33. とある教団員、ダンジョンに挑む

 カレーを堪能したあと、ラウヤは普通に解放された。ゴブサの目的は、本当にカレーを食べさせることだけだったようだ。


 おかわりまでして膨れた腹を撫でながら、ラウヤは次の方針を考える。


同僚アイツは死んだか。情報を得るのが難しくなったな……) 


 ラウヤは経験を積んだ潜入員だ。意図せぬ状況だとしても、逆に利用して情報を集めるくらいはやってのける。ゴブサから聞き出した情報によれば、この街のダンジョンはとある教団員が作ったものらしい。そして、ダンジョン発見時、教団員はすでに亡くなっていたという。


(誰にやられたかははぐらかされた……が、状況から考えてモルブデンの連中にやられたのだろうな)


 ラウヤはそう判断した。現状と限られた情報から考えれば、それが一番妥当だ。


 その話を聞いた時点で、教団員について踏み込んで尋ねるのはやめた。露骨に興味を示せば、その教団員と関わりがあると悟られる可能性がある。他に手がないならともかく、比較的自由に動ける今ならば、一足飛びの成果よりも怪しまれないことを優先すべきとの判断だ。


(次に調査するなら、やはりダンジョンか。多少探りは入れたが、さっぱり要領を得ん)


 教団員についての情報を諦めた後は、主にダンジョンについての情報を集めた。この街の急速な発展にダンジョンが関わっていないとは考えにくい。ならば、ダンジョンの傾向を知ることによって、発展の過程や弱点などを洗い出せるはずだ。ラウヤはそう睨んでいた。


 冒険者か商人とでも名乗れば、ダンジョンについて尋ねることは不自然ではない。実際、ゴブサは特に気にした様子もなくダンジョンについて教えてくれた。とはいえ、冗談のような内容で本当に信じていいものか判断しかねたが。


 結局、自分の目で見なければ信じられないと考えたラウヤは、ダンジョンに入ってみることにした。幸い、他国で活動するために、冒険者登録は済ませてある。


 ダンジョンは街の中央部にあった。カレー屋のすぐ近くだ。中に入るには冒険者ギルドの許可が必要というので、ラウヤは同じく近くにある建物に入った。そこは本来町長宅だが、今は一部が臨時の冒険者ギルドになっているらしい。


 臨時のギルドには人がいなかった。それはラウヤも予想済みだ。ダンジョンを内包したようなこの手の街では、冒険者の仕事と言えばダンジョン探索。今の時間帯なら、ほとんどがダンジョンの中にいる。だから、そのことに驚きはなかったが問題は受付にいる人物だった。


(アイツは……凶将デンデ!?)


 無愛想な顔でそこにいたのは、バンデルド組ひいてはエルド・カルディア教団でも勇名が知られるモルブデンの戦士だったのだ。


(たしか引退したと聞いたが……重要なダンジョンを守る地位についているとは。まだまだ重用されているということか!)


 デンデが受け付けにいる理由は、ダンジョンが重要だからというより、単に人手不足だからなのだが、ラウヤにはそんなことを知る由もない。


「見ない顔だな? ダンジョン探索が目的なら手続きをしな」


 引き返すか否か。迷っている間に、デンデから声をかけられてしまった。今更、回れ右しては不自然すぎる。内心では焦りつつも、ラウヤは平静を装って受付に向かう。


(……厳しく詮議をされるかもしれんが、教団員であることを漏らすわけにはいかん)


 デンデのことをダンジョンを守るための番人であると考えているラウヤは、厳しい身元調査が行われることを覚悟していた。だが――……


「ほら、ここに名前を書け。あと、ランクもな」

「あ、ああ……」


 特に何を問われるわけでもなく、一枚の書類を手渡されたのみ。その内容もデンデが説明したとおり、単純に名前と冒険者としてのランクを書くだけのシンプルなものだった。何か仕掛けがあるのではと疑いつつ、怖々必要事項を書き込むが特に何も起こらない。


「で、できたぞ?」

「ふん」


 書き終えたことを告げると、デンデはひったくるように書類を受け取る。軽く目を通すと、もう一度鼻を鳴らした。


「Cランクか。それなら奥まで進んでも大丈夫だ。だが、まあソロなら二階層までにしとくのが無難だな。ダンジョンの内容については聞いているか?」

「一応は。嘘みたいな内容だったが……」

「畑とかスロットとかの話なら事実だ。まあ、致命的な危険はない。自分の身で確かめてみるがいいさ」


 そう言うと、デンデは虫でも払うかのように手を振った。話はこれでおしまいと言うことらしい。


(どういうことだ? 街が急発展した秘密があるんじゃないのか?)


 厳しく尋問されるどころか、本当に名前とランクを書いただけだ。秘密を守ろうという態度にはとても見えない。


 とはいえ、訝しんだところで真実を知る術はない。ダンジョンに入れば、何か見えてくるものもあるだろう。そう自分を納得させて、ラウヤはダンジョンへと向かった。


 ダンジョンの入り口は、地面にあいた大穴である。これは、ラウヤとその同僚がダンジョンを生み出したときのままだ。少し拍子抜けしつつ、大穴の階段を降りていく。だが、その先の光景はラウヤの知るものと全く変わっていた。


 広がるのは草原。何故か空もある。そのような形式のダンジョンがあるとは聞いたことがあったが、ラウヤが見たのは初めてだった。少なくとも、教団の作るダンジョンは、石造りの地下迷宮だ。明らかに何者かの手が加わっている。


「こんにちはー」

「は? あ、ああ、こんにちは」


 驚くラウヤに声をかける者がいた。おそらくは冒険者と思しき四人組だ。


(まさか、俺の正体に気づいたモルブデン組からの刺客!?)


 警戒心を強めていたラウヤは、声をかけられた瞬間、相手は自分を狙う刺客ではないかと思い焦った。だが、即座にその考えを否定する。刺客なら声をかける必要はないし、何より、声をかけてきた女は何故かバニースーツを着ていたからだ。他の三人は冒険者風なのに一人だけ明らかに浮いている。


「ええと、なんだっけ?」


 声をかけてきたバニーガールが首を傾げる。当然ながら、ラウヤの知るところではない。助け船は、連れと思われる三人のうち、唯一の男から出された。


「違うだろ。戻ってきた冒険者にクリーンをかけるのが俺たちの仕事だ」

「ああ、そうだった!」


 男の言葉に、バニーガールは大袈裟に頷く。ウサギの如くぴょんと跳ねるとラウヤに向けて手を振った。


「帰りにはクリーンをかけてあげるからね! 汚れて帰ってきても大丈夫だよ!」

「あ、ああ。わかった」


 本当はよくわかっていない。だが、できるだけ人と関わりたくないラウヤはそれだけ言うと足早に立ち去った。

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