vs マール

 仕切り直しとなったけど、距離がとれたのは悪くない。魔法を使う余裕ができるからね。魔法による遠距離攻撃はマールにはない僕の強みだ。強力な魔法を詠唱している余裕はないけど、初級魔法ならそれほど隙も大きくはない。


「〈ファイアボール〉」


 僕の詠唱に応えて虚空に炎球が出現する。それも三つも。通常とは違うアレンジバージョンだ。炎球は時間差をつけて、マールへと迫る。


 一度目、二度目は避けられるかもしれないけど、三度目はどうかな? 避けられなければ盾で防ぐことになるはずだ。そうなれば、視界が狭まる。その隙に存在感を消すシャドウハイディングを使えば、マールは僕を見失うはず。


 目論見は途中までうまくいっていた。二度目の炎球を躱した時点で、彼女の体勢は崩れている。三度目の炎球は転がって逃げるか、盾で防ぐしかない。そう思ったんだけど――……


「えいっ!」


 なんと、マールの振るうメイスが炎球をかき消したんだ。彼女のかけ声とともに、一瞬メイスが光ったから、何かのスキルかもしれない。


 予想外の出来事に攻撃の手が止まってしまった。その間に、マールも体勢を立て直す。仕切り直しだ。


「へへへ。トルト君の戦い方はゼフィルから聞いてるから。決して視線を外すなってね!」

「そうなんだ。だからといって、メイスでかき消すなんて……ビックリしたよ」

「いや、ビックリしたのはこっちもだけどね。一度のファイアボールで三つ飛んでくるなんてズルだよ」


 喋りながらも、お互いに油断なく相手の動きを観察している。近くでゼフィルとローウェルがやり合っている音が聞こえるけど、そちらを見ている余裕はないね。一瞬でも目を離すわけにはいかない。


「じゃあ、次はこっちからかな! ほぉらっ!」


 マールが地面に擦りつけるようにメイスを下から振り上げる。砂を巻き上げて目つぶしでもするつもりかと思ったけど……そんな生優しい攻撃じゃなかった!


 地面からサメのひれのような衝撃波が発生して僕へと迫ってくる。しかも、結構速い!


 マールに遠距離攻撃はないと思っていたから、完全に虚を突かれた。転がるように、どうにか避ける。でも、この機を逃がす気はないとばかりに、追加の衝撃波が襲いかかってくるから、なかなか体勢を立て直す余裕がない。


 だけど、ある程度逃げ回ったところで、衝撃波が止んだ。気がつけばマールとはかなり距離が離れている。たぶんだけど、この衝撃波は攻撃射程がそれほどでもないんだ。もちろん、ブラフの可能性もあるけどね。


 何にしろ、攻撃が止まったのはありがたい。まずはストーンウォールでマールの視界から隠れる。次に使うのは、パワーとスピードの魔法。まあ、効果は気休め程度だけど、せっかくの身体強化魔法だ。使っておいて損はない。そして、最後に使ったのがシャドウハイディング。僕が石壁の裏に隠れていることはバレバレだから、効果は薄いかもしれないけど、まあ念のためだ。


「あっ!」


 石壁を飛び出したところで、マールが声を上げた。気付かれたみたい。やっぱり、じっくり観察されていると効果は薄いか。でも、問題ない、本命は別だ。


「〈シャドウリープ〉」


 マールの影を視認した状態で、呪文を唱える。これで、背後からの奇襲を――……


「甘いよ!」


 転移した先で僕を迎えたのはマールによるメイスの一撃。咄嗟に避けたけど、今のはかなり危なかった。


「その魔法のことは、教えてもらったからね!」


 メイスを振り回しながら、マールが得意げな笑みを浮かべる。


 実は、クロムビートル討伐のときにシャドウリープのことは話しちゃってたんだよね。あのときは、僕らもゼフィルたちも闘技大会に出場すると思っていなかったから。ちょっと迂闊だったね。


 影を意識する素振りを見せなかったから、忘れていたのかと思ったけど、しっかりと警戒されていたみたい。さすがだね。


 まあ、それならそれでやりようはあるんだけど。


「〈エアジェット〉」

「きゃっ!」


 メイスの攻撃を避けつつ、どうにか魔法の発動に成功する。激しく動きながらの魔法行使はとたんに難度が上がるんだけど、さっきの身体強化のおかげで少しだけ余裕ができた。初級魔法くらいならどうにかってところだけどね。


 小柄なマールは風の影響を受けやすいみたいで、勢いに押されて少しずつ後退していく。必死にメイスを振り回しているのは、たぶん魔法をかき消そうとしているんだろう。残念ながら効果は無いみたいだね。ファイアボールと違って、エアジェットは僕の手元で発動し続けているから。


 エアジェットによる強風に殺傷能力はないから、このままでマールを無力化することはできない。彼女をストーンウォールで生成した石壁のあたりまで押し返したところで魔法を解除した。


 うん、狙い通りの位置関係だ!


「〈シャドウリープ〉」


 あえて大声で宣言して、影に跳ぶ。視界が切り替わったとき、僕はマールの背後をとっていた。狙い通り、彼女は僕を見失っているみたい。


 別に難しいことはしていない。僕はシャドウリープで石壁の影に跳んだんだ。ちょうど、マールの影と逆側に出ていた、ね。マールは自分の影に僕が現れると思い込んで、僕に背中を見せる結果となったわけだ。


 彼女は慌てて振り返ろうとしているけど……もう遅い!


 ライトニングタッチを発動し、マールの背中に触れる。僕の右手がバチリと恐ろしい音を立てた。マールが一瞬ビクリと体を震わせ……崩れ落ちる。うまく、気絶させることができたみたい。


「勝者、トルト&ローウェル!」


 その瞬間に決着を告げる声が響いた。見てる余裕はなかったけど、ローウェルたちの方も決着がついたみたい。


 ふぅ……疲れた。戦っている時間はそれほどでもないけど、対人戦は神経を使うなぁ。

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