42. 再構成の魔法

「〈クリーン〉」


 サリィが放った魔術で、辺り一帯の銀の鼠の動きが鈍る。そのうち幾つかは黒ずんで消えていった。範囲浄化の魔術だ。いつの間に修得したのか、サリィは魔道具なしで使えるみたい。


「おかしいな。効かないわけじゃ無いけど、一気に消滅させるのは無理みたい」

「こちらも同じ。耐性ができていると予測」


 浄化の範囲にいても消滅したのはごく僅か。遅れて発動したプチゴーレムズの浄化も同じだった。シャラが代表して、浄化への耐性を言及する。


『世界が繋がった影響じゃろうな。その魔術の本質は清掃じゃ。それを“この世界には存在しない異物を排除して綺麗にする”という発想で異形どもの浄化に転用しておる。じゃが、二つの世界が繋がった今、ヤツらを異物とは言い切れなくなったわけじゃ』

「なるほど、なっ!」


 ガルナの説明を聞きつつ、ローウェルが剣を振るう。その煌めきが雷光となって迸った。直線的だけどそれなりの範囲の鼠たちをなぎ払う。その半分ほどは何事もなかったかのように近づいていくけど、残り半分は消滅した。


「まぐれ当たりでも倒せそうだ! 範囲攻撃で巻き込め!」


 結果を見て、ローウェルが指示を飛ばす。銀の異形には体内を高速で移動する核がある。鼠タイプは体が小さいから、その分、核にヒットしやすい。数打ちゃ当たるの精神で、ガンガン攻める方針みたいだ。ハルファのショックボイス、スピラの氷の嵐、シロルの広範囲雷撃で鼠を近寄らせない。サリィとプチゴーレムズはひたすら範囲浄化で全体の数を減らす。


 それでも消滅を免れる鼠はいる。だけど、廉君が結界みたいなものを張ってくれるおかげで、近距離まで迫った鼠は極端に動きが鈍るみたい。それをレイとミルが盾と剣で引き剥がしていく。


 僕はもちろん、ハニワナイトをひたすら出す係。隙を見てもっと大きくて強いのを出せたらって思うんだけど、具体的に何を出すべきか考えている余裕がない。抗菌作用があるおかげか乗っ取られはしないけど、すでに何体かのハニワナイトは壊されてる。逆にこっちも何体か銀の魔物を消滅させたので、戦力は拮抗してるけどね。ギリギリの綱渡りだからこそ、迂闊な手が打てないんだ。


 そんな状況は、キャタピラ音とともに終わった。銀の頭が現れたときにひっくり返って動けなくなっていた埴輪戦車が戦線に復帰したんだ。爆走で鼠を跳ね飛ばし、砲弾でハニワナイトの支援をする。さっきまで身動きとれずにいたので、完全にノーマーク。埴輪戦車が縦横無尽に暴れ回ることで戦況は緩やかに、でも確実に僕ら側が優位になっていく。


 今度こそいけるかと思ったときだ。銀の頭が憎々しげに叫ぶ。


――存外にしぶとい!

――ならば、さらなる力を!


 動きが変わった。ヤツの目が不気味に光る。銀の涙を落とすかわりに、その視線で地をなぞった。


 直後、真っ暗な空間に色がついた。鮮やかと言えば、そうかもしれない。床一面が真っ赤に染まっている。だけど、それは血の色を想起させた。もしくは肉の色だ。ゆっくりと蠢くので、尚更気味が悪い。まるで巨大生物の体内に閉じ込められたみたいだ。


「う……ぐ、これは……!」

「力が……入らない!」


 この異変をきっかけとして、レイとミルが体勢を崩した。二人だけじゃない。みんな、調子が悪そうにしている。ハニワナイトの動きも精彩を欠き、銀の魔物に押されはじめた。


「理だ! アイツが理を歪めたんだ!」

『空間が侵蝕されておる! このままではヤツらの世界の理に支配されてしまうぞ!』


 廉君とガルナが焦りながら警告する。不思議と僕にも理解できた。この何かの体内を思わせる空間の変化は、異界の神による支配が具現化したもの。僕らは今まさに、アイツの理に呑まれようとしている。


「戻せないの!?」

「やってる! でも、僕らの力だけじゃ対抗できない!」

『異界の神とは、ここまでの力を持っておるのか!?』


 廉君とガルナ。二人の力を合わせても、異界の神の力に押し負けてしまうみたい。蠢く肉の床が、僕らの焦りを喜ぶみたいにぶるりと激しく脈打った。


「う……ああ!」

「ハルファ! 今、浄化するから!」


 支配権が少しずつ銀勢力に奪われている。みんなの動きは一層鈍くなって、ついにはハルファが銀の鼠に噛みつかれてしまった。右手が銀に侵食されている。すぐに駆け寄って、浄化の力を込めた。


 確かに効果が薄い。銀の力がハルファを蝕もうとするのを、力尽くで引き剥がすように祓いのけていく。呪文を唱える暇すら惜しい。すでに僕の力は世界に直接影響を与えるほどにまで高まっている。ただただ、ハルファから銀の力が消え去ることを願う。ぐったりしていたハルファの顔に生気が戻ってきた。


「ああ……ああ。トルト……」

「大丈夫だよ。大丈夫」


 不安げに揺れるハルファの瞳。溢れる涙の粒を左手ですくい上げて、握った右手に力を注ぎ込む。


「違うよ……トルト。このままじゃ、神様に……なっちゃう」

「大丈夫だよ。今はこの力が必要なんだ。きっと大丈夫だから。僕を信じて」

「……わかったよ。トルトを信じる」

「ありがとう」


 お礼を言うとハルファは微かに笑って目を閉じた。焦ったけれど、大丈夫、ちゃんと息はある。銀の侵食も食い止めた。強引に引き剥がしたから少し負担が大きかったのかも。体力を消耗して眠っているみたいだ。


 ハルファのことは気になるけど、彼女だけに気をとられている場合じゃない。この空間の理はすでに異界の神に握られている。このまま手を拱いていたら、完全に掌握されてしまうはずだ。今でさえ、ローウェルたちはギリギリのところで戦っている。このままじゃ、全滅だ。それはすなわち、この世界を異界の神に明け渡すことに他ならない。


 そんなのダメだ。僕らだけじゃない。この世界で生きる全て者たちのためにも、負けるわけにはいかない。


 必要なのは理の掌握。異界の者達に都合よく染められたルールをさらに塗り替える。ならばなすべきことは浄化ではない。世界をあるべき姿に再構成する――――


「〈リビルド〉」

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