第7話 言うこと聞かない自分のこと

そしてまた数日が経ち。


具合良く、いるかさんの頭の包帯が取れて、素顔が見えるようになった頃のこと。

私は相変わらず包帯巻いてるけど。いや取っても良いんだけどね。


「自殺……」

「いきなりどうしたのさ」

「いえ、ふと頭によぎっただけです」

「縁起悪いな?」


私にとって、おそらくいるかさんにとっても、因縁の言葉であるんだろうけど。


「つゆきさんは自殺しようと思ったことありますか?」

「あるね」

「ですよね……」


『そうなんですか?』とかではなく、『ですよね』と。


「私、自殺したことがあるんです」

「……なぜ生きてるとかいうツッコミ入れないから続けて?」

「してるようなものじゃないですか……」


人のこと言えないんだけどね。


「正確には未遂です。思い詰めて思い詰めて思い詰めて……ふと、試したんです。……死ねませんでした」


にこっ、と、私に笑いかけながら。

この子やっぱりちょっとどころかかなりおかしい。


「でもその時私は本当に死んじゃったような気がして。そうですね……『私』というものが崩れ去ってしまったような感じで。でも……今は生き返った感じですね、つゆきさんとの毎日が楽しくて楽しくて……お墓から出てきて踊ってるゾンビのよう」


それってあれですか、目の前の人間襲うより踊ってるアレですか。


「今となって思い返してみると、自殺ってすごく難しいんですね、心では殺したくても身体は生きようとするんですから」


ずっと思っていたんだろう、いるかさんは語り続ける。


「そんな自分を殺すためには無気力じゃだめなんです。それこそすべてを投げ出したいと思っている時ほど……既にココロとカラダが離れてしまっているんです。心は死にたい、身体は生きたい、それぞれ思っていることは違っていて、人との関わりの中で心を押し殺す……そもそも自殺はずっと前からしていたのに、何度も何度も何度も何度も心を押さえつけて、ないものにしていた『私』は誰なんでしょう?」


こんな話、出来る相手を探すほうが難しいというもの。

居たとしても会話ができる状態かも怪しいのに。


「ふふ、今の君はどっちのキミなの?」

「ゾンビですね」

「じゃあ君を殺したいキミは?」


殺したいと思っている方は死んではいない。


「今は……大人しいですね。ですがまた起きてくるかも知れません。でも私は私、何を思い押し殺してきたのか、それは「今の私」をよく思わない「理想の私」に近付けるためだったんだと思います」


窓の外を見るいるかさんには、目の前の、花は落ち、青々とした桜の木は目に入ってないようで。


「『理想の私』はあくまで偶像であって、『私そのもの』ではないのに、『他人から見た私』を気にして、『現実の私』を圧迫するんです。ただそれは、本当に、不毛で生産性はありませんでしたね」


おそらく、私の、友人の前ですら抜けないその丁寧な喋り方は後天的なものなんだろう。

私にもそういう所はある。だって一人称が「私」なんだから。


「結局のところ私は私だから、どれだけ着飾っても、どうしても装飾に負けているような雰囲気が出てしまう。優雅で淑やかな紅色のオールドローズは現実の私に似合うとは限らない。私は……どうすれば良かったのかなって」


本心からの悩み、言葉なんだろう。普段の口調が抜けていて。

やっぱり、これまで私に見せていた『いるかさん』は自分自身が作った理想の存在になれなかったもので。

それが無意識に出てしまうほど、自分の形すら変えてしまっていたんだと思う。


「あるがまま、でいいんじゃない?」

「それだと他の人から見ても……」

「だからこそ、だよ。嫌なことがあっても、我慢しない手もある」


我慢というのは泣き寝入りということもあって。


「我慢しろなんてよく言われるけど、我慢してたらエスカレートするだけよ。だって、『ああ、これくらいなら耐えれるんだな』って勘違いしちゃうんだもの。それでどんどん苦しくなるなら逃げちゃえばいい。今そこにいる君もいろんなことから結果的に逃げてきたんじゃないかな?それである人種、多分いるかさんも嫌いな人達には根性無しとか言われたと思うけど」


ちゃんと、だよ。

ちゃんと相手の事を思って、気にして、為を思うなら、観察するはずなんだから。

それで見てくれない相手には、こちらも現状維持という無対応ではなく、対応を考えねばということで。


「……まあ私は逃げたけどね」

「逃げる、ですか」


外を少し見て、何かを思い出したらしい。


「……帰ろう、帰ればまた来られる。誰かの言葉でしたね」

「なんだっけ、なんかの船長さんだっけ?」

「八方塞がりでどうしようもないなら、空元気で尽きるよりも英気を養って再度挑戦しよう、そんな感じの言葉だったと思います」

「気が滅入ってる時に何やってもいい方向に転ばない事がほとんどだし、気を入れ替えて考え直すこともある意味正攻法とも言えるね」

「確かに。受験や就活の失敗も原因はこれでしょう……が、結論を出すのは難しそうです」


いるかさんは私に体を預け、大きくため息をつく。


「もう、終わったことなのですから」


言い終え、私の肩を濡らすいるかさんが誰に言うでもなく呟いた。

そして、こんなにいい言葉だったのに、なぜ忘れてたんだろう、とも。


「結論なんていらないんじゃない?」

「どうしてですか?」

「いま私たちがここに居るという現実が、そもそも過程であり結論には達してない……とも考えられるから?」

「帰ればまた来られる……の、帰ってきたところ?ということですか?」

「そうかもね」


まだ、終わったわけじゃない。

この子にはまだ先があるんだから。

私は出来ることなら、迷惑でないならそれを応援したい。


「……はあ」

「どした?」

「こんな話が出来る友人、もっと早く欲しかったです」


こんな短期間でここまで仲良くなれるなんて、おかしいと思う。

けど、寝る時も起きる時もいつでも一緒という生活を強いられてるんだから、こうなるべくしてなったのかもしれない。

はたまた、このつながった手が皮だけでなく心まで絆いでいるのか。

真相はわからない。

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