38. 新しい飯屋

「おう、ロブディ。昼飯はどうする。良かったら、奢ってやるぞ」

「ドズル親方が!? いったい、どうしたんっスか! 頭でも打ったんスか!?」

「おい、さすがにどつくぞ、この野郎」


 心から心配したっていうのに、何故か脇腹にいいのをもらっちまった。まったく、親方は手が早くて困っちまうなぁ。本人としては軽くのつもりなんだろうけど、鉱人の軽くは普人のオイラには十分に重いんだよ。ごふっと口から変な声が漏れちまったじゃないか。


 ドズル親方はオイラが世話になってる工房の親方の一人だ。金属加工の腕は工房随一ってぇ噂だけど、それにもましてドケチで有名なんだ。その親方が奢るだって? 正気を疑うのは当然ってもんだ。だから、オイラは悪くない。


「なんだ、その目は? 奢って欲しくないのか?」

「いや、そんなこたないッスよ! お供します!」

「ったくよう、最初からそう言えってんだ」


 とはいえ、タダ飯は魅力的だしなぁ。親方衆はオイラたち下っ端の雑用とは比較にならないほど給金をもらってるって話だし、きっと美味いものを食わせてもらえるはず。そんなチャンス、逃すわけにはいかない。


 愛想笑いで誤魔化すと、親方も渋々ながら矛を収めた。


「どこに向かうんスか?」

「ん? ああ、この先に新しくできた飯屋があるんだ。そこに向かう」

「へぇ?」


 親方に連れられて向かった先は街の外れだった。人通りが少なく、飯屋を出すにはどう見ても不向きだ。そういう所はバンデルド組に収める場所代も少なくてすむって話だけど、大抵はうまくいかずにすぐ潰れちまう。そらそうだよな。人がこなけりゃ儲けも出ねぇ。


 だけども、予想に反して通りを歩く者は多かった。そして、その多くが満足げに腹を摩っている。まさか、その飯屋目当ての客ってことかい?


 訝しんでいると、独特の匂いが漂ってきた。


「この匂いは?」

「美味そうだろ? この匂いを嗅ぐだけで腹が減ってくる」


 美味そうかどうかは、正直、オイラにはわかんねぇ。なにせ、今まで嗅いだこともない匂いだからさ。だけど、ドズル親方の緩みきった顔を見れば、自然と期待が高まる。


 このアルビローダで美味いものを食おうとするとべらぼうに金がかかる。ドズル親方は給金の全てを酒と食費に費やしているって噂だ。その親方がこの表情だぞ。期待するなって方が無理ってもんだ。


 目的の飯屋はいやに立派な建物だった。外観はシンプルだけども、しっかりとした石造りだ。そんな建物、アルビローダじゃ数えるほどしかねえのに。


「この建物が一晩で建ったって言うんだから信じられねえよなぁ」


 親方がポツリと呟いた。聞き間違いかと思ったが、聞き返す前に親方はさっさと店の中に入っちまう。慌てて、オイラも続いた。


「うおっ、人が多いっスね」


 入ってすぐに抱いた印象はそれだ。店は広いんだけども、それでも手狭に感じるほど人が入ってる。町外れの飯屋とは思えねえ光景だ。


「それだけ美味いってことだ。心配するな。俺は常連だから、席は確保されてんだ」


 親方は慣れた足取りでカウンターへ向かう。カウンターの端の二席が確かに空いていた。本当に確保されてるってんなら、親方はどれほどこの飯屋に通ってんだ。


「お、ドズルさん。そっちはご新規さんですね」

「ああ、そうだ。いつもの頼むぞ」

「はいよ、わかってますって」


 カウンター越しに話しかけてきた男は、ドズル親方と知り合いらしい。ずいぶんと慣れた対応だ。親方が常連ってのは本当なんだな。それにしても――……


「ここにゃ、メニューはないんスか? オイラ、何も頼んでないッスよ?」

「ああん? まあ気にするな。俺が頼んでおいたからよ」

「そうッスか……」


 奢ってもらう以上、文句は言えないけども、若干腑に落ちないものを感じる。そんなオイラに隣の男が話しかけてきた。


「アンタ、知らないのか? ここの店は、新規客が特定のメニューを頼んだときタダになるんだ。しかも、新規客を紹介したヤツも料金が半額になるって大盤振る舞いでな。だから、そこのおっさんは毎日のように知り合いを連れてきてんだぜ!」


 がははと笑う隣の男。だけども、完全に事情は理解できた。


 オイラの注文が聞かれなかったのは、無料になるその“特定のメニュー”に決まっていたわけだ。そして、親方はオイラを店に紹介した特典によって半額で食事できるってことらしい。


 完全に腑に落ちた。実にけち臭いドズル親方らしい行動だった。


「何だ? 何か文句あんのか!?」

「いや、別にないっス! むしろ、いつもの親方で安心したッス!」


 睨んでくる親方に笑顔で答えたら、何故かどつかれた。


「お待たせしました! ドズルさんはビッグカツカレー、ご新規さんには特製クリーングレーンカレーです!」

「おう、来た来た!」

「ずいぶん早いっスね」


 料理は意外とすぐに届けられた。

 同じ“カレー”という名前がついてるけれども、オイラと親方の料理はずいぶんと違う。オイラのは少し緑がかった不思議な色のスープだし、親方のは不思議な食材にどろりとした黄色っぽいソースが掛かった何とも言えない料理だった。正直、見た目はあまり美味そうじゃない。だが、匂いは暴力的だ。確かに、この匂いは腹が減る。


「クリーングリーンカレーっすか。駄洒落みたいな名前っスね。グリーンはわかるっスけど、クリーンっていうのはなんなんスか?」


 グリーンってのがスープの色を指してんのはわかる。じゃあ、クリーンは何なんだ。疑問をぶつけても親方はニヤニヤするばかりだ。


「食べてみればわかるぞ」


 あの顔は何かある。それはわかるんだけども、答える気がないのは明らかだ。


 聞き出すことは諦めて、匙を手に取る。スープを掬って、こわごわ口にした。その瞬間、ガツンとした辛さと、それを包む柔らかな甘みが口の中に広がる。今までに食べたことのない衝撃的な味わいだ。


 だが、本当に衝撃的なのは味じゃねえんだ。一口食べた瞬間、体がすっきりとした。まるで水浴びをしたばかりのように爽やかな気分だ。それどころか、薄汚れていた服まで綺麗になってやがる。いったい、どうなってんだ?


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すみません。一話で終わるつもりが

鉱人親方の食いしん坊が発動し書ききれなかったです。

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