19. ドーソンの苦悩2

思ったよりも長くなったので分割しました。

というわけで、本日は二話更新。

こちらは二話目です。

____


 冒険者たちを引き連れて、現場へと急行する。ヘルガまでついてきたのは誤算だが、人手不足を理由に挙げられれば強くは反対できなかった。


 現れたのは銀の傷を持つ獣だ。数は10体ほど。現在、確認された中では、最も大きな集団だ。ヤツらの侵攻は確実に進んでいる。そう思い知らされた。


 傷が塞がるとはいえ、ただの獣。大して強くはない。だが、撃退するには、ヤツらの修復速度を超える速さで肉体を破壊する必要がある。これにはなかなか手子摺った。


 どうにかやり遂げたが……油断があったのだろう。悲劇が訪れる。


「し、しまった! ぐ……がぁ!?」


 冒険者の一人が、粘銀に寄生されてしまったらしい。こうなると、体外に排除するのは難しい。徐々に体を蝕まれ……やがて、完全に同化してしまうそうだ。


「対抗手段は! ギルドマスター、何か手があるんですよね!?」


 ヘルガが焦った様子で俺に詰め寄ってくる。らしくない取り乱し方だが……そう言えば、粘銀に寄生されたのはヘルガが親しくしていたヤツか。


 特定の個人に肩入れするのは職員としては望ましくはないが……人間である以上、多少は仕方がないことだろうな。そして、ソイツの命が、今まさに失おうとしている。動揺するのも無理はない。


 が、致命的にタイミングが悪いな。ここには、大勢の冒険者がいる。ヤツらの視線が俺へと集まった。訝しげな目、縋るような目、そして期待の目。全員が“対抗手段”について認知してしまったわけだ。今さら、そんなものはないとは言えんよな。


 決断を先延ばしにして、言葉を濁していたのが仇となったか。こうなっては腹を括るしかないな!


「少し離れていろ」

「だ、大丈夫なんですよね? リックは助かるんですよね?」

「信じるんだ」


 縋り付くヘルガを引き剥がして、粘銀に蝕まれた冒険者――リックの前に立った。懐に忍ばせていた棒切れをそっと取り出す。


「あ、あのギルドマスター? その棒で何を……?」


 さりげなく取りだしたつもりが、ヘルガは目敏く気づいてつっこんでくる。その目には不審が宿っていた。


 気持ちはわかる。っていうか、俺だって同じ気持ちだ。こうなると思ったから、やりたくなかったんだよ!


「し、信じるんだ!」

「え、いや、でも……」

「とにかく、信じるしかねえんだよ!」


 もはや、ヘルガに言っているのか、それとも自分に言い聞かせてるのかわからない。だが、これが唯一の希望なのは確かだ。僅かであったとしても可能性があるなら、諦めるってのはガラじゃない。たとえ、正気を疑われたとしてもな!


「浄化せよ」


 もう開き直るしかない。棒切れを魔法の杖のように、リックに向けてキーワードを唱える。いや、事実、魔法の杖のようなもんなんだが、他の連中からすれば、俺がおかしくなったと思うだろうな。


 だが、魔道具の効果は絶大だった。


「うおっ!? マジで出やがった!」


 リックの体が眩しい光に包まれたかと思えば、腹の辺りからデロリと何かが這い出てきやがったんだ。銀色の軟体。のたうつように蠢くのは……間違いない、粘銀種だ。


 まさか、本当に出てくるとは。喜ばしいはずなのに、何故か納得がいかない。何でクリーンが有効なんだよ。いや、やっぱり、クリーンじゃないだろ、これ!


 だが、内心の不満を抑え込む。今はそんなことを言っている場合じゃない。


「浄化せよ」


 もがく粘銀に向けて、再度棒切れを突きつける。効果を発動すると、粘銀は苦しげに暴れ回ったが……それも一瞬。銀のボディは輝きを失い、しぼむように消えていった。跡には何も残っていない。完全消滅したらしい。


「「「おお!!」」」


 様子を見守っていた冒険者たちから歓声が上がる。


「すげえぜ、ギルドマスター! あの気味の悪い化け物を消滅させるなんて」

「それが対抗手段かよ! それさえあれば化け物も怖くねえな!」

「ああ、すげえぜ、その……それ、えー……それはなんだ?」


 有効な手立てがないという苦しい状況にもたらされた劇的な勝利。本来ならば、もっと

喜びに沸いてもおかしくはないんだが……連中も気持ちが乗り切らないようだ。


 まあ、無理もない。肝心のアイテムがこれじゃあな。


 これが何かって? そんなもんこっちが知りてえよ。俺に聞くんじゃないぞ。答えられないからな。


「ヘルガ。リックの様子はどうだ?」


 質問されないように、別の話題を振る。無論、リックのヤツが心配だったってのもあるが。粘銀らしきものは除去できたが、全てとは限らないし、影響が残っていないと考えるのも早計だ。


「意識はないですが、苦しげな様子はありません。おそらく、侵略者――粘銀種、ですか? アレの影響は排除できたのではないかと」


 無事がわかって安心したのか、ヘルガは元の平静さを取り戻している。が……これから、荒れそうだな。さっきの取り乱し方は普通じゃなかった。ありゃ、ただの知人への態度じゃないだろ。まるで恋人か何かのようなだった。実際どうかは知らんが、そう見たヤツは多いだろうな。リックのヤツ、刺されなきゃいいが。


 まあ、でもそれは俺には関係ない話だ。とりあえず、粘銀への対処はこれでなんとかなりそうだな。と思ったら、ヘルガが不穏なことを言い出した。


「ですが、様子がおかしいです」

「何? 影響は残ってないんじゃないのか?」

「ええ。おそらく、粘銀の影響ではないと思います。あの……リックの肌、つやつやになってませんか? 髪も」

「はぁ?」


 言われてみれば、確かに肌つやがいい。髪にも光沢がある。冒険者には珍しいことだ。荒事に従事しているので、身だしなみに気を遣う余裕がないからな。そのせいか、わりと老け込んで見えることも多い。リックだって例外ではなかったんだが……。


「どういうことですか……?」

「あ?」

「何でリックは若返ってるんですか! 説明してください! それですか? それが原因なんですね! 是非、私にも使わせてください!」

「ま、待て落ち着け!」


 どうして、俺はヘルガに掴みかかられているんだ!


 その取り乱し方はリックが粘銀に寄生されたとき以上にも思える。まったく、何てもの寄越しやがったんだ、あのガキ! 確かに役には立ったが、色々と問題がありすぎだろ!


「これは粘銀対策のアイテムだ。数が少ないので、軽々しく貸すわけには――」

「志願します!」

「はぁ? いや、お前は引退……」

「復帰します!」

「お、おう、そうか」


 どうすんだよ、この状況。ヘルガの他にも、数人の女性冒険者が据わった目で粘銀討伐を志願してきた。こりゃあ、優先的に指名しなけりゃ収まらんな……。


 よし、追加で回してもらおう! 何か、わりと簡単に作れるって口ぶりだったから、どうにかなるだろ。


 ただ、クレームは入れる! せめて、材質にはこだわれ! あと、余計な機能は入れるな! 付随する機能が多すぎて、わけがわからなくなってるだろうが!


 ……あ、いや、今更、肌つやが良くなる機能をなくすとヘルガたちが怖い……機能についてのクレームはやめておくか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る