第10話 3人揃えば1人があぶれ

門前町ジョンドから首都のある南方面へ下る為に乗り込んだ馬車は、ウォンジュンがこれまで乗ってきた馬車に比べると車体が大きく乗客の数も多かった。彼等はいずれも近隣の町から観光目的でジョンドを訪れた人々らしく、膝の上で土産物を大事そうに抱えドコドコの誰さんにどの土産をあげようと話し合っている。

そんな中だからこそ、シャンユンの存在はかなり目立っていた。


「シャンユンさん、俺の痣治せる?生まれた時からずーっとあるの」


「それは病気でも怪我でもないから治せないわね。昔同じこと言われて頑張ったことあるけど駄目だったわ」


「お酒やめられないのは?」


「それは心の問題だから専門の人に相談すべきね」


「アンタ何なら治せんの」


「病気と怪我だよ!」


十人程の乗客が向かい合わせに所狭しと座る駅馬車の中、 ザンバラ髪の大男から繰り出される質問に逐一答え時にツッコむ白髪の美少女という図は周囲の目を引いた。特にシャンユンについては昨日に癒女として勤めを果たす姿を見た者も多く「癒女さんじゃない?」「昨日で最後とは聞いてたけど」とヒソヒソ話す声が聞こえる。


「そもそも癒女の秘術はお寺の中でしか使えないのよ。本堂に焚かれたお香には秘術の効果を最大限に引き出す為の細工がされていたからね。癒女を退任して寺を出た私はただの女の子よ」


「なんで退任したの」


「初潮が来たからよ。癒女は初潮が来た翌週に最後の勤めを果たすのだけど、大抵の子が11歳とかで退任になるのを私は17歳まで生理が来なかったから10年も癒女をやるハメになった」


「布に血ィつけて『生理きましたー』って言えば良かったくない?」


「その血はどこから調達するのかなぁぁぁ?」


それは言っていいのか、と疑問を抱かせるような癒女の裏事情や豆知識がシャンユンの口から飛び出す。周囲の客は思わぬ実入りに耳を傾ける。

そんな周囲のことなど気にせず問答を続けるモリシゲとシャンユンの隣で、ウォンジュンはひとり黙って車窓の外を眺めていた。眼前には鮮やかな若草色の草原が広がっている。しかしウォンジュンの意識は景色などに向いていない。隣で仲睦まじくはしゃぎ倒す男女に気まずさを感じ、目をそらしているに過ぎないのだ。

ジョンドを出てからというもの、モリシゲはシャンユンに対して永遠に話しかけ続けている。そのやり取りは一見ふざけているように見えるが、見ようによってはお似合いなようにも思える。

もしかして、そのうち2人一緒に俺の前から消えて、再び1人になるんじゃなかろうか。シャンユンの手を引いて自分の前から消え去ってしまうモリシゲの姿を思い浮かべたウォンジュンはどうしようもなく寂しくなり、膝に抱えていた荷物をギュッと抱きしめた。故郷を出た当初は人間関係に縛られない一人旅を満喫したいと思っていたのに、今は何故だか1人にされてしまうのが恐ろしかった。


「うわっ!ヤバイ!」


唐突な運転手の悲鳴が聞こえたかと思うと馬車が激しく揺れ出し、ウォンジュンの視界がグルリと一回転した。


「ウォンジュン君!」


悲鳴に包まれた車内でモリシゲの声が響いた。同時にウォンジュンの頭に強い衝撃が走り、視界がグニャリと歪んだ。




頭を包むような優しい温もりで我に返ると、ウォンジュンの視界に晴れやかな空と真っ逆さまなモリシゲの顔が映った。ウォンジュンの頭は正座をしたモリシゲの膝に乗せられ、モリシゲの大きな手で頭を撫でられていた。


「ウォンジュン君」


優しい笑みを浮かべるモリシゲの顔を見上げながらウォンジュンは目をパチクリとさせ、何が起きたのかと身を起こして辺りを見回した。目線の少し先では馬車が横たわり、馬を座らせた運転手が途方に暮れている。周囲では乗客達が横たわり、シャンユンが忙しなく様子を見て回っている。


「何?馬車横転したの?」


「うん。で、今シャンユンさんが他の人の怪我を治して回ってる」


「あの人もう秘術使えないんじゃないの?」


「どこでも使える簡単な術を勉強してたらしいよ。癒女じゃなくなっても1人で生きていけるように火や風を起こす術まで勉強して。すごいよね」


笑みを浮かべたままシャンユンを称賛するモリシゲを前に、ウォンジュンの中でモヤが渦巻いた。しかし馬車が揺れ始めた時、モリシゲが真っ先に名前を呼んだのはウォンジュンだった。今だって目覚めるまでモリシゲが膝枕をして見守ってくれていた。

モリシゲが1番大切に思っているのは俺なのだ。俺のところから消えることは当分無いだろう。そう悟ったウォンジュンの心にこの上ない安心感が生まれ、鼻の奥がツンと痛くなった。


「アレ、そういえば馬車倒れちゃったら俺達どうすればいいの?」


ふと思い立ってウォンジュンが問うと、モリシゲが笑顔を絶やさぬまま「歩くよ」と答えた。


「シ、シゲ何て?」


「歩くよ!」


広大な野原にウォンジュンの悲鳴がこだました。

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