31. とある教団員、街を見つける

「な、なんだこれは! どうなってる!」


 目の前に広がる光景を受け入れることができず、黒衣の男――ラウヤは声を荒らげた。彼の視線の先には街がある。四方には壁が築かれ、散発的な魔物の襲撃程度ならものともしない防備が整っているように見えた。材質は土のようだが、ただ土を固めただけにしてはしっかりとしている。この規模の壁をまともに作ろうと思えば、かなりの人手と日数がかかるはずだ。それでも魔法の力を使えば短期間で作り上げることも不可能ではないかもしれない。壁だけならば。


(だが、あの建物はなんだ? 壁よりも遙かに高い。しかも複数あるぞ)


 今度は声を出さすに、心中で唸る。今更ながら、ここが敵地であることを思い出したからだ。できるだけ目立つ行動は慎まなければならない。さきほど大声を出してしまったので、すでに手遅れかもしれないが。


 ラウヤの視線の先にある建物。それはあまり見ない様式で建てられている。そして、高い。土壁はラウヤの身長を優に超える高さがあるというのに、街の外からその建物がよく見えるのだ。丘の上に立てられた可能性もあるが、それはそれで脅威だった。何せ、この辺りは真っ平らな土地だったのだから。


 無論、あの建物よりも背の高い建築物はいくらでも存在する。ラウヤ自身も実際に見たことがある。例えば、他国の首都で見た城はもっと荘厳で巨大だった。それに比べれば、目の前の建物は数段劣るだろう。


 だが、それはあくまで他国の話。城や要塞など権力者が労働力を集中させて作るものである。内部でも派閥間の争いが続くアルビローダで大規模な建物を作るのは難しい。


 にもかかわらず、何故、あのような背の高い建物が建っているのか。しかも、ひとつやふたつではない。それほどの力を持つ勢力がエルド・カルディア教団以外に存在するとは思えなかった。いや、教団にも同じことはできない。


 教団が総力を挙げて取り組めば、同様の建物を建てることはできる。しかし、完成には数ヶ月の月日を要するだろう。材料の確保、人員への補給を考えれば、もっと時間が掛かるかもしれない。


 だというのに、ここはどうだ。ラウヤの知る限り、十日と少し前まで、ここには何もなかった。近くに中規模の村があったが、それだけだ。幻に惑わされていると判断した方がまだ現実的だと言える。だが――……


(幻ならば触れることはできまい。間違いなく本物の壁だ)


 おそろおそる伸ばした手は、しっかりと壁の感触を伝えている。目の前の都市は――少なくとも、この防壁は紛れもない本物だ。


(短期間でこの規模の街を作るなど、尋常な力では為し得るはずがない。考えられるとすれば……ダンジョンか)


 ラウヤの所属するエルド・カルディア教団は、支配地域を広げるため、アルビローダの各地にダンジョンを作っている。人の身でダンジョンを作るなどと言えば、多くの愚昧な輩はほらを吹くにももう少し上手くやれと言うに違いない。だが、その力は確かに存在するのだ。


 現に、教団はその力を以て勢力を拡大した。バンデルト組との協力など些細なことだ。躍進の最大の要因は銀化の力。とある教団幹部が神から授かったというが、その真偽はラウヤにはわからない。だが、その力はまさに神の御業と言うほかなかった。


 とある幹部は銀の力を受け入れたときに、失ったはずの四肢を取り戻したという。他の者は若さを取り戻した。力が馴染めば、どんな傷でもたちどころに治るという、まさに奇跡の力。その奇跡の一端がダンジョンの生成である。ダンジョン生成にはとあるアイテムを使うのだが、そのアイテムも銀の力を利用して生み出されているらしい。


 ラウヤとその同僚は教団への貢献が認められ、先日、銀を授かった。同時に下された命令が、この地にダンジョンを作ること。特殊なアイテムを用いて、ダンジョンは確かに作られた。ラウヤはその報告に戻り、同僚はこの地でダンジョンを守るという手はずだったのだが――……


(アイツがこの街を作り出した……? いや、そんなはずはない。いかな銀の力とはいえ、私と同時期に授かったヤツがこれほどの奇跡を為せるとは思えん。そもそも、教団の意向を無視して事を進めるような男ではなかった)


 同僚の男が街を生み出したとは考えにくい。力を授かるために教団を利用しているラウヤとは違い、教団に心酔している男だ。無断で勝手な真似をするとは思えなかった。


(ともかく調べてみなければなるまい。モルブデン組の残党が多く移り住んでいるという噂もある。あの街に移住しているとなれば厄介だな)


 報告するにも情報が足りない。まずは、同僚の行方を探るべきか。ラウヤが今後の指針を定めたところだった。


「おい、アンタ、こんなところで何をしてるんだ?」


 見知らぬ男に声をかけられたのだ。その男は独特な髪型をしている。あれはモルブデン組の戦士の証だ。モルブデン組はバンデルト組との対立でほとんど解体されたような状況だが、それだけに危険な存在である。危機的な状況にあっても戦士としての誇りを捨てていない――おそらくは手練れの戦士であるのだから。


 モルブデン組と直接的に対立しているわけではないが、教団がバンデルト組に協力しているのは周知の事実。正体を知られれば戦いは避けられない。ラウヤの体は緊張で硬直した。


「ま、何でもいいや。街に入るなら、壁沿いを右手側に進むと早いぞ」

「あ、ああ。そうか」


 幸いにも、疑いの目を向けらているわけではないようだ。モルブデンの戦士は緩い口調で街の入り口を教えてくれる。


 ラウヤは悟られぬように、そっと息を吐いた。ひとまず、戦士の言葉に従い壁際を歩く。


「おっと、そうだった。ちょっと、待ってくれ!」

「な、なんだ?」


 歩き始めてすぐに呼び止められた。今度こそ、素性がバレたかとラウヤは身構える。だが、戦士の表情に変化はない。そのままの緩い口調で、おかしなことを言い出した。


「いや、壁沿いを歩けと言っといてなんだが、少し壁から離れて歩いてくれ。街を拡張するから」

「……はぁ?」


 要求そのものは大した内容ではない。だが、街を拡張するとはどういうことか。もしや、ここに街にできた秘密の一端を垣間見れるのではないか。


 そう考えたラウヤは、戦士の言葉に従って壁から距離をとった。だが、街の入り口には向かわず、戦士の様子を窺う。


(何だ? 特別なことをしている様子はなさそうだが……)


 少し距離があるので、戦士が何をしているのか、はっきりと知ることはできない。だが、ラウヤには特別なことをしているようには見えなかった。ただ、壁から少し離れた場所で首をひねっているだけだ。


 しばらくして、動きがあった。戦士は壁に向かって手を振ると、こう言ったのだ。


「よし、この辺りでいいな。おーい、こっちに移動してくれ!」


 誰に言ってるんだと、ラウヤが首を傾げた直後――――壁が動いた。


「はぁ!?」


 密かに見届けようと考えていたにも関わらず、ラウルは叫び声を上げてしまった。だが、それも無理からぬことであろう。連続して続いてるように見えた壁は、両手を広げたほどの幅で分割され、それぞれがばらばらと立ち上がった・・・・・・のだ。


 もし、目撃したのが自身ではなく人に聞かされた話だったなら、ラウヤは目撃者の正気を疑ったことだろう。壁に足が生えて、自律して動くなど誰が信じるものか。


 だが、実際に目撃してしまえば、作り話と疑うことすらできない。受け入れがたい現実に混乱している間に、壁達は戦士が指定した位置まで移動し、座ってから動かなくなった。バラバラだった複数の壁は綺麗に整列し、ずれや隙間は見当たらない。まるで最初からそこに配置されていたかのように、連続した一枚の壁が築かれている。


「どうなってるんだ、この街は」


 ここを今から調査するのかと思うと、ラウヤは少し泣きたくなった。

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