41. 仲間がいるから

 虚空から湧き上がるように出現した頭部、そこに張り付いた顔は朧気に記憶にあるユーダスのものだ。しかし、あまりにも異質だった。全体は銀ピカで、巨大な頭だけが宙に浮かんでいる。大きさは、おそらくハニワナイトにも匹敵するほどだ。


――ぬ、侵入者か? まあ、手間が省けるというものだ。


 銀ピカの頭が発する不快な声。キシキシと耳障りな音にしか聞こえないのに、何故だかはっきりと意味が伝わる。


 だけど……侵入者って?


 その意味を掴みかねていると、一瞬、真っ黒な空間に眩い光が満ちた。その光とともに何かが飛び込んでくる。


「瑠兎!」

『まだ無事のようじゃな!』

「廉君! それにガルナも」


 現れたのは廉君とガルナだった。僕らの無事を確認すると、二人は宙に浮かぶユーダスの頭に鋭い視線を向けた。


『ユーダス! とんでもないことをしてくれたものじゃな!』


――ユーダス? くく……

――私たちはそんな矮小なものではない。この世界を呑み込む、我らが神の意志そのものだ!


 ユーダスの顔がぐにゃりと歪む。形としては笑顔と言ってもいいはずなのに……それはどこまでも邪悪だった。


「どういう状況なの?」


 尋ねると、廉君の顔は苦々しい顔を浮かべた。


「アイツはこの世界と異界を繋げたんだ。銀の力でこの世界を強引に呑み込むために!」

「なんですって!? では、この世界は……」


 レイが慄く。そんな彼に、廉君は神妙な面持ちで続けた。


「このままだとアイツらに滅ぼされることになるね」

「そんな!」


 悲鳴が上がる。叫んだのは誰なのか……みんなかもしれない。状況の悪さを理解したんだ。


 でも、まだ終わりじゃない。


「だったら、ここで食い止めればいいんだよね?」

「そうだよ、瑠兎。そうするしかない。他の神々は世界の理が侵蝕されるのを防ぐので精一杯だ。僕らだけでアレを何とかしなくちゃならない。できると思うかい?」


 廉君は普段通りに見えた。でも、たぶん不安を抱えている。ちょっとした声の調子、視線の動き。その癖が以前と……神様になる前と同じだ。


 思えば、前世の僕は廉君に励まして貰うばかりだった。病弱でまともな生活を送ることもできなかった僕は、人生を諦めていたんだ。僕が大好きなゲームや小説はみんな廉君が教えてくれたんだよね。生きるって辛いことばかりじゃない。楽しいこともあるんだって教えてくれた。だから生きようって励ましてくれた。まあ、結局長くは生きられなかったけれど、それでも悪くない人生だと思えたのは廉君のおかげだ。


 だから、次は僕の番。僕が廉君の力になるんだ。


「大丈夫だよ。僕に任せて! 僕の力が足りなくても、みんなで力を合わせればきっとね」

「そうか。そうだね。僕らで世界を守ろう」


 廉君の目に力が戻る。廉君だけじゃなくて、他のみんなも。ただ一人、ハルファを除いて。


「トルト」

「大丈夫だよ、ハルファ。ちゃんと元に戻るから。ただ、今はこの力が必要なんだ」

「うん……」


 ハルファが不安げな理由はわかっている。今の僕は自分でも自覚できるほど力が溢れているから。きっと、これが神気なんだね。


 僕は神様になるつもりなんてないから、神気とかあっても困っちゃうんだけど、今はありがたい。この力があれば、きっと異界の神の意志とやらだって砕けるはずだ。


――愚かなことを

――今や世界は繋がり、私たちは十全に力を振るえる

――もはや私たちを止めることなどできない


 不快な音が声音を変えて、代わる代わる聞こえてくる。よほど自信があるようだけど、こっちだって今までとは違うよ。


「いけ、ハニワナイト!」


 インベントリから取りだしたのはハニワナイト。この空間は迷宮エリアと違って、壁も天井もない。ハニワナイトの能力を充分に活かせる。


 もちろん、これじゃ終わらないよ。インベントリからパンドラギフトを取りだして開封。新しいハニワナイトボディを取りだして、ゴーレム化する。これで二体目だ。


――そうだった……そうだったな

――私たちの計画を阻むのはいつもお前だ!

――まずは確実にお前を潰す!


 銀の頭が叫ぶと、その目からほろりと涙のようなものが零れた。それは地に落ちると膨れ上がり、姿を変える。右目から零れた涙は銀のドラゴンに、左目から零れた涙は巨大な銀の狼に。ドラゴンと狼は、それぞれ二体のハニワナイトに襲いかかった。


「まだ来るぞ!」


 ローウェルの警告。銀の頭はさらに涙をこぼす。現れる二体の銀の化け物。もちろん、こっちもハニワナイトを増産して対処する。あっちは、二体同時に作るけど、こっちだって負けてない。僕ってわりと器用だから、開封からの魔力込めはかなりスムーズだ。もう少し慣れたら、もっとスピードをあげられそう。このままならハニワナイト増産で押し勝てそうだ。


『おい! ちっこいのが来るぞ!』

「え?」


 案外簡単に終わるかもと思ったけれど、そうは問屋が卸さなかった。シロルの言葉に周囲を見れば、鼠サイズの銀の魔物がちょろちょろとこちらに近づいてきている。どうやら、デカいのが注意を引いて、その隙に小さいのが忍びよってきていたみたい。


 どうしよう。デカいのが囮だったとしても、ハニワナイトの増産を止めるわけにはいかない。戦力が拮抗しているから足止め役になってるだけで、手が空けば直接襲いかかってくるのは間違いないだろうから。とはいえ、ハニワナイトを追加で出しながら、小さいのに対抗する手段は……


「トルトはそっちに専念していろ! アレは俺たちでどうにかする」

「みんな、トルトを守るんだ!」


 ローウェルとレイが指示を出す。みんなが、僕を取り囲むように身構えた。


 そうだね。僕は一人じゃない。仲間がいるんだ。

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