14. からいとつらい

 村の広場を魔法で即席の調理場にさせてもらう。風よけの壁とかまど、そして調理台があれば十分だ。水は魔法で出すからね。


「何なのだ、この状況は」


 デンデさんが戸惑いの呟きを漏らす。


 無理もないよね。憎きバンデルト組らしき集団がやってきたと思ったら、突然調理をはじめるんだから。


 まあ、その間にも準備は着々と整っている。ジェスターを筆頭に、従業員たちはみんな手際がいいんだ。意外にも適正があったんだよね。料理を作ることも好きみたいで、楽しげに作業している。本当に、なんで賊なんかやってたのかな。


 しばらくすると、カレーの独特な香りが周囲に漂いはじめた。これには、村人たちも興味津々みたい。初めは遠巻きに見ていたんだけど、カレーに気を取られて、かなり距離が縮まってきている。


「さあさあ、今日はカレーのお披露目だ! 宣伝をかねて無料で振る舞うぜ! 気になる奴は皿を持って並びな!」


 カレーが完成したところで、ベエーレさんが声を張り上げた。どうやら、宣伝ってことにするつもりみたい。さすがにアルビローダでカレー屋さんをやるのは難しいから、無料で振る舞うための建前かな。いや、ベエーレさんのことだから、将来的にはお店を出すつもりかもしれないけど。


 最初は警戒していた村の人たちも、香りの暴力に耐えられなくなったみたい。ポツリポツリとカレーを受け取る人たちが出てからは早かった。本当にどこから現れたのってくらい大勢の村人がお皿を手に列を成している。


 そんな中、食いしん坊コンビが騒ぎを起こした。


『何で、この鍋だけ別に分けて作ってるんだ?』

「わかった! 特別においしいカレーを作ってるんだよ!」

『何だって! それはズルいぞ! 僕も食べる!』

「あたしも、あたしも!」

「あ、それはマズいですぜ!」


 村人に提供していたカレーとは別の小鍋を見つけちゃったみたい。しかも、勝手に味見しようとしている。ジェスターが制止するけど、シロルとピノがそんな言葉で止まるわけがないよね。


『独り占めか! ずるいぞ!』

「そうだそうだ!」


 案の定、二人はジェスターに詰め寄っている。可哀想だから、助け船を出してあげようか。


「まあ、いいんじゃない、ジェスター」

「師匠がそう言うんでしたら。どうなっても知りませんがね」

『いいのか! やったぞ!』

「さすが、ご主人様だね!」


 僕が助言すると、ジェスターはあっさりと引き下がった。彼とはカレー作りにおいて師弟関係があるから、素直に話を聞いてくれるんだ。


 この結果にシロルとピノは無邪気に喜んでいる。ジェスターは、二人のためを思って制止してたのにね。


 実は僕も例の小鍋の中身を知っているんだ。特別といえば特別なカレーだけど、決してシロルたちが望むようなものではない。まあ、ちょっとくらい痛い目を見ることになるけど、自業自得かな。


「ぴょあ! はら~い! なにほれ!」

からい! 辛いぞ! 口から火が出るぞー!』


 一口食べた途端、ピノとシロルのニコニコ顔が涙目に変わった。それもそのはずで、小鍋で作っていたのは辛味スパイスたっぷりの激辛カレーだったんだ。


「それがいいんですがねえ」


 と嘯いているのはジェスターを筆頭に従業員の半分くらい。彼らは試験的に作った激辛カレーに魅せられた男たちだ。もちろん、一般向けではないことは彼らも理解しているので、お客に振る舞う気はないんだけど、自分の分は激辛にせずにはいられないんだって。


 それはともかく、これで二人も少しは懲りたならいいけど。


「ほら、これを飲んで」

『何だ? トルトが作ってた奴か?』

「のむ~」


 僕が二人に手渡したのは、ラッシー風にしたヨーグルト。材料は牛乳と砂糖、それに果物の果汁だ。牛乳の一部をディコンポジションで発酵させるヨーグルトにすれば、あとは混ぜるだけだ。


『おお、ちょっとヒリヒリが直ったぞ!』

「甘くておいしい~」


 ラッシー風ドリンクは辛さを中和してくれるから、今のシロルたちにはぴったりなんだ。やっぱり、カレーにはこれだよね。


 ハルファとシロルが作っているアイスクリームにも人だかりが出来ている。一番騒いでいるのはアレンたちだけど。プチゴーレムズはみんなアイスクリームが好きだよね。まあ、彼らが美味しそうに食べていたから、村人たちの興味を引いたってのはあるけど。


 アイスクリームもヨーグルトも原料には牛乳を使う。忙しい中でも、ウェルノーで確保しておいたんだ。レブウェールは畜産も盛んだから十分に手に入った……はずなんだけど、みんなの食べっぷりを見ると少し心配になってくるね。ウェルノーに戻ったら、また買っておかなくっちゃ。


「美味いだろ?」

「たしかに美味いが……」

「アイツらがまた賊に身を落とすと思うか?」

「……店が上手くいくのなら、その心配はなさそうだな」


 向こうではベエーレさんとデンデさんが話をしている。

 従業員たちが本当に賊働きから足を洗ったのか、懐疑的だったデンデさんも考えを変えたみたい。そのくらい、みんな良い笑顔で楽しげに調理しているんだよね。


 結局の所、彼らも好き好んで賊に成り下がってたわけじゃないってことかな。他に生き方がわからないって言っていたしね。アルビローダは山がちで農作物もろくに育たない場所だ。そんな環境で、周囲が賊ばかりならば、そうなってしまうのかもしれない。


 もしかしたら、アルビローダがもう少し豊かになれば、周囲への略奪行為もなくなるのかもしれないね。

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