第2話 はじまり

目が覚めた。

視界はまだぼんやりとしているけど、明らかに違和感があって、自宅ではないのがわかる。


「……ここは?」


と、声を出したつもりだったんだけど、自分で聞き取れなかった。

なんか身体中すごく痛いし。


「……?どこ、ここ?」


頭先から吹く風に揺れるカーテン、その涼しい風、清潔そうな布、透す光の色を変える花瓶、開かない片目、動かない身体。


「びょういん?」


頭がだんだん冴えてきて、おそらくここで死に損なっていた原因が蘇ってくる。


「……あぁー帰りがけ車に轢かれ……た人にぶち当たって、それから……?」


独り言を発していると、どこからか声が聞こえてきて。


「大丈夫ですか?!」

「はい」


近くに居たらしい看護師さんみたいな人。

見た所かなりベテランのようで?その風格というか雰囲気というか、目を覚ました私に驚いたようだけど、焦っている様子はない。


「自分のことはわかりますか?」


私、私のこと?

なんだっけ。今はどっちを言えば良いんだっけ。


「ゆぅ……きみ……?つゆき?平成……何年だっけ?西暦1996年生まれだったかな」


とりあえず本名を口にする。久々すぎて発音に困ったけど、そうだこれ病院なんだからネットの世界じゃないんだ、正解だわ。

正直平成何年生まれとか覚えてない。多分7年か8年だけど。


「なくなっている記憶などはありませんか?」

「ない、と思う。よくわからない」


まだ頭がぼんやりしてるから、よくわからないのが本音。


「この文字は読めますか?」


『下上津役病院』。指差す先は看護師さんが首から提げているネームプレートの文字。

なんだこれ、見たことある字面だけど読み方までは……あ、これ地名か。

ちなみに名前は馬手というらしい。”めて”と読むので間違ってないんだろうか?


「しも、こう、じゃく?……病院?」


そういった問答をしていると、メガネを掛けたいかにも医師っぽい人が入ってきた。

歳は割と若く、40歳近そう?な男性だった。


「目が覚めたか」

「はい、先程。多少ぼんやりしているようですが、意識に問題ないようです」

「そうか、ありがとう」


私の状態のやり取りを済まし、私の隣へ。


「初めましてだね、私は簀戸と言う。君達の担当をしている」

「初めまして」

「いきなりだが、君は事故にあった」


そうらしい。だけど、正確には……記憶では私は巻き込まれに行った方が近いような。


「誰かを庇って?」

「そうだ」


なんか吹っ飛んできた人を受け止めたら空飛んでた気がする。


「そして重症を負った。今日は事故があってから一週間だ」

「長い時間寝てましたね……」

「手足が残っているのが奇跡なほど、ひどい事故だったからね」


そう言った先生の目は安堵か、苦労か。どちらとも言えず、また別の気がかりがあるような表情だった。


「あ、念のため左手は動かさないでくれ、まだ処置できないんだ」

「あ、はい……」


そう言われて自分の身体を見る。左手はカーテンが掛かっており、見えない。

左手?左手って確か……あの人の手を掴んだ方だっけ。

とりあえずそれ以外の、見るからに包帯の分厚い足のつま先とか指先を動かしてみる。

……うーむ、包帯に巻かれているせいか?上手く動かせないし、痛い。

靴を履いているような感覚に近いし、痛みは靴擦れのような……?


「他は動かせませんが感覚……痛みはありますね」

「君もか、よかった……」


君”も”??


「君は事故にあった他人を受け止めた……が勢いが強すぎたせいか、かなり吹っ飛ばされてしまったそうだ。もう一人を庇ったせいだろうな、右半身に大きな損傷が多い。それとおそらく自転車に引っかかったと思われる左足は裂傷が複数と骨折だな」


自転車は私のやつだろうな、だめになってそう。


「頭に擦り傷等軽傷はあるが今のところ命に別状はない。起き上がるくらいはできるだろうが……安静だ。これだけ酷い状態で頭が軽傷のみは奇跡だよ」


正直動く手足の先ならまだしも、身体を全く動かせないからよくわからんのだけど。


「胴体は無傷ですか?」

「背中に沢山のすり傷があるだけだ」


ほーん、折れた骨がこんにちはしてるとかじゃないのか。


「満身創痍ですね」

「冷静だね、君」

「あー、はい。普段からいっそ死に……」


ふと冷静になる。

周りの視線、そしてここはどこか、そして私は今どうなっているか。

そして何を口走ろうとしたか。


「……すみません」

「ここは病院だ。それ以上は控えてくれ。すまない」


せっかく命を拾ってもらったのに、目の前の恩人に対してそれは酷ではないか、と反省。

その様子を見てか、私に提案があるようで。


「……ふむ。キミはこの後どうしたい」

「この後とは?」

「完治したらだ」


なにか目的があったとか、そういう大層な人間ではないので。


「これまで通り?」

「……君に話がある、いい話とは言えない」


なにこれ、はい?なんかの勧誘ですかね?


「どんな話なんです?」

「少し耳を貸してくれ。あと口に出すのも控えてくれ」

「はあ……」


私の耳元で喋り始める。

おっさんASMRとか嬉しくないんだが?

いや私ASMRとか聴かないけど。


「今後……なら……しておいたほうが……。君だけなら……、……もう一人……なら…」


半分聞く気がないし、おっさんASMRというパワーワードが自分の頭から離れず半分くらい聞き漏らした気がする。

まぁなんか理由がわからんけど悪いことではないっぽいから返事しとこ。


「ぇえー……はいぃ……」

「そういうことで頼むよ」

「はいぃー……」


行動も、その言葉も私には意味がわからんのだ。

第一、我死にぞこないぞ?


「……そろそろいいかね?」


先生が確認を取る。

が、私を見ておらず。

どうやら話しかけた先は私ではなくて……?


「はい」


その方向……壁?から声が帰ってきた。

……?ドユコトナノ?


「じゃカーテンを開けてくれ」


混乱する私よりも、姿の見えない別の人を気にかけているらしい。

これまた私の思考を動転させるんだけど、待っちゃくれないわけで。

看護師さん……馬手さんがカーテンに手を掛け、しゃーっ、と。

”窓は背後にあるのになぜか左手側にある”カーテンが開かれた。


「えっと……はじめまして」


現れた、いや、そこに元からいたのは知らない人。

いいや、見覚えがある……?

見た所、包帯でよく見えないけど、表情は柔らかで、やはり女性、黒髪黒目……。

この人知ってる。私の意識が途切れる前に見た、つまり運悪く私と轢かれたもう一人の重傷者……その人に間違いない。

そこまで思い至り、素直に『良かった、生きてた』と感じられた自分を褒めたい。


「……はじめまして?」


とりあえず挨拶。

相手はほぼ包帯の顔であり、その人なんだろうけど、見間違いかわからんので確認を取りたい。


「これは、どういう……」

「君が庇った子だよ」


やっぱりそうらしい。でも普通病室同じなわけないよね?


「なんで隣に……」

「君の左手と彼女の右手が繋がっているからなんだ」


つながってる……?

そう言われて首を動かし、目をやる。

さっきまではカーテンで見えてなかったそれは、手と言うには異質な形をしていて。

通りで私の身体はベッドの左側に寄せられていたわけで。


「……これ、中身はどうなって」

「わからない、がおそらく手を重ねている所に鉄棒が貫通し、それを覆うように薬品が固まっている」


薬品とは言ってるけど、でも見た感じ風呂場とかで使う防水のアレみたいな、見た目からするに凝り固まったボンドのような質感。

ただ知っているものと明確に違う事があるならば、真っ黒であること。

それを穿つは鉄筋コンクリートで見るような鉄の棒。

それらは事故当時からこのままらしい。感覚もない。


「中はこれ、もう……?」

「かもしれない。そして凝固している薬品のせいで処置はできず、未だ鉄棒は貫通したままだ」


やっぱそうですよねなんか刺さったままですもん。


「あまり動かすと何が起こるかわからないからなるべく動かさないでくれ」

「わかりました」


左手か、左手なぁ。

私の本当の利き手は左手だけど、幼少期から親に矯正され、右手で文字を書いたり箸を持ったりするようになってる。器用さも右が上。

だけど、何か重いものを持つとか、力なら左手。それなりに大事なものだった。

あと、左手が無ければ私のキャラは動けなくなっちゃうからね。


「君のおかげで彼女は比較的軽傷だ。それでも骨に軽度のヒビ、足に打撲や裂傷はあったが……」


彼女ってことは、やっぱ女性なんだ。


「君が庇っていた頭部には命に関わるような外傷はない、これは君のおかげだ。ありがとう」

「……」


背中と腕がひりひりするのはこれのせいかなぁ。


「そして、手の処置が終わるまでは彼女と病室を共にしてもらうしかない。我慢してくれ」


はぁーん、それでさっきの話だな?

聞き流してたけどやっと内容理解したぞ?

だったらこの期間がいつまで続くか知りたい。


「……この腕はいつまで?」

「固着している物体がなにか検査したあとだろうから長くて一週間は先もしれない」


うわ一週間もですか。そうですか。


「一週間……あなたは?」


一緒に話を聞いていた隣の人に聞く。


「かまいません。命の恩人ですし」

「なら、私もいいか」


平気なんだ、この人、意外とメンタル強いかズボラそう。


「じゃあ、慣れないことも多いとは思うが頑張ってくれ。何かあったらすぐにコールするように」

「「はい」」


コロコロ、パタン……と。

戸が閉まり、外と乖離した、二人しか居ない空間に囚われた。

個人的に一番危惧していた、面倒な時間が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る