16. ダンジョンの巨獣

 バディスさんの案内で僕らは新しいダンジョンを目指した。そこは、先程の村から徒歩で半日ほどのところにあるらしい。意外と近くだ。同行者は僕ら『栄光の階』とバディスさんのパーティー。興味ありげにしてたけど、ベエーレさんは留守番だ。行商人だけあって健脚で身体能力は高そうだけど、戦い慣れているわけじゃないからね。


「案内するのは構わないが、危険だぞ。いや、トルトたちなら平気か?」

「ティラザも簡単にやっちゃいましたからね」

「いや、でも、アイツはもっとヤバそうだった」

「まあ、警戒するに越したことはあるまい」


 ダンジョンに案内して欲しいとお願いしたときに、バディスさんたちがそんなことを言っていた。何でも、彼らがこのダンジョンを見つけたとき、入り口付近で巨獣を見つけたそうだ。明らかにヤバそうなので即座に離れたみたい。守護者のようなものかな? 今まで、そんなもの見たことないけどね。


 そんなわけで、警戒しながら向かったけれど、それらしき獣には遭遇することなく、ダンジョンの入り口へと辿り着いた。


「大っきい穴! 石の階段も見えるし、迷宮型かな」


 地面に直径10mほどの大穴がぽっかりと空いている。地下に続く緩やかな傾斜は途中から石造りの階段になっているので、ハルファの言うとおり、迷宮型のダンジョンだろう。明かりの類はないので、視界確保の必要がある。ナイトヴィジョンを個別にかけてもいいけど、人数が多くて面倒なので、フローティングライトにしておこうかな。


『んん、なんだ? この気配……知っているような知らないような?』


 入り口を入ってすぐのところで、シロルが不思議そうに首を傾げた。いや、それはシロルだけじゃない。


『……これはアーシェラスカの眷属の気配か? いや、それにしては……』


 ガルナも同じような感覚なのか、もどかしそうにしている。


「アーシェラスカ様? どんな神様なんだっけ?」

『お主らが大地神と呼ぶ神じゃな』


 大地神様か。地面の中のダンジョンという意味では関係があるのかな? ひょっとして、大地神様が作ったダンジョンだったりして。


 同じことを考えたのか、ハルファがガルナに問いかけた。


「大地神様はダンジョンを作ることはできるの?」

『地下迷宮を作ることはできるじゃろうな。じゃが、魔物や宝箱の自動生成を備えた“ダンジョン”の作成は私に与えられた試練神としての権能。擬似的に再現することが不可能とは言わないが、ダンジョンそのものを作ることは私以外には不可能……のはずなんじゃがなぁ』

「じゃあ、正確に言えば、ここはダンジョンじゃないってこと?」

『いや、おそらくダンジョンじゃろう……私の制御を受けつけないので何とも言えないが、そこはかとないダンジョン感がある。いったい、どうなっとるんじゃ……』


 ガルナは、手をわしわしと頭に擦りつけながら嘆いている。見た目が猫だから可愛い仕草に見えるけど、相当混乱しているみたい。


 彼女の言うことをまとめると、こんな感じかな。

 ガルナ以外の神にダンジョンを作ることはできない。だけど、この場所はガルナの認識でもダンジョン。もちろん、彼女本人が作ったわけではないので、本来はあり得ないはずなのに……ってことみたい。


 ちなみに、シロルやガルナに思念伝達ができることはバディスさんたちにも伝えてある。今の会話も伝わってるはずなんだけど、彼らは「なんか難しい話をしてるな~」くらいの感覚で聞き流してるみたい。彼らの性格もあるけど、シロルたちの普段の言動のせいか、聖獣や神だなんて敢えて言わない限り、結びつかないみたいなんだよね。ある程度、本人たちの行動に馴染んだ人たちには、変に隠す必要もないかなと思えてきた。


「さて、どうする?」

「ダンジョンだってことはわかっても、出来た理由はさっぱりだよね。奥まで行ったら何かわかるのかな?」

『どうじゃろうな。行ってみないことには何とも言えん』

『僕はアーシェラスカ様の気配が気になるぞ!』

「とりあえず、進んでみればいいんじゃないかな?」

「そうだね! 危なければ引き返せば良いんだし!」


 入り口で得られる情報はほとんどない。パーティーの意見としても、ひとまず奥に進んでみようという結論となった。バディスさんたちからも異論は出ない。彼らも付いてくるみたいだ。


「いやぁ、ダンジョンですか。楽しみですね」

「そうだな。いったい、どんな魔物が出るんだろうな」


 彼らは初ダンジョンらしくて、結構ウキウキ気分で話している。探索時の態度としては不用心だけど、その気持ちはわからなくもない。


 だけど、そんな風に思っていられるのも、短い間だけだった。


 階段から降りてまっすぐに続く廊下を進むと、待っていたのは飾り気のない石の扉だ。手を触れると、押してもいないのにゴゴゴと音を立てて開きはじめた。その時点で、僕らの警戒心は跳ね上がる。バディスさんたちもその空気を察したのか、無言となった。


 扉の先は広い部屋になっているらしい。フローティングライトの光量ではとても先は見通せない。追加で幾つかの光球を生み出し、部屋の中央に飛ばすと現れたのは巨大な生物。簡単に特徴を示すとするなら、巨大トカゲにモフモフとした毛を生やしたみたいな獣だ。


「ア、アイツは!」

「トルト! 俺たちが見たのはアレだ!」


 バディスさんたちが、獣の姿を見て驚きの声を上げる。彼らが、ダンジョンを発見したときに見たという巨獣が、アレらしい。外で見かけないと思ったら、ダンジョンの中に引っ込んでいたようだ。


 ……あれ?

 ダンジョンの魔物は普通、そんな風に出入りしないよね?


 不思議に思っていると、目の前の獣が垂れ下がり気味だった頭を持ち上げて、僕らを見た。


『お前たちは神の縁者か……。ちょうど良いところに来た。儂を殺してくれ……』


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