第2話 そうだ、国を出よう

デハンミングの宮廷で武官を務めていたクォン・ウォンジュンは類稀なる美貌と国内随一ともいえる剣術の腕から羨望と名声をほしいままにしていた。

宮中を歩けば端に平伏した女官達が僅かに顔を上げて美貌を拝もうとし、剣術の試合にて対戦相手を打ち負かせば辺りが歓声に包まれ、東屋で茶を楽しんでいようものなら草葉の陰から視線が注がれる。ウォンジュンは傍から見ればかなり恵まれていたであろう。ただウォンジュン自身は宮廷での暮らしにこの上ない息苦しさを覚えていた。

元よりこのデハンミングにおいて男という生き物は力強くあることが当たり前とされておりウォンジュン自身も父や友人達に倣って男ぶりを上げようと奮起していたが、齢が13を超えたところでデハンミングで言う"男らしさ"に抵抗を感じるようになった。

俺は筋肉モリモリの先輩達を見るのは好きだが、自分が筋肉モリモリになりたいわけじゃない。『雄々しい』とか『天下無双』とかいう褒め言葉も好きじゃない。どちらかというと『可愛い』って言って甘やかされたい。生まれたての赤ちゃんみたいに可愛さだけで全肯定されたい。他の男達とは相反する願望がウォンジュンの中に渦巻いたがそのまま口にできるわけなど無く、ウォンジュンは先人達の教えるままに男ぶりを磨き上げていった。




しかし齢が20を超えた頃、ウォンジュンはいよいよ宮廷で"男らしく"振る舞うことに限界を覚えてしまった。きっかけは長年慕ってきた剣術の師範が女を娶ったことだ。

婚礼用の飾りで彩られた広間の壇上で美しい女を横に置き幸せそうに笑う師範を、ウォンジュンはその場においては目出度いことだと祝ってみせたが、後から得も言われぬ寂しさや悔しさが自分の中に積もり積もっていくのを感じ始め、果ては師範の妻となる女が異様に憎たらしく思えてきた。

何なんだこの感情は。どうにも読み解けぬ感情の昂りにウォンジュンは振り回され、人前で平静を保つことすら難しくなった。

そして上官から「お前もいい年だし女の1人でも抱きなさい」と数人の遊び女を見繕われた翌日、ウォンジュンは物見遊山の名の下に宮廷を離れそのまま国を飛び出した。




目的も計画も無く逃避行の如く始めたこの旅にウォンジュンは少なからず不安を抱いている。

ただ、この旅路を通して"男らしく"なれない自分が肯定される世界に出会えればそこを終着点にしても良いのではないかと思い始めている。

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