34. とある教団員、浄化される

 迷宮型のダンジョンと異なり、地形型のダンジョンには視界を遮る壁がない。生成される地形にもよるが、基本的には見通しが良いが特徴だ。特に、ラウヤが探索している第一階層は一面の平原で木々も疎らである。そのため活動中の冒険者の姿がちらほらと見受けられた。


(それなりに人はいるようだな)


 都市内部もしくは近郊にダンジョンがある、いわゆるダンジョン都市ならば冒険者の数はこんなものではない。都市の規模にもよるが活動する冒険者の数は千を越え、大都市ならば万にも上る。それに比べればこの仮称ゴッドトルトのダンジョンで活動する冒険者の数はさほどでもなかった。


 だが、ダンジョンができて十日ほどだと考えれば、十分に人が集まっていると言える。モルブデン組の残党が集まっていることが理由の一つだろうが、それだけでないのはすぐにわかった。


(危険の少ないダンジョンだというのは本当らしいな)


 ギルドで受付をやっていたデンデも言っていたことである。また、そうでなくとも、ダンジョンの情報を集める中で何度も聞いていた。実際に見るまでは変な先入観を持つまいとしていたが、さすがにこの光景を見ては真実だと認めざるを得ない。


 というのも、視界に入る多くの人々は冒険者と呼んでいいものか悩む格好をしていたからだ。その大半は鎧どころか武器すら持っていない。作業着を着て収穫用と思しき籠を抱えている中年男性。パーティー……というか、手伝いなのか女子供を引き連れている。どう見ても、冒険者と言うよりも農夫だった。


「おい、アンタたち。その格好で大丈夫なのか?」


 ラウヤは籠を持つ男性に声をかけた。あまりの無謀さに見かねた、というわけではない。彼らがどうなろうと自己責任なので、いちいち口を出す必要性をラウヤは認めない。そもそも、ダンジョンの噂が本当ならば彼らに危険はほとんどないだろう。それでも声をかけたのは情報収集のためだ。彼らがダンジョンにどういう認識を持っているのかを確認するためである。


「お? アンタ、ここのダンジョンは初めてだね? なぁに、心配いらないよ。俺らが相手をするのは弱っちいダイコーンとニンジーンだからな」

「ダイコーンとニンジーンか。まるで聞いたことがないが……」

「はっはっは! そうだろうな。まあ、似たようなのは見たことがあるんじゃないかね。俺ら農夫にとっちゃあ、慣れた相手さ」


 中年男性は心配いらないと笑う。そもそも、彼らには自身が冒険者であるという認識がないらしい。見た目通り、彼らは農夫なのだ。そして、その農夫ですら、脅威とは思わない魔物がダイコーンとニンジーンである。興味を持ったラウヤは退治……いや、収穫の様子を見学させてもらうことにした。寄り道をしている場合ではないが、これもダンジョンの秘密を探る一環である。


「……何というか独特だな」


 目の前の収穫風景にラウヤはそう言うしかなかった。子供が畑から引き抜き、現れた根っこの魔物に大人が鉈を振り下ろす。魔物は本当に弱いらしく、その程度の一撃で仕留めることができるようだ。ドロップは魔物の姿にそっくりな根菜だった。


「ははは、確かにな! 俺らも最初は驚いたさ。ま、三日もすれば慣れたがね」


 作業は単調だが、魔物を倒すとき珍妙な叫び声をあげるので非常に喧しい。だが、彼らは手慣れた様子でそれをこなしていく。


(少し理解が追いつかないが、この食料生産効率は驚異的だな。都市発展の秘密のひとつかもしれん。だがこれだけではないはずだ。急に街が出来た理由が説明できん)


 まだ他にも秘密があるはずだ。そのためにも、他の場所を探索してみなければならない。


「見学させてくれて助かった。他も見て回りたいので、この辺りで――……」

「父ちゃん、ノーフが出てきたよ!」

「何!? 一時待避だ!」


 ラウヤが礼を言って立ち去ろうとしたときだった。子供が何かを見つけたらしい。指し示す先には土色の何かがいる。強そうには見えない。事実強くはないのだろう。ダンジョンで同階層に出る魔物は、基本的には同程度の強さだ。ニンジーンやダイコーンと同程度なら、ラウヤの敵ではない。


 だから、ラウヤは退治してしまおうと考えた。


「あっ、おい!」


 それを察した農夫の男性が声を上げるが、その制止は少しだけ遅かった。ラウヤの放ったナイフのひと突きは、土色の魔物――ノーフマッドマンの腹部に突き刺さる。抵抗はほとんどない。相手の反撃を許さない素早く的確な一撃……のはずだったが、死の間際、ノーフマッドマンの最後の抵抗がラウヤを襲う。


 なんと、ノーフマッドマンは自爆するかのようにはじけ飛んだのだ。と言っても、爆発が起きたなんてこともなく、主成分の泥をただまき散らす嫌がらせのような攻撃だった。


「おぅ……」


 予想外の反撃にラウヤは真っ正面から泥を被ってしまった。肉体的なダメージはないが、それでもげんなりしてしまう。とても、探索を続ける気にはない。


「ありゃりゃあ。やっちまったなぁ。ノーフマッドマンは攻撃するとあんな風に泥をまき散らすんだ。こっちから攻撃しなきゃ喚いてうるさいだから、手出し無用だぜ」

「……そうだったか」

「ま、初見だとしょうがないよな。入り口でクリーンをしてくれるサービスがあるから、綺麗にしてもらいな」


 農夫に言われて思い出す。入り口で言われた“クリーン”がどうのというのは、このためだったのだろう。


(変なサービスだと思ったが、これは確かに必要だな)


 納得しつつ、入り口に向かう。そこでは先ほど変わらず、不思議な四人組が待機していた。ラウヤの姿を見るなり、バニーガールがニカっと笑う。


「わー。いっぱい汚してきたね。クリーンするよ?」

「ああ、頼む」

「はいはい」


 バニーガールがシンプルな棒切れをラウヤに向ける。すぐに淡い光がラウヤの全身を包んだ。衣服についた汚れが一瞬で落ち体がすっきりとする。


(ふむ? 普通のクリーンにしては、かなりさっぱりとするな。いや、それどころか何かが抜け落ちていく感覚が――……)


 ラウヤはふと違和感を覚えた。汚れとともに、何か大切なものを失ったような喪失感を覚えたのだ。そして、それは気のせいではなかった。


「あ、ばっちいの出た」


 バニーガールの声に自分の足下を見れば、どろりとした銀の水たまりができている。ラウヤは状況が理解できずに硬直した。

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