第5話 天岩戸

看護師さんが出ていったあと、身体の痛みが気にならないことに気付いて、どうにかして座ろうかと思っていると、いるかさんは座れるようで。

割れたスマホを手に取り、誰かと連絡取ってる様子。

なるほど、肘を使うのか。と、試したけど……私は枕を使って壁により掛かるのが限界だった。

ドラレコとかの映像的には完全に私がクッションになってたみたいだし、私の方が怪我がひどいのは当たり前か。

そんなことを考えていると、ちらっとスマホの画面が見えて、連絡先リストだったっぽいけど余白が眩しかった。

見えてしまったとはいえなんか申し訳ないな……。


「あの、暇つぶしの件です」


突然、いるかさんが口を開いた。


「どしたの?」

「雑談……しかないですよね」

「どうやらね」


いるかさんも気にしていたようで。

かといって二人でしりとりやらしますかという仲でもないし。

何より私はいるかさんを、いるかさんは私のことをあまり知らない。

……少しは興味あるかな。


「今度は私の番……と言っても特に言えることがないんですよね」


そう話すいるかさんの表情に違和感を覚える。


「ですが学生の頃からその愚直さ故に利用されたり、騙されたり、罪を擦り付けたりされてきました」

「そう……」

「それくらい、ですね」


この子も省いたな、がっつり。


「言いたくないことなら言わなくていいのよ?」


遠回しに省いたことを追求する。

嫌なら言わないだろうし。


「いえ……ならもう少しだけ」


変な人……まあ暇を潰す相手に困らないしいっか……同族っぽいし。


「その……つゆきさんって他の人……自分以外の人には興味無いんですか?」

「否定はしない」

「……わたしも?」


何その聞き方。


「……否定、は……しない?……よくわかんない。正直今まで見たことないタイプの人間なのは確か」


そんなのコミュ障に聞かれても困るのですが。特に私と君の間柄で。


「でも普段は人と関わるとロクなことにならないから避けられるようにしてる。というか過去の経験から人と喋るだけで嫌になるから喋ることすら避けてる」


基本的に他人と話すのが嫌、と伝えてみる。

一緒に生活しなければならないこの状況でなければ、会話すらしなかったでしょうね。


「……お話するのが大好きなのに?」


けどこの返答。


「君みたいな人は特別かな。普通は私と喋ってたら相手から離れていってくれるし」


割とキツめに言っても、いるかさんの表情に嫌悪は見られず、ずっと私を見つめてて。


「まあ、ほんと……君は特別らしいけど」


当の私は他人と目を合わせて喋るのなんて久しぶりで、どこを見て、どれだけ見つめてればいいのか、距離感がわからず目を逸らしてばかり。


「私から見てもつゆきさんは特別ですよ?」

「まあ特別扱いしないと付き合いきれない程度の人間だとは自覚してる」

「……まあいいです」


ここでやっと小さめのため息。ほんとにお人好しなんだなぁ。


「もっと……つゆきさんはご自身を大切にしてはいかがですか?」

「大切にかー……そう言われてもなぁ」


自分で認識できていないわけではない。

というか、わざとやっていることが習慣になっているだけ。


「自分を大事にするとそれなりのことがあってさ、なんというか……自分の心がない方が、他人からの心ない事で傷付きにくい、かな」


大事にしてるからこそ貶されたりされると辛いのだから。

じゃあ自分にとって自分がどうでも良くなれば、例え容姿や育ち、性格だって否定されても『やっぱりそうだよな』って歯向かう気すらなくなるんだから。


「人形でも気取ってんのかな、内心」

「人形になれなかったんですね」


……やっぱ同族だなあ……珍しい。

今の返答は言葉自体は棘があるけど潜む感情や意図が気遣うような、自分を労わらないとする私を叱るような?

初めて見るタイプの人だ。けど、よく知ってる。とってもよく、ね。


「傷付きたくないから自分を大事にしないという考えは確かにその通りだと思います」

「へぇ珍しい、肯定されるなんて」

「ですが、私の、自分の命の恩人が死にたがってるのをただ見過ごせると思いますか?」


死にたがってる……聞かれてたかな、先生に言いかけた言葉。

私がいるかさんの立場だったら?

そんなの考えるまでもない。

で、あるならば…さっきの話もなんか違和感あるし、ちょっと意地悪してみようか。


「ね、君さ、嘘ついてるよね?」

「……」

「いや、浪人『した』のは本当。今は……『今年は』どうかな?」

「……な」


やっぱりか。二十歳つまり三浪なわけで。

それで働いてもない割に、確か事故の時にスーツ着てたみたいだしなんかおかしいと思った。


「ごめんカマかけた。本当は私には何もわからないよ。だって初対面だし」

「そうですか、なら良かった」


また、この表情。

言いたくない知られたくないことを探られて、どうして笑顔を顔に貼り付けられるかなぁ。

そういう表情、私は好きじゃない。


「……なんでこんなことされてるのに愛想良く振る舞おうとするの?」

「それは……私が……」


喉まで出かかっているであろう言葉を私が吐く。


「自分のせいだから?」


私の放った言葉が言いたくない、認めたくなかったのか。

それとも心外なことだったのか、どちらかはわからないけど。

言い放ったその瞬間に、やっと……初めて見ることができた。


「私ってそういう事言う風に見える?」


いるかさんの感情の発露。

それは今までの問答でされててもおかしくなかったもので。

今まで表情の変化はあったりしたけど、どれも表面に貼り付けたような違和感があった。

故に温和な方な人間だろうと、第一印象を抱いた……けど、会話の中で薄々勘付いた通り、温和とは対極の、冷たく、刺すような。取り繕わない表情。


「おぉ怖い怖い」

「自分から言っておいて、それ?」


今までの口調はやはり作り物だったらしく。

これだけ煽れば当然ではあるけど、むしろこれだけ煽ってもこの程度なのか。

……やっぱりこの子普通じゃないな?


「君は私の話を聞くって言ったね」

「……確かに、私も話すとは言いましたが」

「それに加え言いたくないことは言わなくていいとも言った」

「じゃあどうして私に言わせようとするんですか」


この子、すごく冷静な子だ。

こんなことされてるのに無視と決め込まず、生真面目に話を聞く。

さっき言ってた話は本当なんだろう、そら騙されたりもするでしょう。


「今じゃないと取り返しが付かないと思ったからかな」

「別に、親しくなってからでも良いじゃないですか」

「その答えも同じだよ」


その親しい人間が居るのであれば?

いいやこの子は孤独だ、一人ですべてを成そうとして、その壁に折れてる。

私自身そういった時期があったし、今でもそうではある。けど、何より違うのはこの子はすべて自分が悪いと思ってる所で、それは私より重症だと思ったから。


「ま、家族のことを話す時にちょっとだけ不自然な反応するからその事なんじゃないかと思うんだけど、家に居場所なかったり?」

「……その通りなら?他人の家庭の事情なのに、つゆきさん……あなたはお節介にも介入しようと?」


どうしても言いたくない様子、つまり何かしらの原因があるんだと思うけど。


「人に話しても自分の意図が伝わらないからかえって自分が傷付くだけ、だから言わないとか、そういうのか」

「……そうだったとして、なぜ言わなきゃいけないの?」


それが理由か。


「嘘を付けばボロが出るから、嘘はつかないために言わない、か」


図星のようで、肩が震え始めた。

本当に真っ直ぐだからこそ嘘は付きたくない。

私はさっき嘘だと言ったけど、アレは正確には言ってないだけ。

そのグレーを探って言ってくるあたり、かなり頭は切れるはず。


「……私以外にはわからないんだから、言わなくてもいいでしょ」

「他人の価値観なぞ、簡単に理解できたら人類もっとマシだろなぁ」


“親しい人が自分の言っている事を理解できない事が辛い”のは普通の感性だと思う。

だから理解されにくいことを近しい人ほど言わない、実に合理的で矛盾してる。

これも”傷付くのが嫌だから個人的にマシな手段を取った結果”かな。


「自分のことを理解できる人間がいないと思って話さないのは合理的さ?だって理解できない人間に話すと自分が傷付くでしょう」

「そこまでわかってるならなんで!」

「だったらさ?理解されなくてもいい人間に話せばいいじゃん」


ここまで私に話せというのにも理由はある。完全にお節介ではあるんだけど。


「もう一回言うからね?私は話す、君が聞く。つまり、君が話せば私も聞く。でもね、すべて理解はしない。だって『どうせ私よりマシだろうから』ってさ」

「私のこと……」

「君は思う。『私の事分からないくせに』」


なんで私の言うことがわかるの、と言わんばかりに目を見開いて。


「それでいいんだよ、どーせ人間不幸話を聞くと自分の方がひどいって思うようにできてるし、第三者が聞いてもどっちが酷いかわかんない」


例えば言い争い、同じ言葉の応酬であれば、他人から見てもどちらも同じことを考えるまでもない。

違う言葉で同じ意味を掛け合っているのであれば、判断は他人の裁量であり、より相手に酷い事を言うつもりがなくても、自分のほうがやりすぎと取られることもある。

馬鹿と阿呆、どちらも概ね同じ意味合いの貶す言葉であるけれど、頭に血が上った時にどちらが先に口から出るかなんてその人の性格によるわけで。

個人的には阿呆の方が酷いと思うけれど。


「自分が気にするその体験は、した本人しかわからないから、他人に言った所で『そんな出来事なら自分にあったこの出来事の方が……』なんて思うだろうよ」


だからこそ言いたくない、理解されないと思ってるんだろう。全くその通り。


「同じ体験でも心が違えば受け取り方は違う、なーんて少し考えればわかるのにね?」


その前後の事象を加味して、平時であればなんともなくとも泣きっ面に蜂であれば致命傷とも成り得るわけで、そこまで汲んで考えられる人間はごく稀であろう。

だからこそ、私は脊髄反射で八つ当たりをする人間が大嫌いだ。うちの母親、祖父とかな。

そういう人間がなぜ八つ当たりをしてきたのかとかもこっちが汲んで堪えてやらないと円滑にやり取りできないんだから困ったものです。


いるかさんは少し考え、諦めのように呟いた。


「……なんで私って会話が嫌なんだろう?」


あれ、そこまでは考えが行き着いてなかった……?


「自衛のためでは?」


私に対する目つきがきつくなる。


「それをあなたが聞いて何になるんですか?」

「どうなるかはわかんないよ?」

「じゃあなんで……」

「暇だからよ」


会話が止まり、風が春の陽気を病室に運ぶ。

そしているかさんは明らかに呆れたような表情。それでいいんです。


「……そんな理由で、私に?」

「そんな理由でいいじゃん、どうせ私達退院すればそれまでの関係なんだし」

「確かに……本来はそのはずですけど……」

「今まで誰かに話した?」


いいや話してない。そんな機会があればこの子はこうなってないんだもの。


「話す必要なんてないもの」


そう思ってるから孤立するんだと思う。私もだけど。


「自分で抱えてるだけ?」

「それが、それだと悪いの?」

「悪いも何も、君さっきからこの話無視すればいいのに会話折らないじゃん」


『この人なら』という淡い希望的観測があるからこそ、捨てるに捨てれない択。

その迷いを言い当てられて、さっきまでの殺意に似た怒気はどこへやら、傷口が開きそうなくらいな目つきと表情がはっとした。

さて、私は余計に言いたくない相手になったかな?


「聞く割には話さない。相談役というか、友達居ないでしょ?」

「……いつから気付いてたの?」

「ついさっき。普通こんな重体なら親以外にもすっ飛んでくる人が居てもおかしくないし、の割には見舞い品も無さげ……つまり友達いないんだろなぁって」


いや半泣きにならないで、なんか申し訳なくなるから、いやすっごい悪い事してるけど。


「私は人間が嫌いだけど、だからといって誰彼構わず冷酷に当たるような人間じゃないと思ってる」

「だったら私にはどうするんですか」

「この時点じゃ何とも言えないけど、君次第だと言っておこう」

「じゃあ私がさっきから言ってるように拒否すればそれでいいじゃない!」


その通りである。私が粘着してるだけ。

だけどね、私はそれじゃダメだと思ったから無理矢理にでも聞き出すつもりでいる。

それはさっき自分から言った、『言いたくないことは言わなくていい』を反故にする事であるけれど。


「いるかさん、自身が一度決めた他人への対応を、後々自分から覆す勇気はある?」

「そんなの……」

「まぁ出来たら苦労してないよな」


『こんな人なのに何で』と言わんばかり。噛んでいる唇は血こそ出てないけど見てるだけでも痛い。


「……ごめん。それと連絡リストに親しか居ないの見えちゃったんだわ」

「なっ……!?」


こういうのが口から滑って出てくるのは鬼畜にもほどがあると思うけど。


「うっ……ぐすっ……うぅぅ……」


泣き出してしまった。

やべー。やりすぎた……。ほぼわざととはいえ罪悪感で死にそう。


「その唯一の連絡先である親とも上手く行ってないなら、『嫌な人と一対一で一緒に過ごし続けなければならない』、というただの孤独よりも辛い状況になるもんな」

「……だったら、上辺だけの関係で穏便に済ませばいいじゃない……!」

「悪かったね。でも君は物理的に動けないこんな状況じゃないと聞く耳持たないでしょ?」

「そうだけど……そう、だけど……!」

「だったらまたとない機会じゃない?」


思いっきり歯を食いしばり、目元は赤く、今にも叫びそうないるかさん。


「あ、思いっきり泣くと傷口が開いたりすると思うから泣かない方がいいと思うよ?」

「……!!……くず!げす!あくま!……いつっ……」

「罵ってくれて結構」


数度深呼吸を挟み、すぐに冷静さを取り戻すいるかさん。

やっぱりこの人、普通じゃない。


「……肩、貸して」

「構わないよ。好きに使って」


あの仕打ちのあとにこれとは。

いるかさんは枕を背中に置き、私に寄りかかってきた。

重さは感じないし震えている。つまり正確には隣に座っているだけ。


「頑張って体重掛けまいとするのはいいけど、そうやって自分に厳しくする事が君に必要だったものなの?」

「……あぁー……遠慮なんてもう要らない?」

「良くも悪くも要らない。自分の首絞めるのは好き?」

「はぁー……何でもお見通し、不思議」


ああ、この子もやっぱり孤独で、人嫌いだったんだな。


「もっと人を観察して、自分の仕草とか気をつければ読まれなくなるかもね」

「ふーん、そんなにわかりやすい?」

「かなーり。そりゃ上手いように使われるわって感じ」


そっか。と呟き、大きく溜め息を吐く。


「後、耳栓付けて?」

「病院にはなくない?」

「もういい。……もしそれで、友達ができなかったら、責任とってくれる?」


せき、にん……?


「呼びつけられて愚痴聞いてケーキ奢る係くらいでいいなら」

「それ、一回やってみたかった」

「はいはい。でもね、手伝いはするけど自分を癒すのは、赦すのは自分だよ」

「あとで本当に、全部話すから、ちゃんと聞いててね?」

「私で良ければ」

「……あとお友達登録してください」

「私も親以外の個人が増えるのは初めてよ」

「えっ?」

「すっ飛んでくる人は居ないし、私は親すら来ないでしょうね」

「それって……」

「想像の通りだよ」

「ふふっ、面白い人……してやられたなぁ。おやすみなさい」

「いい夢を」

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