39. 新しい飯屋・続

 ビックリ仰天してるオイラを親方はニヤニヤ笑ってやがる。親方も初めて体験したときは驚いただろうに人が悪いんだよなぁ。


 その親方の視線がふと床に向いた。


「お、出た出た。おーい、銀のが出たぞ!」


 親方が軽い口調で店員を呼ぶ。虫でも出たのかと思ったら、ぎょっとした。親方の指の先にいたのは虫でもネズミでもなかった。見たこともねぇような銀色の何かがウネウネと床を這ってやがったんだ!


「な、なんスか、アレ」


 動きは鈍いから、それほど危険は感じない。だが、何とも言えねえ嫌悪感が湧き上がってくる。だけども、そう思ってるのはオイラだけみたいで、親方も他の客も全く動じていなかった。


「まあ汚れみたいなもんだ。すぐに綺麗になるさ」

「ちょいとお待ちくださいね。姐さん、お願いします!」

「は~い!」


 店員に呼ばれて店の奥から出てきたのは、こんな飯屋には似つかわしくねえ格好の女だ。やけに露出度の高い服装で、頭にはウサギの耳がついている。獣人かと思ったが、ありゃあただの飾りみたいだ。


 ウサミミ女の手には短めの棒が握られている。親方が“綺麗になる”なんて言い方してたから掃除用具みたいなもんだろうか。


 わけもわからず見守っていると、ウサミミ女が棒を銀のウネウネに向けた。ただ、それだけ。だけども効果はすぐに現れた。一瞬、強い光を放ったかと思うと、銀のウネウネは跡形もなく消えちまってたんだ。


 本当に一瞬のことだった。あのウネウネ、何か悍ましいもののように感じたけれども、どうやら親方の言うとおり大したことなかったみたいだ。あれじゃ、本当にその辺りの汚れと大差ねえな。


「はぁ……驚いたッス。どこから、現れたんスか、あの銀のヤツ?」

「何言ってんだ。ありゃあ、お前の体から出てきたんだぞ」

「……冗談ッスよね?」

「はっ! 冗談ならもっと笑える話をするだろうが」

「え? 親方の冗談で笑えた事なんて一度も……ぐふっ!」


 本当に親方は手が早いので困る。しかも、何でかオイラばっかり殴られるんだよなぁ。何でだ?


 ともかく、あの銀のウネウネは、信じられねえことにオイラの中から出てきたものらしい。親方の話じゃ、クリーングリーンカレーを初めて食べると、高確率でアレが出てくるって話だ。


「だ、大丈夫なんスか、それ。何かヤバいものが入ってんじゃないッスよね?」


 食べたらよくわかんねえ銀のウネウネが体から出てくるんだ。まともな食いもんじゃねえ。心配になって小声で親方に尋ねると、途端に親方がゲラゲラ笑い出す。


「がははは! 大丈夫だよ、心配いらねえ! 全く心配性だなぁ!」


 ……絶対におかしい。疑り深い親方が、こんな風に無条件で何かを信じるわけがねぇ。オイラは、隣の席に座った事情通の男に視線を向ける。すると、ソイツはふぅと息を吐き、呆れた様子で解説を始めた。


「アンタの想像通り、そのおっさんも最初は文句をつけたさ。だが、店側がお詫びにってくれた“なんたらバーガー”ってヤツを食べてからあっさりと懐柔されてな。今じゃ、あの通りさ」


 なるほど、ありえねえことじゃねえ。親方の食い意地は並じゃないんだ。ドズル親方を説得するなら珍しい食い物が一番てなことは良く聞く話だ。とはいえ、許せた話じゃねえぞ。自分の欲のために、オイラを犠牲にしようってんなら許せねえ。


 一言文句をつけてやろうとしたら、親方は親方で、隣の男に激怒していた。


「“なんたらバーガー”じゃねえ! テリヤキバーガーだ、この野郎! 鉱人の間じゃ、伝説的な食いもんなんだぞ! というか、お前も似たようなもんだろうが! あの白くて甘い何かを食ってからすっかり従順になっちまって!」

「ああん? 仕方ねえだろ! あのアイスクリームの甘さを知っちまったんだからよぉ!」


 ……どうやら、隣の男も隣の男で、食い物に骨抜きにされているらしい。本当に大丈夫なのか、この店は。


 警戒心が膨れ上がる。そんなときに、あのウサミミ女が話しかけてきた。


「大丈夫だよ~。あのバッチイのはカレーのせいで出たわけじゃないから」

「本当ッスか?」

「ホントホント!」


 のんびりとした口調に毒気を抜かれる。根拠もなく疑うのもなんなんで話を聞いてみたら、確かに納得できるところはあった。


 何でも、あのクリーングリーンカレーは体を綺麗にして不要なものを体から取り除いているだけらしい。つまり、あの銀色のウネウネは元からオイラの体にあったものなんだと。しかも、アレが出るのはバンデルド組の支配地に住む人間だけらしい。


「たぶん、この辺りの人が食べてるものに悪い物が混ざってるんだよ~。だから、定期的にあのカレーを食べた方がいいかも?」


 のほほんと言うウサミミ女。本当かどうかはわかんねえが、少しだけ心当たりはあんだよなぁ。


 ここらは少し前までとても貧しい地域だった。状況が変わったのは最近だ。ダンジョンができたとかで、少しだけ豊かになったんだ。得られる富のほとんどはバンデルド組の連中が吸い上げていくんだけども、食料品なんかはオイラたちにも回ってくるようになったからな。


 ただ、その食料品にはとある噂があるんだ。何でも、ここらで出回ってる小麦には変な粉が混ぜられてるらしい。それが銀色の粉なんだと。まあ、粗悪品の小麦には、かさ増しのために混ぜ物がされていることは珍しくねえんだが……さっきのウネウネを見ると話は変わってくるよなぁ。銀の粉に銀のウネウネ。偶然とは思えねえ。


 迷惑者のバンデルド組も、多少は住民に気を遣うようになったかと思えばこれだ。最近じゃヤバそうなヤツらとつるんでるって話だし、全くとんでもねえヤツらだな!


「あ、そうだった。バッチイのが出たのはカレーのせいじゃないんだけど、びっくりさせたお詫びにおまけがつくよ。テリヤキバーガーとアイスクリームどっちがいい?」

 

 憤るオイラのことなど気にもせず、相変わらず緩い口調でウサミミ女が聞いてくる。その瞬間、さっきまで殴り合いが始まりそうなほどヒートアップしていた、親方と男がギラリとした視線をこちらに向けてきた。


「おい、ロブディ。当然、テリヤキバーガーだよな?」

「待て待て。アイスクリームがいいと思うぞ。そして、俺に譲れ。今まで、そのおっさんの情報を渡してやっただろう?」


 二人とも血走った目だ。それほどまでに、テリヤキバーガーとアイスクリームとやらはうめえんだろうか。どちらを選ぶのか悩むところだ。いずれにせよ


「オイラが貰うんだから、渡さねえッスよ!」

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