第五部 狂信暗躍
草人の国
ベルヘスを発った僕は、オルキュスを経由して西へと向かった。セファーソン氏族連合国と目的地である中立国ラフレスは隣接していないので、ひとまずは隣国のレブウェール共和国へと向かう形だ。
オルキュスから街道を進んでいくと、セファーソン側の関所が見えてくる。出入りに制限はないけど、レブウェールからセファーソンに入るときはしっかりとチェックされるみたい。一方で、僕らが進むゲート――つまりレブウェールに入る側はほぼ素通り。レブウェール側には、そもそも関所がない。
レブウェールは商業国家。交易を奨励するために、関所の手続きを簡略化するっていうのはわからないではないんだけど……簡略化っていうか完全に省略しちゃっている気がしないでもない。治安とか大丈夫なんだろうか。まあ、僕が心配することではないんだけど。
関所を抜けてしばらく進むと、草原地帯に入った。街道沿いは刈り込んであるけど、少し外れるとワサワサと草が生えている。
このまま街道を進めば、三日ほどで首都のウェルノーが見えてくるらしい。国土はそれほど広くないんだけど、活気があるね。今も小規模の商隊とすれ違った。多くの旅人の姿が確認できるほどに人通りが多いんだ。都市外でここまで人とすれ違うのって、初めてかも。さすが、レブウェールだね。
実は、このレブウェール、草人の国とも呼ばれている。中核となる住人が草人なんだ。彼らは旅を愛する種族。街道を行く旅人も半分以上は草人だ。商業国家だけあって、他種族の商人も多いけどね。
『あのデカいのはなんなんだ?』
シロルが言っているのは、遠くで草を食む巨大な存在。角みたいものも生えているし、見た目で判断するなら手ごわい魔物のように見える。でも、道行く人達は誰も気にしてないんだよね。
「魔物なのかな?」
「うーん、どうかな。草を食べてるよ」
『魔物ではないはずじゃぞ。たしか、獣の類じゃ』
ハルファとスピラが首を傾げていると、ガルナから解説が入った。彼女はハルファに抱かれて、尻尾を揺らしている。喋りさえしなければ、猫そのものだ。シロルと同じく僕ら以外には聞こえないように念話を調整しているみたいだから、道行く人達は猫だと思っているだろうね。
「お、あんたら、レブウェールは初めてかい? あれは、ティラザっていう獣だ。あんななりだが、魔物じゃないんだ。草食だし近づかなきゃ危険はないよ」
声をかけてきたのは、草人の旅人。見た目は僕と変わらない年頃に見えるけど……草人だから、たぶん僕よりは年上だと思う。具体的な年齢は予想もつかない。
彼の名前はべエーレ。僕らと同じくウェルノーへと向かう途中らしい。雑談の相手が欲しいというので、一緒に歩くことになった。僕らとしても、レブウェールの話が聞けるならありがたい。
「あんなに大きいのに、おとなしいんだね」
「ねー? 強そうなのに」
「んー? おとなしいかと言うと、ちょっと違うな。臆病なんで自分から人に近づいてくることはあまりないが、逆に近づいてきた奴には容赦なく襲いかかってくるぞ。魔物じゃないが、あのデカさだ。タフだし力も強い。魔物で言うとBランク相当らしいぞ」
ハルファとスピラが話題にしたのは、ティラザのこと。危険はないと言われたからおとなしい生き物なのかと僕も思っていたのだけど、ベエーレさんから返ってきたのは真逆の言葉だった。
Bランク相当!?
本当だったら、駆け出し冒険者じゃ手も足も出ない強敵だ。なんで、みんなのほほんと歩いてるの?
「危険じゃないですか!」
思わず叫んじゃったけど、ベエーレさんは笑顔で首を振るだけだ。
「変に刺激しなきゃ平気だよ。犠牲者なんて、たまに調子に乗った冒険者が手を出して返り討ちに遭うくらいだな。あんたらも馬鹿な真似はするなよ?」
「それはもちろんですけど……」
僕たちなら倒せるとは思うけど、こんな人の多いところで戦えば、周囲の人を巻き込んでしまう可能性もある。何か貴重な素材が手に入るなら一体くらい倒してみてもいいけど、だとしてももっと
と、そんなことを思った時だった。
『……ほほぅ。自ら試練に挑むとは見所のある奴らじゃ』
「調子に乗った冒険者というのは、ああいう輩か」
ガルナとローウェルが見つけたのは、ちょっと奇抜な格好をした一団。冒険者なんだろうけど、それにしても独特な格好だ。鉄鋲のついた革鎧を身につけて、髪型はモヒカン。偏見かもしれないけど……ヒャッハーとか言いながらナイフをペロペロしてそうだ。
そんな冒険者が街道を外れて、ティラザの方に向かっている。
「あいつら、アルビローダから流れてきた連中だろうな。ティラザに喧嘩を売るのは、たいていああいう奴らなんだ」
べエーレさんが暢気に解説している途中で、モヒカン冒険者たちがティラザに仕掛けた。武器はナイフではなくて、大剣や大型ハンマー。巨大な魔物に有効な武器だ。個人の動きも悪くないし、お互いにフォローできる位置で連携をとっているのがよくわかる。見た目に反してきちんとした冒険者だったみたい。
だけど、ティラザの表皮はとても頑丈らしくて、モヒカン冒険者たちの攻勢に怯みもしない。それどころか、ティラザは頭に生えた大きな角で冒険者のひとりをかち上げた。かなりの衝撃だったのだろう。攻撃を受けた冒険者はその一撃でぐったりとして動かなくなった。
モヒカン集団の判断は速かった。動かなくなった冒険者を担いで逃げ出したんだ。それ自体は当然の判断といえるけど、よりにもよって彼らは僕らの方に逃げてきている。興奮しているのか、ティラザも彼らを追うようにこちらに向かってきた。
「おーい、何してるんだ? 速く逃げた方がいいぞ!」
気がつけば、ベエーレさんが遠くで叫んでいる。周りでモヒカン集団とティラザの戦いを見ていた野次馬たちもすでにいない。彼らもしれっと避難している。
みんな、逃げ足速くない!?
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あけましておめでとうございます。
今年も本作をよろしくお願いします!
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