おいしい日記を書こう
和登
おいしい日記をかこう
「…ナツ…キナツさん!返事をしてください!」
ヘッドホンの奏でる音楽よりも大きな父の声が聞こえて、キナツは自室からリビングへ向かった。
「聞こえてるよ。どうしたの?」クラフトゲームに集中していた彼女は露骨に不機嫌に振る舞うが、台所に立っていた父は要求に応えてくれたことに満足しながら用件を告げる。
「明日から新学期だけど弁当は必要なのか知りたくてね。やっぱり始業式は昼までかい」
そりゃ、初日は式と宿題を提出するだけ…あ。キナツは両目を見開いて硬直する。
「宿題、日記があったんだった!」回れ右して自室に戻り終業式以来触れていない鞄を漁る。名前すら書き込んでいないまっさらな七日間分の日記がそこにはあった。
「やばい、やばいよこの休みの間、何にもしてないもん」リビングに戻りながらキナツは情けない声で言う。「どうしたら?どうしよう。お父さん」
キナツのうろたえぶりに対してさして動じた様子の無い父はすすいだ皿を拭きながら「まあ、書くしかないんじゃないの」とあたりまえの回答をしてきた。支援を早々に諦めてキナツはテーブルについた。
1日目はベランダと窓の掃除。お父さんの手伝いだ。
2日目、お母さんのアイロンかけの手伝い。
3日目、買い物に一緒に出かけて(連れてかれて)ドーナツ買って食べた。
4日目、お風呂掃除をした。
まだ3日分残っている。どうしたら?取り立てて日記にするようなことしていない!
「〜〜〜!」キナツは頭を抱えながら声にならない声をあげる。
「家事手伝い日記、偉い生徒だね?」ゲームの方が熱心じゃなかった?と父。
「そんなの宿題に書く話題じゃないでしょ。先生ゲーム詳しくなさそうだし」読む相手のことを考えているのだと見栄をはるキナツ。
「でもゲームのためにずっと家にいたけど書くことはあるのかい?」ちょっと意地悪そうな声音で父は言う。
5日目朝ご飯 昼ごはん 昼寝 夜ご飯
6日目朝ご飯 昼ごはん 昼寝 夜ご飯
7日目朝ご飯 昼ごはん 昼寝 夜ご飯
正直に言って残りの3日間はこの繰り返しだ(合間にはずっとゲーム)。同じ文字を書き出したキナツはご飯の文字をにらみつける。今日7日目までのメニューはなんだったっけ。
朝ご飯はいつもチーズトースト、のせるチーズは「とろける」ではないところがポイント。
夜ご飯はカレー、カレーうどんだった。今日はもうカレー以外がいいな。
昼ごはんは焼きそば、チャーハンか。
「お昼を私が作ったら日記に書けるよね」名案だ。お父さんには台所を退いてもらおう。
『あまいシュガーサンドイッチ(2人前)
材料
食パン 8枚切り 4枚
マーガリン 大さじ1
マヨネーズ 大さじ1
砂糖(三温糖) 大さじ2
1.材料をざっくりと混ぜる。砂糖が溶け切らないようにするのがポイント
2.混ぜた材料を食パンに塗ってはさむ
3.お好みのサイズに切って完成
お母さん直伝のレシピ、自分でもできておいしいので私は大好きです』
「いいレシピ、もとい日記になったね」お父さんも嬉しそう。私だってできるのだよ。
こうしてなんとか日記を完成させたキナツだが、ほかにも宿題があることに気づくのはその翌日の話である。
おわり
おいしい日記を書こう 和登 @ironmarto
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