18. ダンジョンコア
クリーンで異物を排除する。その話を聞いたとき、ゼウブロスは訝しげな表情を浮かべていた。だけど、反論もなかった。まあ、結果はすぐに出る分けだしね。とりあえず、僕らの好きにさせようと考えたみたい。
そんなわけで、銀の異物、お掃除作戦は決行される運びとなった。
重要なのは、銀の異形はいらないものだと信じ込むこと。合い言葉は“銀の異形はポイ!”だ。念のため、呪文のように二、三度唱える。バルディスさんたちは不審げに見ているけど、気にしている場合じゃない。
「それじゃあ、いくよ!」
宣言して、魔法を使う。途端に、体からグンとマナが抜ける感覚が襲った。半分とまでは言わないけど、三割くらいは持っていかれたかもしれない。
変化はすぐに訪れた。
『ぬぅ……!』
ゼウブロスの右の前足が黒く変色したかと思うと、どろりと溶け落ちるように崩れたんだ。痛みがあるのか、ゼウブロスがうめき声を上げた。
「足が!?」
「……大丈夫なの?」
ハルファとスピラが心配そうにゼウブロスの消えた右前足を見る。見た目に違和感はなかったけれど、思った以上に侵蝕は進んでいたみたいで、欠損は足の大部分に及んでいる。
とはいえ、そちらに構っているわけにもいかなかった。
『トルト! まだ、異質な気配は消えておらん!』
「わかってる!」
溶け落ちた黒の内側から、銀のウネウネが顔を出している。かなりの量を削れたみたいだけど、それでも消しきれなかったみたいだ。ソイツは、次の宿主を探すように周囲をぐるりと見回した。
もちろん、そんなことはさせないけどね!
ウネウネに向けて、追加でクリーンを放つ。根こそぎ綺麗にするつもりで、力を込めた。
溶け落ちた部分に対して、残ったウネウネの総量は一割にも満たない。そのはずなのに、ずいぶんと抵抗が激しかった。なかなか落ちないシミをごしごしと落とすイメージで、マナをつぎ込む。
不意に抵抗が緩んだ。その瞬間、限界を超えたのか、銀のウネウネの全てが黒化した。そして、すでに黒化していた部分も含めて、全てが砂のように細かく崩れ……やがて消えていった。
「ガルナ?」
『うむ。ここの気配は完全に消えた。まさか、本当に浄化するとはな。本当に非常識な奴じゃ』
ええ?
ガルナが出来るっていったのに、そんなことを言うの?
まあ、おかげで銀の異形を退治できたんだから、別にいいんだけどね。
「若、何が何だかわからないんですが。俺たち場違いじゃないですか?」
「たしかに。さっきから神がどうのこうのと言ってるしな。Bランク冒険者というのは凄いんだな」
向こうでは、モヒカン冒険者たちが、ひそひそと話している。平然としているから聞き流しているのかと思ったけど、意外とちゃんと聞いてたみたい。
「いや、かなり特殊な例だと思うぞ?」
苦笑いを浮かべながらローウェルが、冒険者たちに声をかけた。そう言う彼も精霊神様の使徒なんだけどね。とはいえ、言っていることはもっともだ。実力はともかく、僕らほど神様に縁のあるパーティーはさすがに他にはないと思う。廉君――運命神の使徒が二人に、精霊神様の使徒が二人、運命神の聖獣と試練神という構成だからね。
『おお、気分がいい。不快なものがすっかり抜け落ちたようだ。感謝するぞ』
足の一部を失ったゼウブロスだけど、思った以上に元気そうだった。まあ、失った足も欠損治療ポーションがあれば、治療することはできるはず。聖獣に効き目があるかどうかは、試してみないとわからないけど。
『んん? そんな顔をしてどうした? ああ、この足か』
喜んでいたゼウブロスは、僕らが痛ましげな顔で見ていることにようやく気がついたみたい。だけど、まるで些細なことのように笑い飛ばした。いや、実際、彼にとっては些細なことだったみたい。
『こんなものは、すぐに生えてくる。ほら、見ているといい』
その瞬間、失われたはずの足がニョキッと生えた。まるで、傷なんてなかったかのように、完璧に元通りだ。トカゲの再生力って凄い……って思ったけど、トカゲだって生えてくるのは尻尾くらい。しかも、こんな風にすぐに再生するわけじゃない。
だとしたら、聖獣の能力なのかな。思わずシロルを見たら『無理だぞ』と言われた。やっぱり、聖獣の力ではなく、ゼウブロス自身の能力みたいだね。とはいえ、彼にとっても力を使う行為ではあったみたい。
『礼をせねばならんが、些か疲れた。すまんが、ちょっと休ませて貰うぞ』
こちらの返事を待つことなく、ゼウブロスは部屋の隅までいくと丸くなった。すぐに、巨体からは想像もつかないすぅすぅという可愛らしい寝息が聞こえてくる。
「寝ちゃったみたいだね」
『おそらく、これまでは銀の侵蝕に抗い続けていたのじゃろう。もう少し話を聞きたかったが、仕方がない。それはまた後にしよう。まずは、このダンジョンじゃ』
眠ってしまったゼウブロスはさておいて、ひとまず当初の目的を果たすべく、僕らはダンジョン探索を再開した……んだけど、終わりはすぐだった。
ゼウブロスがいた大広間の奥は階段になっていて、その先には小部屋がぽつんとあるだけだった。出来たばかりのダンジョンのせいか、本当に小規模なダンジョンだったみたい。
「……で、これがダンジョンコアなの?」
『まあ、そうじゃろうな』
その小部屋にあったのは、銀化した箱――パンドラギフトだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます