25. 挨拶は大事
「ダンジョンの中を浄化かぁ。難しいな……」
ローゼフさんとマドルスさんから依頼を受けたあと、僕はマジックハウスの中でうんうん唸っていた。みんなにはすでに相談済みで、一緒に考えてくれている。とはいえ、今回はあまり良い案が思い浮かばない。
『たくさんで攻めればいいと思うぞ! まどーぐをゴーレムにして、たくさん送り込むんだ!』
シロルの主張はわかりやすい。浄化の魔道具をゴーレムにして自律的に行動させ、ダンジョンに突っ込ませようという考えだ。当然待ち伏せされているだろうから、一つや二つだと浄化能力を発動させる前に壊されてしまうだろう。だけど、相手の迎撃が間に合わないほどの数を送り込めば、どれかひとつくらいは浄化能力を発動できるはず。かなりごり押しの作戦だけど、範囲浄化なら一回の発動で周囲の銀戦力を一掃できるはずだから、実行できればそれほど悪くないと思う。
「それが現実的かなぁ」
「現実的って言葉の意味が揺らぎそうだな。普通ならば、まるで現実的ではないんだが」
僕の呟きに、ローウェルからツッコミが入る。そう言われば……まあ、そうかな? でも、実現できるんだから、充分に現実的だよ。きっと。
ただ、ちょっとね……。
「トルト君が気にしてるのは、時間?」
スピラがちょこんと首を傾げて聞いてくる。僕があまり乗り気じゃないことに気がついたみたい。
「そうなんだよね」
その作戦は準備に時間がかかりすぎる。ゴーレム化はすぐにできるけど、範囲浄化の魔道具の数を揃えるのが大変なんだ。相手が何を企んでいるのかわからない以上、一ヶ月二ヶ月と準備に時間をかけるのはリスクが高い。
『それならば、送り込むゴーレムにダミーを混ぜればいいのじゃ』
「ああ、なるほどね。全てを魔道具で作る必要はないのか」
ガルナの意見は一理ある。ダンジョンに送り込むゴーレムを全て魔道具で作る必要はないんだ。見た目を同じにしておけば、敵側もどれを優先して狙えばいいか迷うはず。十分なダミーを用意しておけば、本命の魔道具ゴーレムが敵の攻撃を逃れる可能性は高まる。
「でも……うーん」
それでも、魔道具ゴーレムが一つや二つでは心許ない。となれば、やっぱり作戦実行までには少し時間がかかる。それにどんなに大量に作ったところで、広範囲攻撃で一気に壊されちゃえば終わりだ。他にも、不測の事態で作戦がうまくいかない可能性は否定できない。
「ねぇ、トルト」
悩む僕に、ハルファがそっと語りかける。声は小さいけれど、不思議と僕の心に大きく響いた。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ。キグニルのことが気になるんでしょ。自分で行って、確かめたいって、思ってるんじゃない?」
言われてはっとする。
さっきの作戦だって、悪くなかった。上手く行くとは限らないけど、リスクはほとんどない。魔道具についても、ラングさんが各支部から回収してきたものを流用すれば、準備時間もかなり短縮できるはず。試してみるだけ、試してみればいいんだ。きっと、いつもの僕ならそうしていたと思う。
それなのに、妙に渋っていたのは……きっと、ハルファの行った通りなんじゃないかな。
「確かに、そうかも……よくわかったね?」
「あはは、それはわかるよ」
ハルファがふわりと笑う。
「だって、私がそうだもの。あの街は私の……私たちの冒険が始まった場所でしょ?」
彼女の言葉が僕の心に染み渡っていく。
そうだ。そうなんだ。あの街で僕は、冒険者になった。ハルファやシロルと仲間になれた。ローウェルやスピラと出会えたのも、あそこで一歩踏み出したからだ。
そのキグニルが危機にさらされている。だというのに、遠くの地から見守るだけなんて……やっぱり苦しいよ。だって、あそこには仲間がいるんだ。僕に『栄光の階』を託してくれた仲間が。
『お、行くのか? 僕も賛成するぞ! ヤツら、僕の寝床に居座ってるみたいだしな!』
ぴょんとジャンプして、シロルが僕の足元に飛びついてくる。頭をぶんぶん振って、やる気満々だ。寝床っていうのは、ダンジョンのことだね。シロルは長い間、あそこで眠りについていたみたいだし。
「そういうことなら、俺も異存はない。冒険者トルトが生まれた場所か。興味深いな」
「トルト君のことだから、面白い逸話とか残ってそうだよね!」
ローウェルとスピラからも反対の声は上がらなかった。むしろ、ワクワクしているみたい。特に面白い話とか、ないと思うけどなぁ。
あとは、神様たちとギルドの人たちをどう説得するか、だね。僕は、一応、粘銀種対策の切り札として見られている。軽々しく一地域に赴くのを許してもらえるかどうか。
ちらりとガルナに視線を向けると、彼女は軽く頷いた。
『心配いらんじゃろ。我々はすでに、お主に命運を託しておる。ギルドの者達がそれに異を唱えることはありえん。それに……結局のところ、それが一番手っ取り早い気がするからのぅ』
命運を託す……なんて、すごい大袈裟な話になってるけど、要は僕に任せてくれるってことだよね。
キグニルに行けば、状況ももっとよくわかるし、有効な対策もとれるはずだ!
よし、やるぞ!
意気込んで、収納リングから取りだしたのは夢見の千里鏡だ。これを使えば、知っている人がいる場所なら、ひとっ飛びで行けるからね。
いざ、アイテム起動……と思ったところで、慌てた様子のガルナから止められた。
『待つのじゃ! 行くにしろ、さすがに一声かけてからにするのじゃ! 突然、連絡がつかなくなると、ギルドでパニックが起こるじゃろうが!』
……それもそうだね。
うーん、しまらないなぁ。
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