ゼフィル対ローウェル

三人称視点

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 轟と響く風切り音。鉄の塊が凄まじい速度でローウェルに迫る。それを最小限の動きで避けた。


 相対するゼフィルが身につけているのは金属補強されたレザーアーマー。だが、補強のない部分を狙って一撃を加えることなど、ローウェルにとっては造作もない。彼の放った強烈な突きが、ゼフィルの腹部へと迫った。


 だが、ローウェルの技量については、ゼフィルも承知のこと。攻撃をされると判断した瞬間に【硬身】スキルを発動させた。【硬身】は読んで字の如く、身体を硬くして一時的に防御力を高めるスキル。発動中は俊敏性が失われるので使いどころを選ぶが、熟達すれば非常に有用なスキルだ。事実、ゼフィルは攻撃を受ける一瞬だけスキルを発動して攻撃を弾いた後、すぐに解除して攻撃に転じた。追撃を狙っていたローウェルも一旦諦めて距離をとらざるを得ない。


「あいかわらず、でたらめな奴だ」

「どっちがだよ。剣を抜いてたら、下手すりゃ今ので終わってただろうが」


 ローウェルはスキルの切り替え速度を「でたらめ」と評したが、ゼフィルとしては今の攻防で自分の不利を悟っていた。何しろ、彼はローウェルがクロムビートルをバラバラに切り裂くのを見ている。剣を抜き、スキルを発動させたローウェルならば、自分の守りが通用しないことは想像に難くない。


 不服げなゼフィルの様子を見て、ローウェルは苦笑いを浮かべた。


「さすがに、その武器ではな。わかっていたことだろう?」

「まあな」


 一転して笑みを浮かべるゼフィル。彼はひとつ頷くと、自らの武器をあっさりと手放す。


 ローウェルの指摘通り、このままでは勝負にならないと始めからわかっていたのだ。


 大剣は大型魔物を相手取るならば有効だが、対人向けとは決して言えない武器だ。一撃の威力が大きいというメリットはあるが、取り回しが難しく、間合いの内側に入られると弱い。しかも、メリットである威力も人間相手なら過剰なのだ。大剣を振り回すほどの膂力りょりょくがあれば、素手でも十分に人は殺せる。


「お前は俺のパーティーに入って欲しかったんだが、なっ!」


 話しながら、ゼフィルは一気に間合いを詰める。武器を捨てた分、さきほどよりも身のこなしは素早い。それでいて、手甲に覆われた右手の一撃は十分に脅威だ。


「トルトと出会ってなければそうなっていたかもな」


 下手に受けると捕まれて不利になる。そう判断したローウェルは、その攻撃を受けずに右方へ避けた。そして、伸びきったゼフィルの右手に、剣を振り下ろす。響く金属音。ゼフィルが咄嗟に腕を引き戻し、手甲で攻撃を防いだのだ。


「ずいぶんとトルトに入れ込んでるみたいだな」

「ああ。恩人でもあるが、そうでなくても面白い奴だ」


 手甲の守りを崩せないと判断したローウェルが、剣にいかずちを宿した。青白い稲妻が鞘の上を這い回っている。剣を弾いたとしても、稲妻を弾くことはできない。確実にダメージを与える腹づもりだ。


 こうなると、ゼフィルとしては避けに徹せざるをえない。だが、それでも油断なく機会を窺う。攻撃をかいくぐり、懐に入れば十分に勝機はあった。早さではローウェルが勝るが、筋力勝負ならゼフィルが圧倒的に有利だ。掴み、引き倒しさえすれば、勝利はほぼ確実。そのためなら、攻撃の一つや二つもらう覚悟で隙を窺っている。


 そのことはローウェルも十分に承知している。致命的な隙を見せないためにも、攻撃は慎重にならざるを得ない。そのせいで、どうしても決め手に欠いた。


 どちらにとっても油断ならない激しい攻防。だが、相対する二人に浮かぶのは笑顔だ。和やかとはとてもいえない、相手を屈服させようとする好戦的な笑み。だが、それでも、二人にとってこのやり取りはある種のコミュニケーションなのだろう。飛び交う暴力には似つかわしくない、楽しげな雰囲気を纏っている。


「たしかに、トルトはとんでもない奴だな。ゴーレムなしでもマールとガチでやり合ってやがる。あいつも大概なんだが……」


 攻防の切れ間に少し距離ができたところで、ゼフィルがちらりとトルトたちの方へ目をやった。ある意味では油断ともいえる行動だが、ローウェルもそれに応じた。


「マールか。小回りが利く分、お前よりも対人向きだろうな」

「だろうな。だから、あいつとトルトがやり合うとなったら、少しぐらい気が逸れるかと思ったんだが……」


 しかし、ローウェルは全く動揺することなく、マールの相手をトルトに任せた。多少なりとも集中力を削げると目論んでいたゼフィルとしては当てが外れた形だ。


「お前はまだトルトを甘く見ているな。あいつの成長は目をみはるものがある。油断していれば、すぐに置いていかれてしまうほどだ。だが、いい刺激になるぞ」

「刺激ねぇ。そういうお前は、どれくらい成長したんだ?」

「ふっ、見たいというなら見せてやろう。そろそろ決着をつけるか」

「言うじゃねえか」


 再び戦闘態勢に入る両者。拳を前面に構えるゼフィルに対して、ローウェルは剣を体の背後に隠すような構えをとった。両者はじりじりと間合いを縮め――……


「うおっ! なんだこれは!」


 不意にゼフィルが素っ頓狂な声を上げた。いつの間にかにじり寄っていた蔦が体に絡んできたのだ。それは、ローウェルが背後に隠した剣の先から伸びている。雷の代わりに樹属性を宿して、密かに蔦を伸ばしていたのだ。


「トルトの強みは、突拍子のなさだからな。参考にさせてもらったのさ」

「ぐぬぅぅう、切れん!」


 蔦はゼフィルをしっかりと拘束して自由を奪っていく。どれほど暴れ回っても解けない蔦に、ついにゼフィルは音を上げた。


「ちくしょう、降参だ!」

「それは助かる。お前が気絶するまで、殴り倒すのは手間だからな」

「言いやがるな。ったく、お前が搦め手とはなぁ。想像とは違う成長だったぜ……」

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