看護師さん達も一度も男性なんて……」

「女性とも?」

「ぁ……言ってない……!!」

「と、いうわけです」


目が回っておられますぞ。


「ちょっと……考えさせて下さい……」

「肩使う?」

「はい……はっ!?ぁぁぁあああいいです!自分で考えるので!!あっち向いてて下さい!」

「はいよー」

「ソンナ……ワタシカタマクラトカ……アトオテアライトカ……ハッ!?オンガクキイテタノッテマサカ?!……モウ……モウオヨメニイケナイ……オヨメニ……」


ぶつくさ一人問答をしているいるかさん。ほんと面白いなこの子。


「つゆきさんつゆきさん」


突然振り返ったかと思えば私の腕をゆさゆさ揺らして。


「はいなんでしょ」

「つゆきさんって私の理解者ですよね」

「まあ。君は私の理解者でもあるよね」

「そして、お互いの事をさらけ出した仲ですよね」

「まあ。嫌なこととかトラウマとか話し合ったね」

「取って下さい」

「えと?今回はまた肩貸せばいいの?」

「いえ」

「……ケーキ?」

「いえ」


ベッドの上に、正座して、三指揃えて。


「不束者ですが、末永く先立つまで宜しくお願い致します」

「えっと……ごめん流石に理解が追いつかないんだけど」

「私と結婚してください」

「……」

「私と結婚してください」

「二回言わなくても聞こえてるから!」


じんせいはつのぷろぽーずかっこはてなをされました。


「で、なんでいきなりそうなる!?」

「だってつゆきさんは男性じゃないですか」

「そりゃ男だもん男だぁね」

「だったら結婚してください」

「だからなんでそうなる!?」

「私に……あんなことさせておいて……!!」


そう言われて罪悪感が急に湧いてきたぞ、なんなんだよ。


「私から物理的に何かしたっけ?」

「してないですけど……」

「してないじゃん……」


杞憂じゃねえかよ!!


「だからこそもうこれは天のめぐり合わせということで?!」

「錯乱してない?ねえ錯乱してない!?」

「大丈夫です私は何も間違ったことは言っていません?!」

「さっきから疑問形で言うのやめよ?ね?」


漫画とかだとお目々ぐるぐると表現されてそうないるかさん。

こっちまでなんか落ち着かないったらありゃしない!


「あと私も男だからね?プロポーズくらい自分からするからね!?てかそもそも君だって『親に育てられた自分が親と同じ道を進まないわけがないから結婚したくないですね』とか言ってたじゃん!」


そ、それは!その!……と、いるかさんはバグっておられる。

実際言ってた。私の話を聞いてそのとおりだとも。


「って自分からってつまり」


……へ?

……じぶんからするから?

……あああああああああああああなんで口走ったかな私!!!!


「私にそういう気があったということですか!?」

「の、ノーコメントで!!」


落ち着かないのはこのせいか!?このせいだったのか!?

そら人生初の理解者ゆえに少しくらい気のある子にぷろぽーずかっこなぞをされて落ち着いてられるわけねーじゃねえかよ!!!


「もし私がプロポーズするような事があったら自分からするってだけ!でもそれはそもそも結婚はしたくないと思ってるからありえない話!」

「ではプロポーズしてください!今!ここで!!私に!!」

「どうしてそうなる!?」

「つゆきさんの好みはだいたいわかってます!」

「この短期間で見抜かれてちょっとショックだよ!?」

「外見よりも内心を重視してて自分を同じ考えを許容できるかって所はクリアしてるじゃないですか!」


許容というよりか同一というか……!


「そうね、そうだよ。でもそれは私は二次元キャラならって前提があるんだからね?!」

「つゆきさんの好みのキャラクターのコスプレくらい安いものです!」

「コスプレで揺らいで貯まるか!」

「好みのキャラクターのコスプレをした私を想像してみて下さい!」


一瞬で頭に浮かんだあの子。

大和撫子でありつつ、我はしっかりしており、たかがゲームの登場人物のくせに、他の誰よりもしっかり成長を見ることができて。

そして私の好物を作ってくれる系統の……まあ要するにほぼすべてが理想のすっごい好きな子で。

あの子に似た服装とか、髪型とか。

現実ではイベントとか行かないやつに行かないと絶対に見られないし。

いるかさんは別人であるけど、髪も綺麗で長めだし、地毛でできなくはなさそう。

コスプレでなくとも服装を似せりゃそりゃまぁ大層……。


「あ!揺らぎましたね!揺らぎましたね今!!」


ちくしょう声に出てなかったはずなのにバレただと!?


「毎朝ご飯作って生活が厳しいなら共働きだってします!」

「少なくともあと二年弱は私今の部屋から引っ越せないから無しね!」

「構いません!私がそのお部屋に引っ越せばいいので!」


それいきなり同居したいとそういうことですかね。ワンルームじゃ狭すぎるでしょうが!


「……話すの疲れた。直前の話なんだったかなーどうでもいいやー覚えてないからどうでもいいやーあーあー聞こえなーいーいるかさんもおきたらまーきがわりするかわすれてるでしょーねー」


現実逃避しよう。落ち着いたいるかさんが前言撤回してくれるのを祈って。


「さあ昼寝するぞー」


背中を向けて寝っ転がる。


「またまたご冗談をー……」


二人だけの部屋は急に静かになって。


「……つゆきさん」


いるかさんの息遣いがよく聞こえて。


「……つゆきさん?」


それは平常心でもなければ先程までの興奮でもなくて。


「わたし……もう帰りたくない。居場所がなくて……でも一人は嫌で……。つゆきさん……私を、どう扱ってもいいから、側に居させて……?」


「私を……捨てないで……!」


ここまで言われるとこっちも困るというか……ちくせう。

最悪のパターンだ……超めんどくさいじゃんこの子……。

騙してた相手にマジトーンで言うか?演技でもなんでもない本心からの言葉を。

私なんかがなあ……私なんかで。


「……言質」

「……?」

「『私を、どう扱ってもいいので』言質取ったからね」

「…………」


『それって……!』と途端に目が輝くいるかさん。

こんなセリフ、リアルに吐くことになるとは。


「後悔して取り消すなら今だよ」

「いえ、後悔しても前に進めないので……」


その表情は嬉しいというよりかは、安堵に近い。

それほど自宅が嫌なのか。


「……わかった。でも退院後の生活をどうするかは要相談ということで」


同居は許したくないというか、気苦労の連続だろうし、互いに負担になるでしょう。


「どう見ても……(?)私は男だし君は一人娘。当然君の家族は実際はそうでないとはいえ、君を嫁に出すようなことだからどう言われるかとか考えてね」


これなんだよ。

私はこれまで通り絶対に手を出さない自信があるし、なんなら話しあったように子育てまで出来る自信がない。

それに、親も結婚前に出来てるからね。それも二回。高校生で母親になった自分の親を、これ以上無いほど恨んでるんですもの。

だから絶対に手を出してたまるか。


「……私はあくまでお互いが自立できるまでのルームメイトって認識だけど」

「それって……」

「だからそれ以上はナシ。それを決めるのはお互いが自立した後でかつ重荷が無い時にじっくり考えよう」


いるかさんにとっての本当の意味での家になるかはわからない。

心を、身体を休められる場所になるのか。もしそうなら私は追い出すようなことはできなくなるけど。

それがわかるまではいいでしょう。どうせ三日もすれば結論は出るはず。


「それまで、だからね」

「……大好き」

「……そういうのはナシでお願いします」

「だめですか?」

「ダメです。今の私には責任が持てないので。あと二次元じゃないと」


あくまで恋愛関係ではなく、友人として。

この普通じゃありえない関係を、正すため。

最後の一言は虚勢にしか聞こえなかったかも知れないけど。


「私が元ヒキニートで仕事もないから養ってやれるかはほぼ無理でしょう」

「私も、必要なら……」

「だけど幸か不幸か事故にあってしまって私たちは一方的な被害者でお金が少し入る」


この入院費だって、原型をとどめていない自転車だって、画面が割れたスマホだって。

相手ははっきりしてるし、今はまだ会ってないけど、ちゃんと足もついてるらしいし。


「それを使ってお互い自立するために頑張ろ?それからでもいい、君が私の部屋から出ていくか考えるのは」

「私はつゆきさんと離れるつもりは無いです!」

「今のところは、でしょ?」

「そうです、けど……」


だからこそ私としては入夏の未来を奪うような、自分が捻じ曲げるような事は望まない。

要するに友達以上の……恋仲の関係になる事があったとして、それはまだ先になるということ。

私の中にはそういう考えがあるのだけれど、入夏はそうではなく、当然別れ話を持ち出されたが如く落ち込む。


「……それにさ、私も少なからず君に救われたからそのお礼として、住む場所の提供くらいはとか、その代わりこれからも今みたいにお互いに話して、お互いに理解し合い、お互いの行動を見つめ合おう。これはあくまでお礼だからね」


言い終えて、入夏の返答を待つ。


「ありがとう……ございます……」


キープとも取れるかもしれないけど、私としては恐怖感のほうが強いのです。

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