第3話 人嫌いとお節介

「その、つゆき?さん」

「……はい」

「助けていただき、ありがとうございました」


まあご丁寧なことで。

だが生憎私は人間というものが嫌いでね。


「……ごめん。私はひねくれてるから返す言葉に綺麗なものが見当たんないんだ」


こんな事言われたら何だこの人って思うでしょう。

つまり、会話も折れるでしょう?

あとは外でも眺めて時間を潰せばいい。


「……では、綺麗なものでなくていいので、聞かせていただけませんか」


ん……?はぁ……?

想定外の返答に、天井をふらついてた思考が呼び戻される。

ええと、この人に対して悪意ないから否定するような言葉は選ばないように……えっと、えっと?


「轢いてきた人が悪いのに、君が感謝することないんじゃないかな」

「……」


目の前の人は視線を落とし、一瞬考える。


「私は、私が本来落とすはずだった命を受け止めてくれたことに感謝する、じゃ……だめですか?」

「ぉ……」


うわ恥ずかしい。『おぉ』って言いそうになった。自分から喧嘩売っといて感心するな私!


「……ぅ、あ、あはは!」


笑ってごまかそう……。


「ごめん。素っ気ない態度取っちゃった、どうやら君は私が思っていたより面白い人みたい」


そう言われた当人は『えっ!?』と、目を見開いていて。


「あんなこと言われたら普通は何も言わないのに、その返しができる人はなかなかいないよ?」

「そ、そう……ですか?」

「少なくとも私は初めてかな、あはは」


上を向いて笑う、背中が軋む感覚で若干痛むのがつらい。


「私、いるかっていいます。20歳でだいたい見ての通りです」

「こっちはー……まぁつゆきって呼んで。ヒキニートしてたら追い出された感じのダメ人間。まあしばらくよろしく?」


あっぶね、早速ボロ出しそうになった。だから名前多いと困るんだよ。


「そうなんですね……よろしくお願い致します」

「まーこんなひねくれた性格の人と仲良くする人なんていないから、適当でいいと思うよ」

「根は真面目なのに?」

「……ん?」

「いえ、なんでもないです」


……あれ?

なんだこの違和感。


「それより君のご家族とかは?」

「今日はもう遅いので明日来るそうです」


親が見舞いに来る。いいなぁ。

私はまぁ来てほしくないし、来ない。

当たり前だけど親が見舞いに来るという事自体が羨ましいね。


「いつ意識戻ったんだっけ?」

「つゆきさんの少し前です」


だから隣に先生居たのね。

冷静に考えれば意識のない患者につきっきりになるわけないもんな?


「つゆきさんこそ、ご家族は?」

「どーせ来ないんじゃないかな、弟まだ小さいし」

「弟さん?おいくつですか?」

「一歳」


一瞬、会話が止まる。

まあそりゃそうでしょうよ。


「えっ?一歳……ですか?」

「そ。血が半分違う十八歳下の弟」

「そ、そうですか……」


若干引き攣ってますよ、いるかさん。

そりゃそうよ、同い年の人に赤子の兄弟がいるなんてね。


「あ、先言っとくね」

「はい」

「私、自分のことに関して口は軽いくせに碌な事言わないから、嫌なら無理に会話しようとしなくていいからね」


カッコつけたけど要はコミュ障である。


「そ、そうなんですね……」

「ま、お喋りすることは嫌いではないし自分が嫌にならないことだけ考えて喋ったり聞いたりすればいいんじゃないかな」

「はい……」

「私はメンタルもう壊れちゃってるからなんとも思わないしね」

「……」


沈黙だけど、引いてるというよりかは何か考え事を……。

やっぱりこの子って……。


「まあそんな感じ」

「色々……あったんですね」

「まーねー?」

「そんな過去を持っているのに、私を?」


確かに、人間嫌いの私としては、人の、他人の命を救うなんてよくやったと思う。変なの。


「自分でもなんでやったかわかんない。完全に何も考えてなかった」

「ほぼ無意識……やっぱり根は真面目なんですね……」


なんか恥ずいぞ。


「あと女性だったからってのもなくもないかも?」


あ、失言。


「つゆきさんも女の子じゃないですか……」


そんなことなかった……?


「でも女の子に生まれてよかったです」

「よかった、ねぇ……。素性の知れない人とずーっと手を繋いで過ごさないといけないのに?」

「私は命の恩人には尽くさねばと思っているんです」

「え?」


ん?尽くすまでは行かなくてもいいんじゃないですの?


「こうなってしまった以上一心同体のようになるしかありませんし……」

「そりゃそうか」


ああそういう意味でか、気にしなくていいのに。


「……二十歳かあ。色々無駄にできない年頃なのに」

「つゆきさんも同い年じゃないですか」

「私はもう諦めてたからね、いいのいいの」


だめだ、この会話続けてると、この子が眩しくて自尊心がさらに死ぬ気がする。

なので話を変えたいんだけど……こういう時何聞くのが良いんだ?得意な武器種?ロール?いやいやリアルにそんなのないわけで。


「普段は何やってるの?」


左腕を見ながら問う。

この子には本来の生活があるわけだし、会話の種になるのならばと思った。


「……実は、浪人生で」

「私よかマシじゃん」

「つゆきさんは?」

「ひきこもりからニートやってたけど追い出されて自暴自棄になってたところ」

「えっ家は!?」

「一応ワンルーム借りてるけど当分帰れなさそうね」


実のところ、引っ越して数日である。

おかげでまだ荒れてもないけど。


「あるんですか……よかった」

「引かないのね……」

「なにか理由あって、とか?」


理由、理由ねぇ……。


「無いよ。たまたま私の学費がたまたま生まれてきた弟に吸われて、たまたま学費を稼ぐ手段がなくて自主退学しただけ」

「それで……」


まあ概ね自分のせい。

学費出すと言ったのも母親だし、後期になって急に出さないと言い始めたのも事実。

そこで自分で稼ぐという選択肢が現実的ではない場所に通ってて、その体力と気力が無かったのも事実。


「アルバイトなどは?」

「やったけど休み返上させられるとかブラックすぎたし辞めた。ちなみに給料出たけど働いた分より少なかったな」

「……その、薄々なんですけど、何かをする度に何かがある……感じですか?」


実際不運な方だとは思う、こんな状態にもなるんだし。

全人類の何パーセントが車で跳ねられますかって。


「そ。今となっちゃトラウマが多くて社会に出るに出れなくなっちゃった」

「……大変ですね」


いるかさん、目が死んでないあたりそこそこ張り合える人らしい?


「そのお陰で性格がひん曲がってるし心がぶっ壊れてるからトラウマ以外で傷付くことが減っちゃった」

「それより深い傷があるから……?」

「そうね。安らげる家すら無かったからどんどん悪化するだけよ」

「……そうですか」

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