17. お掃除できる!

 頭に響いた衝撃的な言葉は、目の前の巨獣による思念伝達なんだと思う。どうやら、魔物とは違うみたいだね。


『お主はアーシェラスカの眷属で相違ないか?』


 ハルファの腕から飛び降りたガルナが、巨獣を見上げながら問う。


『ぬ……? お前はガルナラーヴァ……? いや、ガルナラーヴァ様か』

『私のことはガルナと呼ぶがいい。それで、どうなのじゃ?』

『いかにも。儂はアーシェラスカ様の眷属たる聖獣ゼウブロスだ』


 ガルナの読み通り、彼は大地神様の聖獣だったようだ。まあ、ダンジョンに入った時点でシロルとガルナが気配を感じていたからね。思念伝達が使えるのなら、僕もそうじゃないかとは思っていた。


『ゼウブロスか! ちょっとだけ覚えてるぞ! なんか、雰囲気が変わったな!』

『いや、お前に言われたくはないぞ。ずいぶん縮んだな?』

『そうなんだ! そのせいで、美味しい物があってもたくさんは食べられなくて困るぞ。でも、巨大化すれば、たくさん食べられるから問題ないな!』

『……うむ。変わったのは体格だけではなさそうだが、壮健にしているようだな』


 ゼウブロスとシロルは知り合いみたいだね。僕らと出会う前のシロルを知っているらしくて、変わりように驚いているようだ。トカゲ顔でも意外と表情はわかるもんなんだね。


 と、和んでいる場合じゃない。ゼウブロスの言葉の意図を確認しないと。


「さっき、“殺してくれ”って言っていましたけど……」

『お前はラムヤーダス様の使徒か。うむ、その通りだ。今、儂は何かに蝕まれておる。このままでは遠からずその何かに乗っ取られてしまうであろう。そうなる前に殺して欲しいのだ』


 ゼウブロスが異物の侵蝕を受けることになったのは数日前のことらしい。


『怪しげな風体の人間を見かけてな。何をするのかと見ておったら、なんとこのダンジョンを作り出しおった。ガルナ殿の眷属とも思えんので問い詰めたのだ。何事かわけのわからんことを喚き散らして襲いかかってくるのでやむなく引き裂いてやったのだが――……』


 そのときに、切り裂いた右前足から何かが入り込んできたのを感じたのだとか。入り込んだ当初は極小さな異物だったそれは、ジワジワと彼の身体を蝕んでいる。今では右前足の半ばまで侵蝕が進んでいるそうだ。


「その……怪しげな風体というのは?」

『うむ。儂は人間を見分けるのが苦手だが、奴が普通と違うのはすぐにわかったぞ。何しろ、体のあちこちに銀の傷を刻んでおったからな』


 銀の傷。言い換えれば、それは体の一部が銀化しているということなのでは。同じことを思い至ったらしく、バルディスさんが顔色を変える


「エルド・カルディア教団か!」

「そうだと思います」


 教団の幹部は体の一部が銀化しているという話はジェスターから聞いている。ダンジョンを作り出す術を持っているという話とも一致するので、ゼウブロスが殺したというのは教団の人間なのだと思う。


 となると、気になるのはゼウブロスを蝕むんでいるという異物の正体だ。銀と聞けば思い当たるのは異界からの侵略者、銀の異形たち。以前、遭遇した魔物たちは銀の異形に侵蝕されていた。それと同じ状況にあるんじゃないだろうか。


「ガルナ?」

『うむ……残念ながら間違いない。こやつは異形の侵蝕を受けているようじゃ』


 確認の意味を込めてガルナに視線を送ると、彼女は苦々しい声音で答えた。彼女が感じた異質な気配。それが、異形による侵蝕だったのだろう。


「ねえ、ガルナならどうにかできないの?」


 ハルファが縋るような目でガルナを見た。猫の姿をしているとはいえ、彼女は神だ。その力で異物を排除できないかと期待したのだろう。


 だけど、ガルナは無念そうに首を横に振った。


『今の私は大きく力を制限されている。そもそも、他神の眷属に干渉するのは難しいのじゃ。こやつをどうにかできるとすればアーシェラスカなのじゃが……』

『……侵蝕を受けてから、アーシェラスカ様との繋がりが途絶えておるのだ』

『じゃろうな……』


 残念ながら、ゼウブロスの侵蝕を防ぐ術はないみたい。ガルナを経由して大地神様に呼びかけたらいいんじゃないかなと思ったけど、そんな簡単な話ではないんだとか。銀の異形に侵蝕されたことで、大地神様の眷属としての性質すら変質してしまっているらしい。


『可能性があるとすれば、トルトじゃろうな』

「僕?」

『そうじゃ。お主、私の力をポンポンと浄化していたじゃろうが。同じことができるのではないか?』


 ガルナが言っているのは、僕の特殊なクリーンのことだろうね。たしかに、僕は邪気を不要なものと思い込むことで邪気を払うことができたけど……異形についてはどうもイメージがわかないんだよね。


『ひょっとして、お主、あの銀色の物を生き物と考えているのか? だとしたら大きな間違いじゃぞ。以前にも話したが、異形どもの本体はあくまで異界におる。この世界へと侵入してきておるのは何らかの形で顕現させた力の一部じゃ。ほれ、私の力と変わりあるまい』


 僕がピンと来ていないのを見て取ったのか、ガルナがそんなアドバイスをくれた。たしかに、僕はどうも異形たちを生物のように見ていたのかも知れない。最初に見た異形たちが単独で動き回っていたから、そのイメージに引き摺られていたんだと思う。


「アイツラはあくまで力の一部……」

『そうじゃ。そして、それは宿主にとっては全く不要な……そう異物じゃ』

「アイツラは異物……」

『その通りじゃ。そんなもの綺麗に取り去ってしまった方が良いと思うんじゃが』

「たしかに!」


 何だか、クリーンお掃除できそうな気がしてきた!

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