第8話 門前町の裏

快癒の寺院を出るとモリシゲが「おなすい」と言い出した。

そういえばもう夕方か。西日によって橙に色づいた空を見上げながらウォンジュンは「降りようか」とモリシゲを促した。




門前町に降りて1時間足らず。ウォンジュンとモリシゲは大通りから遠く離れた街の隅にある酒場にて、小さな円卓に向かい合い飯を食っていた。

大通りの食事処はどこもかしこも他の参拝客で満席状態であり、待ち時間も長かった。ゆえにウォンジュン達が待つか諦めるかと考えあぐねていたところへ、観光案内人を名乗る男が声をかけてきて「裏通りに酒場と宿を兼ねた店がございます」と勧めてくれたのだ。

それにしても。ウォンジュンは海老の醤油焼きを頬張りながら酒場周辺の様子を振り返った。

息を潜めるように存在するこの通りでは、大量に煙草を携えた怪しげな商人や身体の線が強調された旗袍を着た若い女が沢山ウロウロしていた。今、飯を食っているこの酒場も客は男のみ。うち何人かは女給に呼ばれ階段の上へと消えていった。酒場に残っている女給達は仕事をしながらもウォンジュン達に何やら視線を送っている。

もしかして、ここ花街では。神聖な寺院に守られた門前町とはいえこんな場所もあるのか、とウォンジュンはジョンドの闇を垣間見たような気持ちになった。一方でモリシゲは女給の視線など気にすることも無く酒と偽って水を出されたのではないかと疑いたくなる程には静かにゴクゴクと高粱酒の水割りを飲み豚の腸詰めを齧っている。


「お兄さん達、お1人ずついらっしゃるの?お2人一緒でも大歓迎よ」


唐突に頭上から降り注いだ艶っぽい声にウォンジュンが顔を上げると、いつの間にか隣に大きな山が聳えていた。否、胸の開いた旗袍から胸の谷間を見せつけた女給がウォンジュンの隣に屈んでいた。


「何が?」


モリシゲが微睡んだ顔に笑みを浮かべて尋ねた。顔色に変化こそ無いものの、彼が飲んでいたものは確かに高粱酒だったようだ。


「言わせるの?スケベなんだから。お兄さんのこと気に入ったわ」


「そう?どうも」


「酔っ払ってるのね、可愛い…。気持ちよくなってる時に気持ちいいことするのが1番よ。早く行きましょ」


「どこへ行くの?」


「んもぉ〜」


目の前で仲間がいかがわしい誘いを受けているのを眺めながらウォンジュンは思った。「ここ娼館じゃないか」と。

確かに娼館ならば食事も宿泊もできるだろうが、高い金を要求されるしそもそもウォンジュンは女を抱けない。デハンミングにいた時代、先輩に倣い女を抱こうとしたものの勃つハズのものが勃たず惨めな思いをして終わったことがトラウマとなっているのだ。

もしモリシゲが娼婦を抱こうというなら、自分は外で待っていよう。ウォンジュンは足下に置いていた荷物を背負いながら様子を見ていたが、モリシゲは娼婦がかけた誘いの意味を理解していなければ話をちゃんと聞いているのかも怪しかった。

ウォンジュンは机に食事代といくらかのチップを置くと、モリシゲの腕を引いて「間違えました!」と叫びながら店を後にした。




「こんなもんじゃない」と譫言を吐きながら片手で虚空を掻き回すモリシゲを引きずりながらウォンジュンが娼館を出ると、唐突に右半身を軽い衝撃が走った。見れば自分の胸程の高さに、頭巾の縫いつけられた純白の外套をスッポリと被った小柄な人物が立っている。


「あっスミマセン」


慌ててウォンジュンが引き下がろうとすると、外套の人物は頭巾を少し持ち上げ、ウォンジュンの顔をジッと窺った。その容貌にウォンジュンは目を丸くした。

ウォンジュンにぶつかった人物は、昼に寺院で見た癒女だった。

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