18. ドーソンの苦悩1

思ったよりも長くなったので分割しました。

というわけで本日は二話更新。

こちらは一話目です。

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 まったく訳がわからない。異界からの侵略者――粘銀種対策として配られたのはあまりに粗末な棒切れだ。製作者らしいトルトというガキがまあまあと手渡してきたので、数本受け取ってきたが……本当に意味があるのか。


「ギルドマスター! 戻られましたか!」


 転移アイテムで見慣れた執務室に戻ると、そんな声で迎えられた。本部に向かっている間、粘銀種への対応を任せていたヘルガだ。うちの職員の一人で普段は受付業務を担当している。見目がいいので、冒険者――特に野郎には評判がいい。


 だが、これでも元冒険者なんで、腕っ節は強いんだ。そこらの駆け出しとは比べものにならないほどにな。そして、判断力も悪くない。だから、俺が不在の間、粘銀への対応を頼んでいたわけだが――――


「それで、異界の侵略者を退ける手段は!?」


 ヘルガの声には期待がある。ここで待っていたのは、本部で授けられた対抗手段をいち早く知るためだろう。その気持ちは痛いほどわかるが……残念ながら、期待には応えられない。対抗手段とやらは受け取った。だが、どう見てもただの棒切れだ。


 まあ、見た目に反して魔道具なのは確からしい。目の前でデモンストレーションを受けたので、それは間違いない。薄汚れた衣服が一瞬にして綺麗になったのには酷く驚いた。


 もちろん、生活魔法の〈クリーン〉は知っている。実に便利な魔法だ。習得すればパーティへの誘いは引っ張りだこ。中途半端な攻撃魔法よりはよほど需要が高い。


 だが、それにしてはおかしい。クリーンを使えば確かに汚れは落ちる。とはいえ、効果は劇的ではない。たとえば、白い布に泥水がついた場合、その色汚れを完全に落とすことはできなかったはずだ。概ね、手洗いしたのと同程度。それが、一般的なクリーンの性能である。


 一方で、この魔道具は色汚れさえ完全に落とす。実際、デモンストレーションでは、新品同様と言っていいほど綺麗になっていた。効果が強すぎるんだ。


 しかも、病気の予防までできるっていう副次効果付きらしい。病気の元も綺麗にするとか何とか言っていたが……それが本当なら革命的だ。


 もはやクリーンではなく、別の魔法だろっていうのがあの場にいた大勢の感想だろう。俺だってそうだ。何故か、あのガキ自身はクリーンだと言って譲らなかったが。


 そんな特殊なクリーンが、誰にでも繰り返し使える。魔道具としては画期的だ。欲しいと聞かれれば欲しいに決まっている。普段ならばドヤ顔で披露してみせたことだろう。こんな便利なアイテムを手に入れたんだぞ、と。


 だが、違うんだよな。今、求められてるのはこれじゃねえんだよな。いや、トルトやらが言うには、これで粘銀ども退治できるらしいが……本当か? アイツ、何かと勘違いしてんじゃないか? だって、異界からの侵略者だぞ。その辺の、カビじゃねえんだぞ。掃除用具で撃退できるわけねえだろ!


 とはいえ、マドルスのヤツは馬鹿のひとつ覚えみたいに油断するなと繰り返すばかりだし、グランドマスターは神からのお墨付きだと言って視線を逸らしやがる。埒があかないので受け取るだけ受け取って戻ってきたが……本当にどうすりゃいいんだよ、まったく。


 仮に……仮にだ。本当に、この魔道具に粘銀どもを撃退する効果があるとして……それをどうやって説明する? 馬鹿正直に掃除の魔道具と言わなければ誤魔化せるか?


 だが、どう見ても棒切れだぞ。〈クリーン〉の魔道具ですと言われても信じられんのに、これが侵略者撃退の切り札だと誰が信じるんだ。スルーされるくらいならいいが、本格的に判断能力を疑われかねない。


 この非常時にギルドマスターである俺の統率力が落ちるのはマズいだろ。絶対に言えるわけがない。


 だからと言って、どうする? 何の対抗手段も得られなかったと告げるのか?


 そんなことをすれば士気はガタ落ちだ。ただでさえ、未知の敵を相手にするという精神を削られる状況で、そんな愚は犯せない。


 いや、だが――――


「ギルドマスター……?」


 気がつけば、ヘルガが不安そうな顔で見ていた。どうやら少しの間考え込んでいたらしい。無言になったので、不安にさせてしまったようだ。


 難しい選択だが、どうするか決めなければならない。


「ヘルガさん! あ、ギルドマスターもお戻りでしたか!」

「どうした?」


 苦渋の決断を迫られる中、別の職員が部屋に飛び込んできた。選択を先延ばしするために、これ幸いと用件を尋ねる。


「新手です! 侵略者どもが複数! 実力のある冒険者たちはすでに派遣してしまっていて、手が足りません!」


 まったく、幸いではなかった。職員の報告は、もはや悲鳴に近い。それほどまでに状況は逼迫しているのだ。


「ならば、俺が出る! 残ってるヤツらでランクが高いのを集めろ。数パーティ連れて行く!」


 人手が足りないのなら仕方がないな。ギルドマスターである俺が出る。これでも元A級だ。多少ブランクがあるが、まあやれるだろ。


「あの、ギルドマスター……対抗手段は?」

「い、今は、粘銀どもを退けるのが先決だ。あとで話す!」


 これは必要なことだからな!

 決断の先延ばしではない! 

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