異常な魔物

 すっかり暗くなってしまったので、慌てて野営の準備をする。ベエーレさんが同行しているので、マジックハウスは使わない方向で。マジックハウスにも客間はあるので、そこを使ってもらってもいいんだけどね。セファーソンの関所からウェルノーまでの道中では使わなかったから、今更言い出しにくくてそのまんまだ。


 野営準備で働いているのは元賊の人達。すでにベエーレさんの部下のようになっている。まあ、彼の後ろで鈍器片手にピノがニコニコ笑っているからね。


 夕食を終えた後は、特にやることもなく就寝の時間だ。見張りはプチゴーレムズとノーマルゴーレムがやってくれる。なので、僕らは安心して眠りについた。




「ご主人、敵襲だ!」


 警告の声に、意識が急浮上する。周囲は闇の中。近くでごそごそと音がするから、仲間たちも目を覚ましたのがわかる。


「状況は?」

「敵は魔物だ。ウィンドルフとマリスフォーの混成で10体程度。俺たちで対処はできているが、様子がおかしい。例の異常な魔物だ」


 状況を確認するために声をかけると、アレンから端的な返答があった。最初の警告の声も彼のものだろう。今のところ、見張りのゴーレムたちだけで対処できているみたいだけど、声に余裕がない。


 まず、明かりが必要だ。焚き火は一晩中維持されているけれど、照らされているのはそのごく近くだけ。ゴーレムたちは平気だろうけど、僕らには全然足りない。


 ひとまず、自分にナイトヴィジョンの魔法を使って暗視能力を付与する。昼間同然……とまではいかないけど、状況がわかる程度には視界がクリアになった。


 アレンたちの方に走りながら、今度はフローティングライトで光球を浮かせていく。下級の光魔法で、明るさはさほどでもないけど、たくさん出せばそれなりに明るくなる。本当なら、全員にナイトヴィジョンをかけて回るのが一番だけど、さすがに全員にかけてたら時間がかかるからね。


「みんな、大丈夫?」

「ご主人! すまん、ゴーレムが二体破壊された!」

「倒したと思って油断しちゃったんだよ」


 魔物たちとの戦いは拮抗しているみたいだ。状況はアレンとミリィの言葉で把握できた。プチゴーレムズは無事だけど、五体いたはずの埴輪ゴーレムが三体しか残っていない。


 対する魔物はというと、風を操る狼ウィンドルフが六体、魔法で遠くから攻撃してくる狐型の魔物マリスフォーが四体という構成。


 数は魔物の方が多いけど、アレンたちは上手く戦っているみたい。二体のゴーレムが破壊されたのは、あくまで油断が原因だったということだろう。普通の魔物なら、アレンたちだけで十分に対処できたはずだ。


 そうなっていない原因は――すぐに目の当たりにすることになった。


「はっ!」


 気合一閃。僕に続いて駆けてきたローウェルの剣がウィンドルフを一体の胴を切り裂いた。生命力旺盛な魔物とはいえ、普通ならば致命傷だ。


「なるほど……厄介そうだ」


 言いながら、ローウェルがウィンドルフから距離を取る。どうやら、真っ二つになったウィンドルフの上半身が、噛みつき攻撃をしかけていたみたい。死ぬ間際の最後のあがき……という感じでもないね。半分になった状態で敵意をむき出しにして、こちらを睨んでいる。


 それだけでも十分に驚くべき事態なんだけど、まだまだ続きがあった。二つに分かれたウィンドルフの上半身と下半身、その傷口から銀の糸みたいなのが出てきたんだ。


 分かたれた半身から出た銀の糸は、もう半身を探し絡み合うように結びつく。その結果、縫合するかのようにウィンドルフの上半身と下半身は再び一つになった。だけど、その縫合はどこか歪だ。とりあえず、くっつけただけという雑さがある。現に、ウィンドルフはちょっと歩きにくそうだ。


 とはいえ、致命傷を受けても平然と動くというだけで十分に脅威になる。それに、見た目の不気味さは士気を挫く。今も、戦いを遠巻きに見守っている元賊の人達が気味悪がっている声が聞こえてくるしね。


「ねえ、あの銀のって……」


 僕の近くで様子を見ていたハルファが呟いた。彼女の言いたいことはわかる。この銀の糸といい、異常なタフさといい、どことなく異形兵たちを連想させるんだよね。


「ガルナ、どうなの?」

『……かすかに異質な気配を感じるな。浸食を受けておるのか?』


 明確な答えではなかったけど、ガルナも異界からの干渉の気配を感じ取っているみたいだ。


 まあ、だとしたら、話は早い。銀の異形兵は核への攻撃が弱点だ。僕の攻撃は、大抵核にあたるから、無力化できるはず!


「〈スレッディングストーム〉」


 プチゴーレムズと魔物たちの距離が開いたタイミングを見計らって魔法を放つ。やや小規模に調整した暴風が魔物たちをもみくちゃにした。だけど――……


「倒せてないよ!」

「トルト君でもダメなの?」


 ハルファとスピラが指摘したとおり、魔物たちは傷を負いつつも、活動は停止していない。異形兵とは違い、僕の攻撃でも簡単に排除はできないみたいだ。


『……おそらく、こやつらは、この魔物を依り代にして顕現しておるのだろう。いわば、魔物の体が核なのじゃ』

「なるほど、ならば肉体を損傷させていけば問題なく倒せるな」


 ガルナの推測に、ローウェルが頷く。事実なら、核という明確な弱点が消えた代わりに、ダメージを与えていけば必ず倒せるということ。僕にとっては厄介だけど、ある意味戦いやすくなったとも言える。


『ちょっと面倒だぞ……』


 まあ、シロルの言うとおり、ちょっとやそっとのダメージじゃ銀の糸で修復して平気で動くから面倒だけどね。

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