29. そう、パンドラギフトならね
「ここもかなり発展してきたね」
『もう、元の村よりも大きいぞ!』
僕とシロルが見て回っているのはダンジョンを囲むように作られた新しい村。いや、もう街と言ってもいいかもしれない。シロルの言うとおり、モヒカンさんが多かったあの村よりも規模が大きくなってる。すでに、結構な人がこちらに移り住んでるしね。
ダンジョンのすぐそばに建っているのが町長の家だ。そして、非公式の冒険者ギルドでもある。今は、正式な加盟申請をしているところだ。
どういった形になるかはわからないけど、きっと申請は認められるんじゃないかな。複数の神様の連名で推薦状みたいなものを作ったし。受け取った人がパニックになってなければいいけど。
できたばかりの街だけど、ここで活動する冒険者はそれなりに多い。モルブデン組の若ことバディスさんが引き連れてきたんだ。大半がモルブデン組の関係者だから、モヒカン率が異常に高い。何も知らなければ、冒険者ギルドだとは思わないだろうね。
『むぅ……この匂い。お腹が減ったぞ!』
不意にぐぅ~と音が鳴った。とても自己主張の強い、シロルのお腹の音だ。
まあ、気持ちはわかるけどね。臨時ギルドの隣に並ぶ建物からは食欲をそそる香りが漂ってくる。ベエーレさんが開いたカレー屋さんだ。今のところ、食事を出すお店はここしかないから他のメニューも出してるけどね。まだまだ住人が少ないので大繁盛とはいかないけど、ほとんどの冒険者はここで食事するわけだから、儲けは出ているはずだ。
それはともかく、シロルがちらちらと僕を見ている。カレー屋さんに寄りたいみたいだね。でも、さすがにそれはちょっと。
「お昼ご飯はみんなで食べる約束でしょ」
『大丈夫だぞ! 僕ならお昼ご飯もちゃんと食べれる!』
食いしん坊のシロルならそうかもしれないけど、僕は無理だよ。このままここにいたらシロルが我慢できなくなりそうだね。
「ダメだよ。用事があるんだから」
『む、むぅ。カレーが……カレーが!』
未練がましくカレー屋さんから視線を離さないシロルを抱きかかえて、臨時ギルドの中に入った。扉を開けてすぐの空間は広々とした玄関ホールになっている。吹き抜けになっていて天井も高い。
この玄関ホールが臨時ギルドになっているんだ。と言っても、今は昼前だから人はほとんどいない。みんなダンジョンに入ってるからね。この街に来てる冒険者の目的はほぼダンジョン探索だから。もっとも、今は探索というより収穫って感じだけど。第一階層で食料確保に従事している冒険者がほとんどだ。
「トルトか。どうした?」
受付のデンデさんが僕を見て、声をかけてきた。受付で待機してるけど、一応は臨時のギルドマスターだ。荒くれの冒険者たちを取りまとめるにはうってつけの人材だからって、町長直々に任命したんだよね。まあ、正式なギルドじゃないこともあって、特に仕事がないからほとんど受付事務と変わらないんだけど。
ダンジョンに入るのは今のところ許可制になってるけど、一度許可を受けると出入り自由。だから、臨時ギルドに立ち寄る冒険者は少ないんだ。そのせいか、デンデ爺さんも不思議そうな顔をしているね。
「町長に呼ばれたんです」
「おお、そうか。それで、ソイツはどうしたんだ?」
「え?」
何かと思えば、デンデさんが聞いているのはシロルのことだった。鼻をくんくんと動かして、しきりに匂いを嗅いでる。カレーの匂いだけでも楽しもうとしてるんだと思うけど……そんなことしてもお腹が空くだけじゃないかな。
「いつもの食いしん坊です」
「なるほど。そうか」
端的な説明に、デンデさんはあっさりと納得した。
さすが、シロル。早くもみんなに食いしん坊って認識されてるみたい……と思ったけど、それだけじゃないかも?
見れば、デンデさんがお腹を押さえて不景気そうな顔をしている。どうやら彼自身がお腹を空かせているみたいだね。納得というよりは共感だったのかも。
考えてみれば、カレーの匂いが漂ってくる場所で一日中受付業務って酷だね。もう少し立地を考えた方が良かったかも。
「あの、これ食べますか?」
「ぬ……、すまんな」
ちょっと申し訳ない気分になったので、インベントリからハンバーガーを取りだして差し出す。デンデさんはバツが悪そうな顔をしたものの空腹には勝てなかったみたい。素直に受け取ってかぶりつきはじめた。
『ずるい! ずるいぞ! 僕も食べたい!』
「シロルは後で食べるでしょ」
『後で? 後でハンバーガー食べてもいいのか?』
「いや、そういうことじゃなくてね」
騒ぐシロルを宥めつつ階段を上る。二階の中央の部屋が町長の部屋だ。扉をノックすると入室を促す声がする。それを聞いてから、扉を開くと、中には二人のモヒカンがいた。
町長のバディスさんとそれを補佐するファルコさんだ。ファルコさんは、バディスさんのパーティメンバーだね。モヒカンの秘書って僕からすると凄く違和感があるんだけど、ファルコさんは有能らしい。
「ああ、トルトか。良く来てくれたな」
「用事があるって聞きましたけど」
「そうなんだ。実はまた頼み事があってな……」
バディスさんは躊躇いがちに切り出した。
なんだろう。大変な頼みなのかな?
「どうしたんですか?」
「……実は移住希望者が増えて住居が足りない。申し訳ないが……明日までにまた新しく建物を作ってもらうわけには……」
「あ、いいですよ。長屋形式のを三つくらい建てときますね」
ちょっと身構えちゃったけど、バディスさんの要望は大したことじゃなかった。家くらいすぐに建てられるよ。
なので、すぐに請け負ったのだけれど、バディスさんの様子がおかしい。俯いて体をぷるぷると震わせている。いったい、どうしたんだろう。
「……おかしい……おかしいだろ」
「え? 何がですか?」
小声でバディスさんが何事か呟く。聞き返すと、彼は顔を上げて、僕の顔をきっと睨んだ。
「いや、明日までに家を建ててくれってどういうことだよ! 頼む方もだが、気軽に請け負うのもおかしいだろ!」
「えぇ!? それは今更じゃない?」
「それだよ! 何で十日かそこらでダンジョンの周囲に街ができてるんだよ! 常識は何処に行った!」
たしかに、十日足らずにできあがった街としては立派だよね。うん。
ちょっと誇らしげにしていると、バディスさんがゆっくりと顔を横に振る。
「違う。絶対ずれたことを考えているって……」
そう言うとバディスさんは両手で顔を覆ってしまった。ううん、情緒不安定だ。いきなり町長の仕事を任せたのでストレスが貯まってるのかな。
ここで、今まで口を挟まずにいたファルコさんが、バディスさんの肩をポンと叩いた。
「若……ではなく町長。複数の神に知り合いがいる方ですよ。そんな人に常識を説いても意味はありません。神の奇跡だと思って受け入れてください」
「……そうだな」
バディスさんがゆっくり頷く。
いや、知り合いっていうことなら、二人も会ったことあるよね。
……と言いたいところだけど、それを言うと話が進まない気がする。
別に神の奇跡でも何でもないんだけどなぁ。
十日もあれば街もできるよ。そう、パンドラギフトならね!
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