40. 真っ黒な空間

 埴輪戦車は人を乗せる設計にはなっていない。それならということで、パンドラギフトからオプションパーツを出した。といっても、大層なものじゃなくて、巨大な荷車みたいなものだ。椅子なんてないから、床部分に直接座る形になる。乗り心地が良いとはいえないけど、短時間だから問題ないはず。埴輪戦車と繋げて、全員で乗り込めば準備オッケーだ。


「よし! それじゃあ、出発だ!」


 僕の号令とともに、埴輪戦車がブルルンと唸りを上げる。加速はゆっくりだけど徐々にスピードが上がっていき、最終的には凄まじい速度に到達して、ダンジョン内を爆走する。


「ちょ……はや……!」

「ゆれ、るぅうううう!」

「お、おい、トルト。これは早す……あでっ」

「喋ると舌噛むよ!」


 いやぁ、失敗。なんで荷車にしちゃったんだろ。ダンジョン内の床はでこぼこしてるから、すっごい揺れる。埴輪戦車は浮いてるんだから、同じように浮かぶタイプにすれば良かったよ。


 一応、内側に手すりは設置してある。それにしがみ付いて必死に耐えていたら、不意に揺れが収まった。それもちょっと不自然なくらいに。いくら真っ平らな道だとしても、車輪と地面が接する以上、少しは揺れるはずだ。それなのにまるで揺れを感じない。それどころか、ガラガラと五月蠅い車輪の音まで聞こえなくなった。唯一、埴輪戦車が発するキュラキュラという音だけが響く。


「……なんだ、ここは」

「怖い」


 異様な光景だった。辺り一面真っ黒だ。床も壁も天井も。ただ黒で塗りつぶされている。そのわりに、暗闇というわけではない。僕の隣で、不安そうな表情のハルファの顔がはっきりと見える。


 上下左右の感覚があやふやになりそうな一面の黒。そんな中、少し向こうに、ぼんやりと光る何かがある。


「あそこにヤツらがいるそうです」


 アレンが静かに告げた。


 アイツら――銀勢力の幹部たちだ。おそらく、そこにユーダスもいる。暗い世界で薄らと輝く銀の光は、まるで僕らを導くしるべのようにも、または僕らを引き寄せる誘いの光のようにも見えた。


 比較するものがないから距離感が曖昧だ。実際、思ったよりも光は遠くにあるみたい。車輪の音と揺れがなくなったせいでわかりにくいけど、埴輪戦車は依然として猛スピードで進んでいるはず。それなのに、光にはゆっくりとしか近づけない。それでも走り続けていると、ようやくその正体が見えてきた。


「埴輪戦車、とめて」


 僕が小さな声で指示すると、この空間に唯一響いていたキャタピラ音が消える。


 真っ黒で音のない世界。現実感が乏しい。そんな中ではっきりと存在を確認できるのはお互いと、光を放つ謎の存在。


「あれは……人、なのか」


 レイが掠れた声で誰とはなしに尋ねる。それに答える者はいない。だって、誰にも答えなんてわからないから。


 ただ。


 僕の感覚から言えば……あれはもう人ではない。純然たる異界からの侵略者――――銀の異形。


 光の中心に存在するのは、銀の環だ。表現するなら、不揃いの石を数珠つなぎにしたような何か。しかし、それは石なんかではない。銀色のそれはよく見れば、遠目からでも人の形をしていることがわかる。


 環に繋がれたそれらは、おそらく教団幹部の残党だったものだ。合わせれば10人くらいかな。車座になって座っている状態で、銀の糸によって繋がれているように見える。


 だけど――彼らが人だったのはかつてのことだ。


 その体は完全に銀化していた。その表面はときおり人型を外れて蠢いている。個体としての境界は曖昧で……おそらくは完全に一体化していた。


「トルト、浄化だ」


 囁くようなローウェルの声。僕は声もなく頷く。


 不気味な姿だけど、混じりっけのない銀ならば僕の浄化は効果覿面なはず。ここからだとまだ少し距離があるけど、範囲浄化なら充分に届く距離だ。意識を集中し、この世界から異物を排除すべく願い……力を解き放つ。


「〈クリーン〉」


 淡い光が一帯を覆う。共鳴するかのように、銀の環もギラリと光った。


――グアアアァァアア!


 突如響く絶叫。それは高くもあり低くもあり、複数の声が重なっているように聞こえる。同時に、銀の環に大きな変化が現れた。穏やかに波打っていた銀の表面が、今ではまるで大嵐のように激しくうねっている。


 予期せぬ反応だ。一見すると、浄化を受けて悶え苦しんでいるようにも見えるけど、そう判断してもいいものか。普通なら浄化を受ければ、銀の体は萎み、あるいは表面が黒化するはずだ。実際、銀の環も一瞬だけ黒化したように見えた。銀の環が脈打つたびに、黒化した部分は剥がれ落ちて、元の銀の状態に戻るみたいだ。


「埴輪戦車、荷車の連結を切り離して」


 僕の指示を受けて、埴輪戦車からブオンと返事がある。直後カチリと鳴ったのは、連結を解除した音だ。


 荷車部分を切り離したのは、埴輪戦車を突っ込ませるためだ。突撃前に抗菌作用のあるクリーンをかけておく。ハニワナイトと同じなら自前で持っているかもしれないけど、念のためだ。


「埴輪戦車、行け!」


 ブオオンと轟音を響かせ、埴輪戦車が銀の環に突っ込む。衝突した瞬間、銀の環は急速に萎んで見えなくなった。標的を失った埴輪戦車はそのまま少し進んで止まる。


「なんだ? やったのか?」


 訝しむレイの声。その答えは、直後に明らかになった。ドンと激しい音がして埴輪戦車がひっくり返る。


「……なに、あれ? 大きな、穴?」


 ハルファの呟きは、きっとみんなに共通する疑問だ。真っ黒な空間に、真っ黒な大穴が空いた。見えないはずなのに、はっきりと存在していることがわかる。あまりにも異質。この世界に存在してはいけないものだと、本能が警告している。


――はは……はははは!


 笑い声が聞こえる。地の底から響くような笑い声が。


――勝ったぞ! 私たちの勝ちだ!


 せり上がってくるように、穴から何かが姿を現した。巨大な銀の塊。それがうねりながらも少しずつ形をなしていく。完成したのは見覚えのある人の頭部だった。]


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真っ暗な空間

イメージとしてはSFC時代のRPGでマップの範囲外にある謎空間です。

本来なら進入不可な領域ですね。

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