第6話 馬車に揺られて
妖刀"血吸"の使い手である男を仲間に加えたウォンジュンは、インストース国内にある小さな街を転々としながら首都ハンバリクを目指すことにした。
シンヤンからハンバリクまで直行で行ける道には馬車が通っていない代わりに街道宿が点在しており、宿を転々としつつ6日程でハンバリクに辿り着くことができる。しかしどんな街道にも獣や山賊の襲撃は付き物であるし、ウォンジュンにはハンバリクまで直行する程の用事など無くただ「首都行ってみたい」ぐらいの気持ちしか無いので、安全な馬車で小さな街を巡り観光しながら進めば良いと思ったのだ。
シンヤンから程近いところにある門前町ジョンドへ向かう馬車に乗り込んだのはウォンジュンと男だけだった。ジョンドは門前町の肩書きの通り、街の最北端に感涙するほど美しい巨大な寺院があるという。
雲1つ見当たらない晴天の下、豚の皮で作られた簡素な屋根のついた車体に風を通しながら軽い足取りで街道をゆく馬車の中でウォンジュンは血吸の男の素性について聞いた。
男は名前を『モリシゲ』といい、大陸東端にあるデハンミングから海を隔てた先にある島国オンセンケンの武家で長男として生を受けたと話した。
長男というと武家においては家督を継ぐ立場であるが、生まれつき顔と身体の大部分を赤黒い痣が占めているモリシゲは親から不具者として扱われ、次男に家督の相続権を奪われたらしい。その上世間から隠すように離れに追いやられ、そこで乳母に育てられて成長したのだという。
「"血吸"は俺が15歳の頃に親父が古物商から買い取った。自分が強くなる為に。でも血吸が宿主に選んだのは俺だったんだ」
そのせいで家を追われたけど、と嘲るような笑い声を上げてモリシゲは瓢箪に入れられた酒をあおった。
流れ者というだけあって重い出自をしているじゃないか。目の奥が熱くなるような感覚を覚えたウォンジュンだったが、彼にはモリシゲの過去よりも気になることがあった。
「酒、飲み過ぎじゃない?」
ウォンジュンがモリシゲの同行を受け入れてからかれこれ2時間が経とうとしていたが、この短時間の間にモリシゲは一升分の酒が入れられた大きな瓢箪を買い、半分程まで減らしてしまった。最安値の酒だったゆえに懐は痛まなかったが、モリシゲの脳と肝臓は着実に痛めつけられている。
「酔ってる時間が1番平和なの。酔ってないと悲しくなっちゃう」
「それ依存してない?」
モリシゲが酒に対する依存症を起こしていることをウォンジュンは心配したが、対してモリシゲは酩酊を楽しみ歌を口ずさんでいる。
「ウォンジュン君はなんで旅してるの?」
不意にモリシゲから質問が投げかけられた。
そういえば自分の出自は話していなかった、とウォンジュンは旅を始めた経緯を話そうとした。しかし何から話していいかわからなくなってしまい、困惑のあまり俯いてしまった。
「聞かない方が良い?」
「あ、うーん…また今度で良い?」
「いつでも良いよ」
モリシゲが追及してこないことにウォンジュンは安堵を覚えたが、同時に申し訳無さを感じた。彼はちゃんと出自を話してくれたのに、自分が話さないのはあまりにも不平等じゃないかと。
ただ旅の動機─デハンミングで"男らしく"なれなかった息苦しさについて、同じ男であるモリシゲに話すのは躊躇われた。モリシゲの風体がデハンミングで良しとされた逞しい外見であることも手伝って。
「お客さん、着きましたよ」
いつの間にか馬車の後ろに回っていた御者が車体後部の囲いを下ろしながら声をかけてきたので、ウォンジュンとモリシゲは慌てて降りた。2人の前には山吹色の瓦に守られた大きな反り屋根と赤色の壁面が美しい巨大な寺院と、その周辺に築かれた大小様々な建物。
「これがジョンド…」
浮世離れした美しい街並みを前に感極まり涙を流すウォンジュンを、モリシゲが奇怪な物を前にしたかのような目つきで見つめているのだった。
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