12. そこまでのこと?

「この先が冒険者ギルドの本部でございます」


 そう言ってラングさんが示したのは転移魔法陣。この地下迷宮は完全に独立した場所で、転移魔法陣を経由しないと何処にもいけないみたい。異形の侵略者に対して、しっかり対策しようとする意気込みを感じるね。まあ、実際に囚われたのは僕らだけど。


 ラングさんと一緒に転移魔法陣に乗る。兵士の人たちは、警戒任務があるというのでそのまま待機だ。


 魔法陣が起動し、空間が揺らぐ。転移の予兆だ……と思ったときには、僕らは別の場所に立っていた。周囲は木の壁。何もない小部屋だね。正面の壁に、扉があるだけ。


「無事転移できましたね。さあ、行きましょう」


 ラングさんが急かすように扉を示す。何もない部屋に居座っても仕方がないので、僕らも異論を挟まずに指示に従う。扉の先には廊下があって、さらにその先を進むと、ようやく広い空間に出た。


「ここが本部?」

「他のギルドと雰囲気が違うね」


 ハルファとスピラがキョロキョロと周囲を見回す。二人の言うとおり、一般的な冒険者ギルドとは少し雰囲気が違うね。なんというか落ち着いた雰囲気がある。


「そうでしょうな。本部を訪れるのは、事務員か幹部候補のベテラン冒険者ですから」


 ラングさんの説明を聞いて、改めて見てみると……なるほど、確かに冒険者っぽい人には年配の人が多い。そう見えない人もいるけど、耳が尖ってるからきっと森人だ。ベテランという言葉に偽りはなさそう。


 冒険者に限らないけど、若者は活気があって騒がしい。駆け出しだと生活に困ってることもあって、仕事にも前のめりだ。依頼の取り合いで口論や喧嘩になったりもするので、駆け出しが多いギルドは絶えず喧噪に満ちている。冒険者ギルドの騒がしさって、そういう駆け出し冒険者によるところが大きいんだって、改めて感じるね。


 さて、どうして本部はこうも雰囲気が違うかというと、どうも支部とは役割が違うみたい。冒険者が依頼を受けたりする場所ではなく、運営側に関わる業務をしているんだって。ベテラン冒険者たちは幹部候補っていう話だから、将来的にどこかのギルドマスターとかになるのかもね。


「お仕事の依頼もないんだ」

「あんまり面白くないね」

「まあ、役所のようなものですから。あまり見所となりそうな場所はありませんな」


 つまらないとがっかりするハルファとスピラに、ラングさんが苦笑いを浮かべる。けど、すぐに表情を引き締めた。


「さて、皆様は、神域へと招待されておりますね。我々も滅多なことでは足を踏み入れることすら叶いませんが、すぐに許可が下りることでしょう。神々からの直々の招待ですからね。まずはグランドマスターに申請を……」


 ハキハキと今後の予定について語るラングさん。仕事熱心なのはいいことだけど、ちょっと急かしすぎだよ。


「あ、はい。でも、まずは休んで、明日改めて……」


 最後まで言葉にすることはできなかった。だって、ラングさんが凄い目で僕を見るんだもの。これはさっきのあれだ。なんだコイツ、の目だ!


「あの……?」

「あ、いえ、そうですな。そういう予定でした。しかし、申請はしておいた方がいいでしょう。グランドマスターもお忙しいですからな。場合によっては、許可が下りるまで時間がかかる可能性もあります」


 え、あれ?

 さっきはすぐに許可が下りる、みたいなこと言ってなかった?


 まあ、でも、事務手続きには時間がかかるってイメージはある。ここは、ラングさんのアドバイスに従っておこうかな。


「みんなもそれでいい?」

「ああ、構わないぞ。その方がいいだろう……職員の精神的な負担を軽減するためにも」


 ローウェルが苦笑いを浮かべて頷く。ぼそりと不思議なことを呟いてるけど、どういう意味だろう。早めに手続きした方が職員さん的には好ましいのかもしれないけど……精神的?


 意味を尋ねようかと思ったけれど、ラングさんが貼り付けたような笑顔で何度も頷くので、何となく聞きそびれてしまった。


「では、こちらに。グランドマスターには連絡済なので、すでにお待ちかと思います」


 あれ、グランドマスターは忙しいんじゃなかったの? もう待ってるの?


 よくわからないまま、グランドマスターの執務室へと案内された。部屋の中にいたのは、白髪に白髭のお爺さん。その顔には柔和な笑みが浮かんでいる。この人が、冒険者ギルドのグランドマスター……つまり、一番偉い人だ。


「よくいらっしゃった。儂はローゼフ。今代のグランドマスターです。話は聞いておりますよ。神域へと上がられるのですな。それでは、すぐに案内しましょう」

「あ、いえ。今日は申請をしに来ただけで……」

「……はい?」


 前置きもそこそこに神域へと案内しようとするローゼフさんを慌てて止める。どうしてみんなせっかちなんだろう。


「少々失礼します」


 そばに控えていたラングさんが、ローゼフさんを部屋の隅に連れ出して、こそこそと何か耳打ちした。途中、「いや、まさか」とか「神々の招待じゃぞ?」とか聞こえてくる。


 ……あれ、もしかして、僕ってまた非常識なことしてる? 休憩してる場合じゃないってこと?


 いや、でも、精霊神様とはちゃんと約束したし。問題ないと思うんだけどなぁ。


 しばらくして話がついたのか、神妙な顔をしてローゼフさんが戻ってきた……と思ったらガバッと頭を下げる。


「え? ど、どうしたんですか?」

「どうか、すぐに神域に上がられてください! 話は聞きましたが、それでも神々をお待たせするなど……他人事ながら、胃が痛い! 儂らの平穏のためにも是非!」


 え、ええ!?

 ちょっと休憩するだけなのに、ローゼフさんの平穏をおびやかしてるの!?


「わ、わかりました! すぐに神域に向かいますから、頭を上げてください!」

「おお、そうしてくださいますか! 良かった、本当に良かった!」

「私も安堵しました! 流石、ローゼフ様ですな」


 了承すると、ローゼフさんとラングさんは涙を流して喜んだ。それほどまでに、心労が大きかったみたい。


「うーん、精霊神様はそこまで急いでる感じじゃなかったのになぁ」

『そもそも神の感覚だと、一日など誤差じゃからな』


 僕の呟きに、ガルナが同意する。だよねぇ。


 そんな僕をローウェルがしげしげと見る。少し不安そうな表情を浮かべたけど、すぐに納得顔になった。


「何? どうしたの?」

「いや、神の力を得たことで感覚まで神に近づいたのかと思ったが……よく考えれば、おっとりしてるのは元からだったな」


 うん、まあ、性格が変わった感じはないね。


 でも、あれ?

 もしかして、元から非常識だったって言われてる?

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