第7話 癒し女

門前町ジョンドの北端に聳え立つ寺院は『快癒の寺院』と呼ばれ、どんな怪我や難病も治癒できるという噂から日々多くの病める人々がここを訪れている。

勿論ウォンジュンのように美しい寺院を拝む為に ジョンドを訪れる者も少なくない。快癒の寺院と周辺の町並みはインストースにおいて10本の指に入る程には絶景と呼ばれる場所なのだ。

ウォンジュンはモリシゲと共に参拝客の行き交う石畳の通りを寺院に向けて進みながら、両脇にぎっしりと並ぶ店を眺めた。食事処や土産物屋などいかにも門前町らしい店が並び賑わいを見せる中で、誰を対象にしているのかもわからない装飾品を扱った店や遊技場がちらほらと窺える。


「ウォンジュン君、アレ何の店?」


「えっ…旅行で浮かれた人達に勢いのまま金を使わせる店かな」


まさか行きたいとか言い出すんじゃないか。ウォンジュンは身構えながら答えたが、対してモリシゲは答えを聞いたら満足したらしく「ふーん」とだけ返し、寺院に向けて再び歩き出した。

彼がこの世で興味を示すものといったら酒しか無いのかもしれない。うっすら悲しい気持ちになりながら、ウォンジュンはモリシゲの横に並んで歩いた。




寺院の境内に近づくと一気に人の流れが滞った。元々このジョンドを訪れる人々の主な目的が寺院の参拝であることに加え、本堂と同じ山吹色の屋根と赤い壁面に彩られた楼門の脇に掲げられた御由緒板や浴びると御利益をもたらすという煙を放つ常香炉など、人が集まるような設備が集中しているのだ。

滞っては少し進んで、滞っては少し進んでを繰り返しながらようやくウォンジュン達が境内に辿り着くと、参拝客の何人かが本堂の奥へ招かれていくのが見えた。彼等の殆どはウォンジュンのように得物を携えた旅人だったが、いずれも腹や腕など自身の患部であろう箇所を手で押さえていたり、同行者に支えられてやっとこさ歩いていたりと重い病や怪我に苦しんでいる様子が伝わった。

何だアレは。前に進むのも忘れてウォンジュンが眺め続けていると、雑役夫らしき風体の男が近寄り「お客さんアレ知らないのかい?」と声をかけてきた。


「あ、ハイ。何ですかアレ」


「快癒のまじないだよ。本堂の中には特別な秘術を使える癒女(いやしめ)という女性がいらっしゃって、高い金を出した参拝者の抱える病をお治し下さるんだ」


「へえ…」


「ちなみに今日は10年に渡り癒女を務めた女の子が最後の勤めを果たす日だから、お客さん見ていきなよ。すごく綺麗な子だよ」


「じゅ、10年…すごいですね。せっかくなので見ていきます」


男に勧められるまま、ウォンジュンはモリシゲを促して人波を抜け本堂へと入った。金色の大仏を中心に多くの仏像や仏具が並び、黄泉の国を描いたらしき壁画に囲まれた本堂の外陣にはウォンジュンと同じく癒女を拝もうという参拝客が集まり、その中心に快癒の秘術を受けようという旅人が整列している。

ウォンジュンとモリシゲは参拝客の後ろに立ち祈祷の始まりを待った。それから間もなく街中に響き渡らんばかりの鐘の音と共に、外陣右脇の戸から純白の道服を翻しながら、2人の屈強な僧兵を従えて入ってきた癒女の容貌に誰しもが驚いた。

女は絹糸のように白く艷やかな長髪を腰まで垂らしていた。そのくせ顔には皺ひとつ無く、白磁のような肌、黒く大きな瞳、赤みのある小さな口唇をシュッとした細い輪郭の中に全て併せ持っていた。


「髪が白いわ」


「いやしかし、なんと美しい」


参拝客がざわつくのを女は意にも介さず、自身から1番近くに跪き腕を押さえていた男性剣士のそばへ歩み寄りった。そして剣士の腕が夥しい量の水疱に覆われているのを認めると「毒ね」とのみ言い放ち、水疱に手を翳した。すると水疱は小さくなり、やがて跡形もなく消えてしまった。


「ありがとうございます!」


ひれ伏す剣士の肩を癒女は軽く叩くと、すぐさま隣でゼェゼェと息をしている顔色の悪い老爺に近寄り手を翳した。老爺の顔色はみるみるうちに良くなり、息も安定した。

その後も癒女は病める人々に寄り添いまじないをかけた。まじないを受けた者は皆健康を取り戻し、癒女にひれ伏した。

癒女の力は本物らしい。観衆が眼前の奇跡に打ち震える中、ウォンジュンだけは別の意味で震えていた。

ウォンジュンの目から見た限り癒女は15〜18歳程度の少女である。雑役夫の話によると彼女は10年に渡り癒女を続けていたというので、癒女は物心ついたぐらいの頃から今に至るまで寺院、広く見てもジョンドを出ること無く毎日のようにたった1人で秘術を学び、使い、誰かの為に尽くしてきたことになる。

そんな10年間、自分なら嫌になっちゃうなぁ。ウォンジュンは癒女の壮絶な運命を想い、心の中で「お疲れ様でした」と労った。隣でモリシゲは退屈そうに欠伸をしていた。

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