第3話 最初の街シンヤン

鋭利な柵と屈強な兵士が常駐する屯所に守られた関門を抜けてデハンミングから大国インストースに入ったウォンジュンは乗合馬車に乗り込み、関門から1番近い宿場町であるシンヤンへと向かった。

シンヤンへ続く街道は短く、馬があれば1時間、人間の足でも2〜3時間程かければシンヤンまで辿り着くことができる。ただし街道沿いの森林には獰猛な獣や山賊がうろついており、旅人を狙って常に街道を窺っている。この国で唯一安全に街道を渡れるのは、政府が定めた義務により敵意ある者を弾き飛ばす特殊なまじないが施された乗合馬車のみである。

正直なところ、デハンミング随一の剣聖であるウォンジュンは獣や賊を撃ち負かせるだけの力量もあれば自家用の馬を持つだけの財もあった。しかし今回の旅は公共交通機関に頼ってしまいたかった。自分で馬を管理するのが面倒だったのだ。課金してでも他人任せな旅がしたかったのだ。




そうして乗合馬車の車窓から鬱蒼とした森林やときおり見える広大な草原、地平線をなぞるような山脈を眺めながら楽な旅を楽しんだのち『旅人の町シンヤンへようこそ』と書かれた木製の簡素な看板を潜ったウォンジュンは寝床を確保する為に手近な民宿へ駆け込んだ。


「いらっしゃいませ、ご予約は?」


「してないんですけど、泊まれますか?」


にこやかに現れた老齢の主人にウォンジュンが尋ねると、主人は皺だらけの目を細めて「勿論ですとも」と返した。


「3号室のお部屋をお使い下さい。…時にお客様、お腰に良い剣をお持ちで」


ウォンジュンの腰に下げられた曲剣に主人の目が向いた。

腰の曲剣はウォンジュンが周囲から将軍と呼ばれるようになった頃から使い続けている良品であり、旅行中に有事に巻き込まれた際の護身用として持ってきたものだ。

部屋に持ち込むのは御法度だろうか。恐る恐るウォンジュンが「護身用に」と返すと、主人は何やら深刻そうな様子で顔をウォンジュンのそばに寄せた。


「実はですね、宿代をタダにしますので1つ頼まれて頂けないかと思って」


「と、いいますと」


「向かいに酒場があったでしょう。最近あそこに出てくるようになったならず者を退治して頂きたくて」


言いながら主人が宿の入口─ドアに嵌められたガラス窓越しに見える建物を指した。腰の高さ程しかない木製のスイングドアの向こう、遥か奥に酒瓶の並んだ棚が見える。

ウォンジュンは内心断りたかった。自分はあくまで旅行に来たのであって、剣はよっぽどのことが無い限り使いたくなかった。しかしあての無い旅行を続けるには出費を抑えておきたい。

ウォンジュンは1秒悩んだのち「良いでしょう」と主人の頼みを快諾した。

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