総一朗は創作しない。〜生まれ変わった俺の噺

寺澤ななお

おもしろいものはおもしろい

 田原総一朗、享年95歳


 1度目の人生に後悔はなかった。

 ジャーナリストとしてやりたい放題やったし、死ぬ寸前まで報道に関わった。

 2人の妻をはじめ、周りの人間にも恵まれた。あれ以上の人生はなかなかないだろう。


 だから、自分が生まれ変わったと知ったとき、とても迷った。何をしようかと。


 間宮凜太朗まみやりんたろう。それが新しい俺の名だった。俺が死んでからきっかり50年後、鹿児島県鹿屋市で誕生。公務員として働く両親の下で何不自由なく育ったようだ。

 高校卒業前の18歳の3月1日。田原総一朗としての記憶が蘇った。


 ふたたび、ジャーナリストとして生きる道も考えた。だが、前世以上の恵まれた環境で仕事ができるとは思えなかった。はそれほどまでに充実していた。人間の限られた寿命の中でやりきった自負もある。ジャーナリストとしての俺は燃え尽きたんだと思う。


 小説家になろうとは不思議と思わなかった。短い期間ではあったが、その道を進みたいと願い真剣に向き合った。

 そして、不朽の名作「太陽の季節」に打ちのめされた。ジャーナリストと同様に小説家としての道もあそこで完結したといえる。


 同じ寿命で尽きるとして残り80年弱。どう生きたいかを考えていたら何を知りたいのかに行きついた。


 そして、俺は卒業前に上京。落語の道を歩み始める。親は止めなかった。

 なんだかんだ言いながらも「言葉」にまつわる職業を選ぶ性分は、今後何度生まれ変わろうと薄れないんだろう。


 人生で噺家になりたかったわけじゃない。だが、疑問を持っていた。


 「なぜ、落語は面白いのか?」


 何人もの人間が何回、何千回、何万回使い古されたネタなのに人は笑う。下げさげ(オチ)がわかっていても人も笑う。常に新しい情報を求めるジャーナリズムとも相反するものだ。

 なのに、落語は面白い。持てる小道具は、扇子と手ぬぐいぐらいにも関わらず。


 俺の言葉は“笑い”とはかけ離れたものだった。言葉に軸を置きながらも縁がなかった笑いに真正面から向かう。元・田原総一朗の新たな人生として悪くないと考えた。


 決定打は上京したその足で出向いた寄席だった。俺は運が良かった。満席の会場のなかで大トリに出てきたその人の噺姿は堂々としつつも朗らかで、俺を噺家の世界へと引きずり込んだ。


 木葉亭この葉このはてい・このは 

 落語界の大派閥・柳派やなぎはの流れをくむ木葉亭の創始者であるこの人に俺は弟子入りした。

 江戸落語界の重鎮でありながら「このは」なんて締まらない名前をしているが、その腕は天下一品。下手な噺家のせいで冷え切った場も一瞬で南国に変えてしまう。


「このは亭を立ち上げたのは俺だ。だからこのはを名乗るのは当然だ」


 名前をよくいじられることも多いが、師匠は決まってこう言う。だが、真相は違う。


 「だれが名前を変えるか。譲る気もねえ。引退する気もねえ。もっと俺は客を笑わせてぇ。うまく話せるようになりてえ。だから、これから大きくなる“小の葉”このはなんだ」


一門の飲み会では毎回そう愚痴を言っている。


 今もなお成長し続ける化け物だ。江戸時代から明治時代に生まれた古典落語の中でも笑える「滑稽噺こっけいばなし」を得意とする。


 前座を3年、二つ目を8年で終え、真打となってから2年過ぎた今も前座の時と同じ、木葉亭そうを名乗っている。たまたま、師匠から貰った名ではあるが“そういち”に続く名前としてとても気に入っている。


 寄席や一門会はもちろん、門外の師匠の講演会にも呼ばれることが多く、生活はだいぶ安定してきた。落語を聞いて、学び、自分の糧とし客の前で話す。はじめは辛気臭そうにしていた客も大口あけて笑う。


最高の心持ちだ。


 配偶者どころが彼女もいたことがない31歳。はたからどう思われようが、どうせ、前世で出会った以上に良い女はいない。


 噺家の世界は想像以上に刺激的だった。一度は倒れるのが当たり前と言われる前座時代も楽しくて仕方がなかった。


 この葉師匠以外にも凄い噺家はいくらでもいた。舞台袖で好きなだけ噺を聞いていられる時間はまさに至福だ。


 俺が死んでから50年以上たっても、落語の世界は変わっていなかった。お茶汲みや着替えの手伝い、掃除もろもろの雑用も健在で、日当は1000円。


 働き方改革という概念のかけらもないが、苦ではなかった。他の噺家が存分に力を発揮するためのサポートと考えれば、どんな仕事をしようが、俺は常に噺家でいれた。


 落語は飽きない。聞くのはもちろんだが何度話しても退屈することはなかった。

学んでも学んでも落語の底は見つからなかった。弟子入りしてからの13年間で、俺の探究心はすべて落語に注がれていた。


 だが、それは古典落語に限る。創作落語(新作落語)は好きになれなかった。いや許せなかった。


 なぜ、創作するのか、なぜ古典落語という最高の題材が目の前にあるのに極めようとしないのか。俺には理解できなかった。何度か聞く機会はあったが、古典落語を上回る価値を見いだせなかった。

 新作落語が比較的多い関西の上方かみがた落語には近づきもしなかった。


 お世話になった門外の師匠(真打)やあにさん(二つ目ではあるが先輩にあたる)にも創作落語を好む人はいる。創作落語への嫌悪を表に出すようなことはしなかったが、昨夜その感情が駄々洩れた。爆発したといってもいい。


「創作落語はくそだ!後世に残べきじゃねぇ。埋めちまえ!!」


 昨日は10日間におよぶ寄席の千秋楽(最終日)。打ち上げ会場である居酒屋で、同世代の師匠(真打)に俺はそう言い放った。

 我慢できなかった。古典落語を、うちの一門を小馬鹿にするあいつを許せなかった。つまらない創作落語を恥ずかしげもなく自信満々に披露したあいつに何が分かる。俺の大事なものを汚されたことに激しい憤りを感じた。

 殴り合いに発展した俺たちを周りの噺家や芸人が取り押さえ、その場はお開きとなった。


 感情に任せて人を殴ったのは久々だった。一晩たってからも拳がずきずきと痛む。目の上のあざは不格好だが痛みはない。


 今はこの葉師匠に呼び出され、車を走らせている。

 酔った勢いでの行動ではなかった。後悔こそしていないが、この葉師匠をはじめ一門の顔に泥を塗ってしまったことは申し訳なく思っている。


「創作落語はくそだ!後世に残べきじゃねぇ。埋めちまえ!!」


 それでもなお、昨夜の言葉を撤回する気はなかった。自分の本心だからだ。


 ゆっくりとした空気が漂う平屋一軒家の師匠宅の駐車場に車を止めた。女将さんが大好きなたい焼きのお土産を後部座席から取り出す。


 俺は破門を覚悟していた。

 インターホンを押し、応答を待ちながら襟を正す。


「はい。どちらさまですか」


 女将さんの優しい声がする。


「ご無沙汰してます、女将さん。そう次です」


「おかえりなさい」


 少ししてドアが開くと女将さんは笑顔で迎えてくれた。


「ひさしぶりね。そう次。ちゃんとご飯たべてる?」


「はい。女将さんに教えていただいた通り、米と卵は切らしてません」


 女将さんは笑みを深めて、中に入るように促した。

 ここに来るのは半年ぶりだ。足がすっかり遠のいてしまっている。

 居間へと通され、正座で師匠を待つ。煙管きせる用のタバコを買いに出かけているらしい。


 居間からみえる台所で女将さんはお茶の準備を始めた。


「しのは寄席ですか?」


「そうよ。いまのところ倒れずに頑張っているわ」


 前座の3年間はここに住み込みとして置いてもらった。女将さんは実の子どものように俺をかわいがった。実の両親が不慮の事故でこの世を去った時は、正気じゃなかった俺につき添って故郷の鹿児島まで来た上に、通夜や葬式、遺産相続の手続きが終わるまで、俺のそばで支えてくれた。本当に頭が上がらない。


 昔使っていた俺の部屋は妹弟子いもうとでしである、しの葉が使用している。ここにあまり来ないのは、俺の居場所がないと感じてしまうからだろう。


「いつでも戻ってきていいのよ」


俺の心を見透かすように女将さんは声をかけてくれる。


 お茶が入ったころ、玄関の方からガチャンと音がした。


 俺は正座をただし、師匠を待った。


「よう、そう次。悪いな、呼び出したのに待たせてしまって」


「師匠、このたびは一門の名を汚してしまい申し訳ございませんでした」


 俺は額を畳につけて土下座した。


「よせ、頭をあげろ」


「どのような処分でも受ける覚悟です」


「いいから、頭をあげろ。話ができねえ」


 頭を上げずにいた俺に師匠は少し口調を強めて言う。

 ゆっくりと頭を上げ、目の前を向くと、師匠は苦笑いをしていた。

 怒っている様子はない。


「説教なしというわけにはいかないがな。知らせを聞いて俺はうれしかったよ。お前は喧嘩なんぞできねえと思ってたからな。手を出してまで守りてえものがあるってことは悪いことじゃねえんだよ。だからうれしい。カミさんも笑ってたよ」


「俺は謝れません。自分の言葉を撤回するつもりもありません。このまま、一門に席をおいては迷惑がかかります」


「創作落語のことか?」


「そうです」

 俺はしっかりと頷く。


「意固地だな。なぜ、創作落語を嫌う?」


「面白くないからです」


 ふははっ


 師匠はおもしろがるように、にやける。そして煙管に火をつけた。


「はっきり言うねえ。いいね。いい目しているよ」


 師匠は機嫌良さげに言葉を続ける。


「しんようも創作やるだろう?あいつの話も面白くないか?」


 真打・木葉亭しん葉。師匠の一番弟子で、俺の兄弟子にあたる。俺が尊敬する噺家の一人だ。


あにさんの創作落語は嫌いじゃありません。ですが古典落語のほうがはるかに面白いです」


「だな」


「古典落語は噺家が積み上げてきた歴史です。宝です。数多くの噺家が鍛えた己のワザで演じ、その価値を伝えてきた。長い時代にわたり数えきれない人に笑いを与えてきたんです。決して変わってないわけじゃない。噺自体も日々進化しています。時代の移り変わりにより落ちサゲも変わってきた。試行錯誤することも許されてます。これほどに面白い題材はありません。まんじゅうこわい、牛ほめ、薬缶やかん、前座話だって極めればお家芸となる。大ネタに匹敵することもあります。どんなに芸を磨こうが極みきれるもんじゃありません。時間がいくらあっても足らないんです。師匠も極めたつもりはないでしょう?なぜ創作する必要があるんです!?」


 はぁはぁと自分の呼吸が荒くなっていることに気づく。


 師匠は笑みを引っ込めて、真剣な眼差しで俺を見つめていた。

 そしておもむろに立ち上がり、ジャンバーを着込みながら言った。


「車を出してくれ」


 俺は黙って車を運転する。


「手を出したことを謝れるか?」


「はい」


「そうか」


助手席に座る師匠との会話はそれくらいだ。行先として告げられたのはとある都内の演芸場だった。

 俺はそこで何が行われているかを知っていた。

 昨日俺が殴った噺家の一人会(単独落語講演)だ。今日が初日のはず。


 有料駐車場に車を止めて、講演会に向かう。俺は師匠の後を付いていくことに専念していた。


「あっ、この葉師匠!ようこそおいでくださいました。」


「よう、昨日はうちの者が手を出したみたいですまなかったな」


 入口にいたのは殴った噺家の兄弟子だ。

 俺は師匠の後方から頭を下げる


「いえいえとんでもない。些細なことです。それに先に喧嘩を売るような真似をしたのはあいつだという。こちらこそ申し訳ありませんでした」


 兄弟子は師匠に頭を下げる。

 師匠は一万円札を財布から出し、当日券を二枚売ってもらえるように頼んだ。相手はお金をもらうことはできないと拒んだが、「薬代だよ」と言って無理やり受け取らせた。


 既に会は始まっていた。プログラムの合間を見計らいホールに入り、空いている席に座る。


 ちょうど、前座が終わったタイミングだったようだ。拍手の中、昨夜の喧嘩相手が高座にあがり、落語の導入部分であるまくらを始める。


 どうしようもないネタだった。おもしろい、つまらないか判断する以前のネタだ。これは落語ではない。早く出たくてたまらなかった。

 師匠は黙って聞いていた。40分ほどで一席が終わり、師匠が席をたった。拷問から解放された俺は師匠を追う。


「あっ、師匠おかえりですか?」


 先ほど話した兄弟子が師匠に気づき話しかけてきた


「ああ、途中で悪いな。このあと野暮用があるんで失礼する」


「いえいえ、来ていただけでもうれしい限りです。あっ、ちなみに昨日の一件ですがこれにて手打ちということでよろしいでしょうか?」


 どうやら相手は大事にする気はないらしい。俺は一門にこれ以上迷惑は掛からなそうだと安堵した…。


「あぁ?冗談言うなよ?」


 だが、この葉師匠にその気はないらしい。


 その場の雰囲気が凍った。俺からは見えないが師匠の表情を想像するだけでも怖い。


「あんなふざけた噺しやがって、手打ちだと!?するわけねえだろが!!!あんな奴を高座に上げるお前も正気じゃねぇ。創作をなんだと思ってやがる?こいつが怒るのも無理もねえよ。あんたらの師匠と話させてもらう。覚悟しとけよ!?」


 兄弟子の顔は血の気がすっかり引いていた。



 師匠は演芸場を出て、駐車場とは別の方向に歩き出した。


「もう一軒付き合えよ?」


「どこまでも付き合いますよ。ご迷惑おかけしてすいません。」


「もう、謝るな。それにあいつの噺があんなひでえもんだった思わなかった。こっから先は俺の喧嘩だよ」


「あっちの一門ともめて大丈夫ですか?」


「あいつらの師匠のしんしょうは同門だ。疎遠とはいっても同じ釜の飯を喰ったなかだ。なるようになるさ。ただ、お前にも言いたいことがある」


 師匠は一呼吸置いて言った。


「あの噺はクソ以下だ。肥しこやしにもならねえから埋めるだけ無駄だ」


 こちらを振り返った師匠はニカッと笑った後、また歩き出した。


 師匠の背中がいつも以上に大きく見えた。


 しばらく歩くと居酒屋街に入り、師匠はある店の前で立ち止まる。


「ちょうどいい時間だな」


 そう言って師匠は店の暖簾をくぐる。


「いらっしゃい。あっ、師匠。お待ちしてましたよ。もうすぐ始まります、どうぞおすわりください」


 俺と師匠は促されるまま、入り口近くのカウンターの席に座った。

 店内はにぎわっており、焼き鳥の焼ける音と香ばしい煙に満たされている。


 師匠は酒を注文するわけではなく、店の奥の方を見つめている。

 奥をよく見ていると酒を入れるプラスチック製のP箱で作られた即席の高座がある。


「落語会ですか?」


 新入りや二つ目が修行も兼ねて居酒屋で落語会を催すことは珍しくない。客からおひねり(チップ)をもらえることも多いので、俺も昔はよくやったものだ。


「ああ、よく見とけよ」


 師匠がそういうと同時に、店内のスピーカーから噺家の登場曲である出囃子が鳴り出した。

 音に合わせて出てきた噺家の姿を見て、俺は目を疑った。


 柳谷源九郎やなぎやげんくろう


 木葉亭この葉の師匠である江戸落語界の伝説が着物をビシッと着込み、P箱で作られた即席の高座にゆったりとあがった。


 店には申し訳ないが、こんなところで噺をしていい人ではない。異様すぎる光景に俺は理解が追い付かなかった。そもそも現役を引退したはずだ。年も80を過ぎている。


 源九郎師匠はあたりをゆっくりと見回した後、枕を語り始めた。俺は名人の言葉を一言一句聞き漏らさないように意識を集中させる。


 だがやはり理解が追い付かない。

 源九郎師匠の噺はテープが擦り切れるほど聞いていた。だがないのだ。この枕と結びつく古典落語が一切思いつかない。


 間違いない。だ。


 古典落語の継承にこの人あり。と言われた名人が創作落語を演じている。


 脳天を叩き割られた気分だった。おもしろい。文句なしにおもしろい。興味半分で見ていた客ものめり込んでいる。酒を飲んでいる奴なんて一人もいない。


 だけども、だけどもだ


「古典のほうがおもしろいか?」


 源九郎師匠の噺が終わり、店内に喧騒が戻ったころ、この葉師匠が俺の顔を覗き込んだ。


「はい。俺の噺なんか敵いっこないのはわかってますが、かつて舞台袖で聞いた、源九郎師匠の古典落語ほどでないと・・・思います」


 今の噺を評価する資格なぞありゃしないが、俺は正直に答えた。


「おれもそう思う。源九郎師匠も言ってたよ。『古典には届かねえ』と。師匠の腕でさえ創作ネタをおろす自信は現役最後まで持てなかったらしい。この噺を卸したのも最近だよ。『引退したジジイが何しようが自由だろ?』って言ってた。とはいえ俺も聞くのはこれが2度目だな」


「とんでもねえ人ですね」


「ああとんでもねえ。ちなみにお前をここに連れてくるように言ったのは源九郎師匠だよ」


「え?」


「お前のことをずっと前から褒めてたよ。古典をよく勉強してるって。上っ面だけじゃなく、裏まで理解してるってさ。今回の件を話したら俺とカミさん以上に笑ってたよ。たいしたやつだってな。そんでここに連れて来いってさ。俺のクソ噺をあいつの肥しにしようってな」


 師匠はお茶を飲んで一息ついた。


「なあ、よう次。創作落語がうまいやつは少ないが例外なく古典をよく勉強している。

『古典落語も元々は創作だ』なんて言うつもりもない。だが、俺は見てみたい。でっけぇ古典の山の上に成り立つすっげぇ創作をさ。

今のまま、突っ走ればいい。無理に創作を見て学ぶ必要もねえよ。お前はもっともっと古典に励めばいい。いつか俺と師匠に見せてくれ。お前のをさ」


「師匠はなぜ創作をやらないんですか?」


「しん葉のほうが面白いからだよ。あいつもよく古典を理解してる。現役の噺家ではダントツだな」


「師匠の古典はイチバンです」


 俺は上を向いてただただ涙をこぼれるのをこらえていた。

 師匠はその姿を見てけらけらと笑っていた。


「ありがとうよ。お前に言われるのが一番嬉しい。だどもな、俺は好きで古典をやっているだけだ。おまえらみたいな探究心はない。お前はそれが強い。しん葉よりもな」


師匠の目はただ優しかった。


「さて、車はどうにでもなる。お前が一皮むけたことを祝おうか」


 師匠は酒を頼もうとしたが、俺は断った。この衝撃を酒で薄めたくなかった。


「よしましょう。夢になっちゃいけねえ」


木ノ葉亭そう次こと間宮凜太朗。31歳。


残りの人生をすべて費やしても古典落語の心理には辿り着けそうにない。


それに加えて創作落語もやんなきゃいけねぇとなれば、もう一度生まれ返っても足りやしねぇ。

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