第6話 呼び方と実験体


「そういえば」


目が覚めて2日目、つまり翌日

朝食後にいるかさんが口を開いた。


「どうしたの?」

「これからのことを踏まえて、私の事はいるかとお呼びください」

「いいの?」

「つゆきさんにはそう呼んで欲しいんです」

「……つゆき『さん』?」


さんは要らないと言いつつ自分はさん呼びのいるかさん。


「あー……つゆき……?さん……?」


どうにも納得行かないようで。


「私が呼び捨てはしっくり来ないというか……」

「うーむ」


素はアレといえ、元々丁寧な口調だし、仕方ないか。

こちらとしても呼び捨てはまだ少し遠慮したい所ではある。

というか私がしていいのだろうか?


「なんかフェアな気がしないのでしばらくさん呼び続行でいい?」

「はい」

「そのうちまたこのことについて話そう」

「わかりました」


そんな会話から始まり、空き時間を見つけてはいるかさんと色んな事を話すようになった。

それぞれの過去のこと、それぞれが感じたこと、それぞれがそれぞれの心をどう思っているか。

いつの間にかというか、必然的にお互いの間に壁はなくなっていって、よき理解者とも言えるようになってきた……かな?

どういう話をしたかといえばやれ親子の遺伝だったり恋愛観だったり価値観どうだったり、数日の仲、ましてや年頃の男女だったら話さないであろうつまらない話ばかりだったと思う。

たとえばこんな……ね?



「親が子育てを失敗した子供って、やっぱり『普通の』子育てが出来ないと思うんだ」


つまり、私のことである。でもたまに聞く話でもある。

ちなみに、話の初めは確か、廊下の話し声が聞こえてきて……だったかな?


「愛情をかけられず育った子供は愛情のかけ方を知らない……みたいな感じですか?」

「そう。親から受けたものは子供に与えるのは簡単だけど、知らないものを与えるのは難しいと思う」


なんとかのおやはなんとか、なんとかのこはなんとか。そんな感じのやつ。


「……つまり?」

「私は仮に結婚までしたとしても子供は欲しくないかな」


まあとても三次元の人間相手に結婚するとは思えんが。


「というかうちの家系は私で潰すべきだと思ってる」

「旦那様が円満な家庭で育った場合はどうでしょうか?」

「母子家庭だったし……私からの愛情はわからない、と思う。というか恐らく子供のことで喧嘩するね」

「喧嘩くらいならまあ……」


夫婦喧嘩はよくあると思うし、悪くはないと思う。むしろそこで初めて相手の知らなかった所に向き合える可能性もあるんだし。


「痴話喧嘩位可愛いものならいいんだけど、子供を巻き込むと結構ひどいことになるのを見るなあ」

「例えば?」

「夫婦間の喧嘩のことを子供に愚痴ったり、子供に当たったり、子供を盾にしたりね」


なお片親の場合、離婚した相手のことに対して延々とグチグチ思い出しては悪口言うパターンもあります(経験談)。


「そんなことされてみ、子供からすると自分の存在意義を問うきっかけになるしかない」

「ああ……『なんで私なんかが生まれてきちゃったんだろう』、と?」

「正解。そう子供に思わせちゃったら親失格じゃないかな」


いるかさん、レスポンス早いですね。やはり経験がお有りのようで?


「夫婦間の喧嘩も度が過ぎると子供は一人で抱え込んじゃうし家に居たくなくなると思う」

「家を出る人はだいたいそうではないですか?」

「自立して自分のために生きるために家を出る人は問題ない。むしろそれは私から見ても素晴らしいし羨ましくもある」


私は追い出された側。まぁ出たかったけど、出たとして、まともに生活するには初期投資できるだけのお金なんてなかったから。

あとまあ……持病は関係ないこととしても、働くための身体が元々強くないし、自転車だけだと辛いものがある。


「問題は『家を出るという選択肢を選ばなければならなくなった』ということで、そんな選択肢が出て来る時点で自立できるほど育ってないでしょう。ましてや自立できたとしても自分のためだけであって、親を捨てるなんて選択肢取る場合にゃなあ……」


知り合いというか、親戚に、たった十数メートルの距離にある実家の方で引き篭もってる子も居るし、その兄も悪い意味で家を出ていってる。

今はまだ家庭を持っておらず、危惧している通りになってほしくはないけど。


「親を捨てた子は……」

「そ、連鎖する」


おやのこはなんとやら、です。


「親を恨んで反面教師にしようとする子供(おや)は世の中たくさんいる。でも気付いたら親がしていたことをそのまま子供にしていた、なーんてのもザラよ」


それは私の祖母が私の母親にしていた、された事を私の母親が延々と文句言い続ける癖に、それと同じことを本人……私の母親が私にもしているという経験でもあって。


「その連鎖を壊す方法ってないんですか?」


私の命題とも言えるのはここで。

『こんな親から生まれなければよかった』と。私と同じ事を思わせたくない。

けど私には自信がない。誰だって不安とかあると思うけど。

だったら子供なんて要らない。という。

それは回答の先延ばしであって、理想は……仮説だけど。


「思いついてはいるけどけどまだ自信ない。というか実例まだ見てない」

「どんな方法ですか?」

「恋愛結婚を捨てる」

「え?それじゃあ逆じゃ……」

「まあまあ、恋愛するのが悪い、相手を好きになるのが悪いってことじゃない。というか必要なのには変わりない」


いるかさんは頭を右に傾け、その反対に傾け、と。

頭が揺れる度、その上に”?”が何個か見えるようだったけど、だんだん減ってきて。

『ふんふん、確かにこうなら』と、頭の横揺れが縦揺れに変わっていく。


「あー……ひょっとして」


言葉にしたいけど、上手い言葉が見当たらない、そんな感じの反応。

私も同じだから、その回答が得られればなと。


「好きだから一緒に居るんじゃなくて、一緒にいるから好き、ですか?」

「んまあそんな感じかな?多分。要するに昭和初期くらいまであった許嫁婚みたいな、結婚が先かなぁってイメージ」

「好きになるのは結婚したあとでいいと?」

「まあ前でもいいけど夫婦としての気持ちのありかたの方が重要だと思うかな」

「???」


うまく言葉にし辛いけど……。


「好きだから一緒に居て、好きだから助け合い、好きだから夫婦になって、好きだから世代を重ねる。これが恋愛結婚とか一般的なものだと思う。別にこれでも構わない」


悪いわけじゃないんだけど、これでは弱いような気もして。

というか、私の祖父と祖母の関係が、それとまだ別れてはないけど、今の母親とその旦那の関係がそう思えてて。


「夫婦だから一緒に居て、夫婦だから助け合い、共に生きるから夫婦であり、夫婦だから世代を重ねる。……一応こっちが『わたしのかんがえた理想の夫婦像』なんだけど、うーん言葉にするの難しい」


なんというか、紆余曲折あっても、最終的には一緒に居てこそだと思うんです。

それが多方面からの理由で難しいこともあるのは知ってる。私の父親の話を伝え聞く限りでは。


「『好きだから』だと……」


いるかさんが顎に手を当て、考えながら口を開く。


「『好きじゃなくなったら』一緒に居られないし、『好きじゃなくなったら』助け合わない、『好きじゃなくなったら』夫婦じゃなくなる」

「そう、その通り」


少し考えて、意図を汲み取ってくれたらしい。

大体合ってると思う。


「だから次の世代を差し置いて、二人の喧嘩をしたりできるんじゃないかなってさ」


夫婦あっての子供なのは理解してるけど、だからといって子供そっちのけはどうなのかなって。


「『子供は夫婦愛の結晶』って言うけど、私は子供は生まれた時点で一粒の塩みたいなもので、それが成長して独り立ちする頃には大きくなって、結晶のようだから言えるんだと思う」

「大きい結晶に成長させる……ですか。面白い例えですね」

「こじつけみたいなもんなんだけど、妙にしっくりきてね」


手塩にかけるとか、そんなもんです。


「塩とかミョウバンの結晶作りとかと似てますね?」

「よく覚えてるねぇ」

「小学校の頃、夏休みの自由研究を探してる時に見つけて、綺麗だなと思った事はあります」

「あれって物理的に作ろうとすると思いの外手間がかかってさ、きれいな形かつ曇りなく大きくしようと思ったら長い時間がかかる上に管理も大変で……」

「そういえば教室にビーカーを置いて、作ろうとしてた子が居ましたね。なかなか大きく出来なくていつのまにか無くなってたような?」

「はじめは小さな結晶を作る所からだもの。完成品を見て、知識を入れて、あれほしい!と思ってもすぐには出来ないからね……」


子供はそういう待つ作業苦手だと思うんです。


「でも近道する手はあってさ、時間をかけないようにするためには温度上げて多量の材料を溶かして急速に冷やせばいい。けどきれいな形に結晶化させるためには回り道をしなきゃいけなくて、曇りをなくそうと思えば別のものが混ざってもだめ、気泡を作らないためには温度変化も気をつけないとダメ。それを踏まえると大きくするには相応の時間と根気がかかる。それこそ機械じゃなければ愛情でもない限り、とっても辛いと思う」


まあ実はやったことあるんですけどね。失敗しましたが。


「ちなみに、子育てにその例えを使ったということは……溶かす材料は夫婦それぞれがさらにその親に育ててもらった結晶……ですね?」

「なるほど、そこまで考えてなかったけど言えてるかも」


思考が早いのか、察しが良いのやら?


「先程のがあったので、薄々そうかなと思ったんですけど……でもこの例えだと、溶かして足りない分や溶かした後はどうなるんでしょう?」

「そこが一番ネックだね。全員が全員恵まれてるわけじゃないんだし。……んー、そうだな、夫婦の愛情で育てる、とかどうかな」


溶かして継承だと、どうしても減るばかりなわけで。

じゃあどうやって生産するのかな、ということ。私には想像しにくいけど……。


「あー……だいたいわかってきました。つまり恋愛結婚だと結晶を育てられるのは夫婦自身と、愛情を溶かすことの出来る……好き同士でいる間だけですね。そこで夫婦それぞれの結晶が小さかったりすると子供に溶かすことの出来る愛情が少ない……と?」


思考回路が似てるだけはある。


「確かに。でも一握りのまともな人間もいるわけで……」

「そうですね……」

「『理想』は純度100%夫婦間の愛情だけで育て終えること、じゃないかな?」

「あ……『曇りなく』、ですね?」

「そう。そもそもそれぞれが持ってる結晶は夫婦それぞれの親によるものだから夫婦のものじゃないんだよね。代用品ってとこかな」


代用品。なんか冷たい言い方だったかな、それで前に母親の現旦那を怒らせたっけなぁ。


「代用品って言い方したけどでもそれでも十分いい。まあ私の頭がゲシュタルしそうだから話を折る結論を言います」


話してる中で、広がりすぎて着地点見失った気がして。


「結晶は綺麗なほど人を魅了する。輝き方は人それぞれで、中身さえ綺麗なら形がいびつで表面が曇っていようが磨いて少々小さくなってもきれいな結晶の出来上がり。磨くのは人生で起こった出来事で、友人や親友や思い出でもいいしパートナーでもいい」


擬物でも完成してれば一個の成品である。


「ダイヤモンドだってひたすら大きなものより小さなもののほうが人を寄せ付けやすいと言うし……まあ寄せ付けやすいと言っても大きすぎると身に付けにくく、逆に人を寄せ付けにくい」


精巧すぎるもの、高価なものは憧れを得る一方で手の届かぬ存在として、手にする人は少ない。


「でも憧れる人は少なからずいて、そして持ってる人は持ってない人を求める傾向にある、ってとこかな?これは蛇足だけど」


私は……そうだな、今はまだ保留で。


「あ、離婚したりして片親になったらダメってわけでもないと思う。片親に限らずとも何かしらの愛である程度大きくしたら磨けばいい。それも立派な結晶」


片親でも立派に育ってる人を見たことがあるし、居るのも知ってる。


「中身さえ綺麗なら」


から、こう付け加えたかった。


「結構押してきますね……」

「自分に焦点当ててみて。ある程度まで夫婦に育てられて、それから君は今どうさ」

「そうですね……。つゆきさんに会うまでは酷いものです」

「今は、中身はどう?」

「自分では言いたくないですけど……つゆきさんも、ですよね?」


私は私のことを出来た人間とは思っていなくて。

でもこの子は根は真面目で、真っ直ぐなのも知っているし評価する。

……その、この子と私は内面的にかなり似通っている。

つまり。でも認めたくないし、この子との決定的な差があるとしたらここだから。


「私はちょい特殊じゃないかな、君を見てすこし自分がわからなくなった気がする。物心ついたときにはすでに父親なんていなかったから、色んな人に助けてもらって、色んな人に磨いてもらった。ま、あいつ……母親にとって私は後悔であり、汚点だよ。祖父とも物心ついたときから同居してたけど、娘が高校の時に遊んでできた子なんて、かわいいもんじゃなかったろうね」


正直、特別扱いしたいとかそういうわけじゃないんだけど、結構レアケースなんじゃないかなとは思ってる。

というかレアケースでありますように。こんな人間が多くあってはならない。


「君と内面は似てるとは言っても、ダイヤと人工ダイヤ並に違うんじゃないかなあ」

「それってほぼ一緒ですよね」

「見る人が見れば違うんじゃない?」

「私は同じだと思うんですけど……」

「なら君から見れば同じダイヤじゃないかな」

「いえ、ダイヤモンドと人工ダイヤモンドは違いますけど、どちらも宝石ですし、どちらも綺麗ならどちらでもいいと思うんです」


要するにパチもんだろうが、気に入ればそれでいいと。


「……その発想はなかった。捻くれてるのも考えものだなぁ」

「つゆきさんこそ、私が思い至らなかった所を埋めてくれるじゃないですか」

「お互い様でしょ……。まあだからこそ話し相手になれたんだろうか」

「そうですね。正直、全てをお話できる人はいませんでしたし、嬉しい限りです」



……そんなくだらないことを二人で考えたり、話している内に三日が経ち、一回目の手術、糊的なものを剥がし鉄針を抜いた。

幸運にも血管や骨に貫通はしていなかったらしい。繋いでいた手の指に割り込むように熱された鉄針が入り、熱で皮膚が癒着した……んだとか。

おかげで少しぐろっきーではあるけれど、手の甲に小さな穴がぽっかり空いている状況。いずれ塞がるはずとのこと。

……が皮膚の癒着は今回はできないということで手を繋いだまま入院生活を送ることになった。


そう、糊的なものの中身、今は穴隠しを兼ねて包帯で見えないけど……私らはあろうことか、恋人繋ぎだったのである。


というか、薄々気付いてた。手のひらを思いっきり広げて飛んできたいるかさんの手を、そのまま掴んだら掴み返された感触があったから。

……そんなこと言えるわけ無いじゃん。と思ってたらいるかさんも同じこと考えてたのか、頬が少し赤かった。

まあ恋人繋ぎとかいう複雑なつなぎ方をきれいに剥がすのには根気がいるし、なんだか先生に対して申し訳ないな。

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