13. 聖域へ

 ローゼフさんからの要請を受け入れたことで、僕らは押し込まれるように、とある一室に案内された。


「この奥が神域でございます。では、私は外で待っておりますので」

「え? いや、どれくらい時間がかかるかわからないので待ってなくても大丈夫ですよ」

「いいえ! 是非、待たせてください!」


 ラングさんは決して退かぬ構えだ。その瞳からは強い意志を感じる。決して逃がさないと言わんばかりだ。


 この期に及んですっぽかすつもりはないんだけどなぁ。残念ながら、僕はすっかり信用を無くしてしまったみたい。そんなにおかしなことを言ったつもりはないのにね……。


 まあ、いいか。ラングさんを待たせないためにも早く用事を終わらせよう。


「ところで、俺たちも向かっていいのか?」


 部屋の奥へと向かおうとしたところで、ローウェルが問いかける。答えたのはガルナだ。


『別に構うまい。神域などと大袈裟に言われておるが、実際のところは神々の出張所のようなものじゃ。というか、この場にいるのはみんな使徒じゃろうが。資格が必要だとしても、全員が満たしていると考えてもいいじゃろ』

「そういうものか」


 ローウェルが軽い調子で頷く。


 その一方でラングさんがぎょっとしていた。驚いたのは神域が出張所扱いされたことかな? それとも、実はみんな使徒でしたってところ? まあ、小さくなってポケットに忍んでいるプチゴーレムズは違うんだけど、そもそもラングさんは認識してないだろうし。


 何度も驚かせて申し訳ないね。でも、そのうち慣れると思うので、頑張って欲しい。


「じゃあ、行ってきますね」


 呆然とするラングさんに一声かけて、部屋の奥に向かう。そこにあるのは不思議な文様が刻まれた二本の柱。その間の空間はもやがかかったように判然としない。この石が神域みたい。そこに足を踏み入れた途端、僕らはまばゆい光に包まれた空間にいた。


「ようこそ、創世の力を宿し者と、その供らよ。我らは、貴方たちの来訪を歓迎します」


 いつの間にか目の前にいたのは、美しい女性……だと思うんだけど、正直、光のせいでよく見えない。まあ、神様だとは思うけど。


「すみません。眩しいので光量を落としてもらえませんか」

「眩しい!? 神々しいとか、そういう感想ではなく!?」


 率直に伝えると、女神様は大袈裟なリアクションで驚く。


 ……確かに!


 そう言われてみると、神々しいと見えなくはないかもしれない。ちょっと表現を間違ったかな。


 いや、だってね。何も知らなければそう思ったかもしれないけど、あれがただの演出であることはわかっているもの。他の神様はあんな風に光をまとったりしてなかったし。だから、大袈裟に驚くのも何か違うと思うんだ。


「ははは! だから、言ったじゃない、プロミナ。瑠兎相手に、そんな小細工しても意味がないって」

「そうはいいますがね、ラムヤーダス。最初の印象って大事じゃないですか」


 笑い声とともに廉君が現れる。それにむすっとした表情で女神様が言い返した。いつの間にか眩しい光も消えている。これで、ようやく周囲の様子がわかるようになった。


 正面で廉君と言い合っているのが、女神様だね。燃えるような赤い髪で白い法衣を来ている。法衣って言うには、かなり煌びやかだけど。金糸の刺繍がこれでもかと入っているから。


「ここが神域?」

「変な場所!」

「確かに……これは落ち着かないな」


 ハルファたちは神域をそんな風に評した。僕も同意見だね。基本的に白一色なんだけど、時々揺らいだり、チカチカ光ったりしている。何か意味があるのかな。


「どうです? 意味ありげでしょう? 神秘的な雰囲気を演出するための仕掛けです!」


 首を捻っていると、女神様が解説してくれた。意味はあった……けど、わりとどうでもいい理由だったね。


「うーん。反応が悪いですね。ほとんどの人たちはありがたがってくれるんですが」

「裏事情を全部ぶちまけちゃったら、ありがたみも何もないでしょ」


 女神様が不服そうにしているのを、廉君が呆れた様子で見ている。


 こう言ってはなんだけど、この女神様も神様っぽい威厳とかないよね。親しみやすくて僕は嫌いじゃないけど。


「何をやっておるんじゃ、プロミナ。馬鹿話はその辺りにして、早く話を進めたらどうじゃ」


 いつの間にか猫耳少女の姿になったガルナが横から口を挟む。


「おやおや、ガルナラーヴァ。どうしたんです、それ」

「は? 何の話じゃ?」

「猫耳ですよ。ああ、路線変更ですか。確かに、あなたは邪神という認識が広まってますからね。そのイメージを払拭するにはいい手かもしれません」

「だから、いったい、何の話じゃ。猫耳なんてまったく心当たりが……」


 戸惑いながら、ガルナが自分の頭に手をやる。そこにあるのは、猫の耳。怪訝な表情が一転して驚きに変わった。


「な、なんじゃこりゃー!?」


 うーん、気づいてなかったのか。


「ガルナちゃん、さっきも猫耳だったよ」

「うんうん」

「馬鹿なー!?」


 ハルファとスピラから指摘を受けて、ガルナが絶叫した。どうやら、相当に不本意みたい。似合ってると思うけどね。


「何故、こんなものが!? もしや、長い間、猫の姿でいたから!? お主ら、そんな嫌がらせをしておったのか!」

「誤解ですよ、ガルナ。そんなことはしていません。猫の姿に変えること自体が罰なのですから」


 女神様が首を振る。つまり、猫耳が生えることに、神々の罰は関与してないってことだ。


 それなら何故と思っていたら、突然、廉君が笑い出した。


「笑うな!」


 ガルナが食ってかかる。それを廉君が慌ててフォローした。


「いや、ごめんごめん。キミを笑ったわけじゃないよ。相変わらず瑠兎は面白いなと思って」

「なに? トルト?」

「え、僕!?」


 ガルナがジト目を向けてくるけど、僕には全く心当たりがない。


「だって、僕らに強い影響を与えることができる存在なんて限られてるよ」

「なるほど、それでトルトか。ううむ……」


 廉君の説明に、ガルナが唸る。はっきりと否定しない……どころか、僕に向ける疑惑の視線はますます強まった。


「僕だって瑠兎のイメージでこの姿にほぼ固定されてるし。それなら、ガルナラーヴァの姿に影響があってもおかしくないでしょ」

「……確かに!」


 続く言葉で、ガルナは確信を持ったみたい。瞳を尖らせて、僕に詰め寄ってきた。


「馬鹿者! 何てことをしてくれたのじゃ! 戻すんじゃ! 元の姿に戻すんじゃ!」


 そんなこと言われても困る。まあ、僕の影響だというなら、猫耳なのはわからないでもないけど。普段見る姿が猫だから、それは仕方がないよね。


 でも、それは仮定の話だし。もし真実だとしても、意識してやってるわけじゃないから、どうしようもない。


「い、いや、無理だよ。ああ、そうだ。普段の姿を猫以外にするっていうのはどう?」

「なるほど、それはありですね。兎とかどうでしょうか。ウサミミも似合うと思います」

「うーん、他に定番といえば狐かな?」


 僕の提案に、女神様と廉君が乗っかる。それを聞いたガルナが叫んだ。


「それだと他の耳が生えてくるだけじゃろ!」


 それは……うん。まあ、そうかも。


 もう猫でいいんじゃないかな。似合ってると思うよ、猫耳。 

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