シロルの食い意地センサー

 サンドワームの大群を撃退した後は嘘のように順調。魔物の襲撃もなかったので、三日ほどでベルヘスにたどり着いた。

 もっとも、砂漠は魔物にとっても過酷な環境だ。サンドワームのような特殊な種以外に砂漠に生息する魔物は少ない。全く魔物に遭遇しなかったとしてもおかしなことではないそうだ。


 護衛任務はここで終了。規定の報酬よりもかなり多めの金額を受け取ったあとにギュスターさんとは別れた。といっても、多脚ゴーレムを納品する必要があるから、もう一度会うことになるけど。


「さて、まずは情報収集か?」

「そうだね。ここから東に何があるのか確認しておかないと」


 僕らの目的はベルヘスではなくて、さらにその東。とはいえ、そこに何があるのかはよく知らないんだよね。少なくとも、ここより東に大きな都市はないはず。だから、このベルヘスで情報を仕入れないといけない。


「でも、今日くらい、ゆっくりしてもいいんじゃない?」

「そうだよ。せっかく新しい街に来たんだし!」

『きっと、何か美味しいものがあるぞ! 僕にはわかる!』


 と、ここでハルファたちから異議の申し立てがあった。僕としても気持ちはわかる。このところ、移動ばかりだったのでゆっくりとできなかったからね。

 シロルではないけれど、その街の特産料理を食べ歩くのは楽しい。思わぬ食材に出会えることもあるし、僕としても気にはなってるんだ。


「そうだね。それじゃあ、情報集めは明日から! 今日は適当に街を見て歩こうか」


 宣言するとハルファとスピラは「賛成!」と声を上げた。ローウェルは何も言わないけど、笑顔を浮かべている。


『むむむ……、それならこっちだ! こっちにきっと美味しいものがあるぞ!』


 シロルの食い意地センサーに何か反応したみたい。まあ、適当に言っているだけだとは思うけどね。特に目的地があるわけでもないから、そちらに向かってみるのもいいか。


 闘技大会が近いせいか、ベルヘスは非常に賑わっている。通りを歩く人達の中にも、いかにも腕自慢ですって雰囲気の人は多い。冒険者ともまた雰囲気が違うんだよね。たぶん、それは装備のせいだ。

 冒険者は魔物が主な相手。生命力の高い魔物を仕留めるために、デカくて威力のある武器を使う傾向にある。一方で、闘技試合は主に対人。威力よりも取り回しのいい武器が好まれる。それに、多くの試合では対戦相手を故意に殺害すると反則負けだ。殺傷能力の高い武器は使われない。


 そんなわけで、装備をみれば何となく冒険者かそうでないかは判断がつくんだよね。まあ兼業の人も多いだろうから、闘技者かそうでないかはちょっとわからないけど。


 周囲の様子を眺めながら、シロルの先導に従って歩くと、たどり着いたのはとある食堂だった。


『ここだぞ! ここから不思議な匂いがするんだ!』


 どうやら、シロルは匂いを元に僕たちを案内していたみたい。というか、ここまでくれば僕たちにもわかる。独特で食欲をそそる香りだ。この香りはもしかして……カレー!?


『何してるんだ、トルト! 早く入るぞ!』

「あ、うん。そうだね」


 シロルに急かされるようにして、お店に入る。かなりの人気店みたいだね。食事時としては中途半端な時間帯なのに、かなりの席が埋まっている。それでも、どうにか人数分の席を確保することができた。このお店で提供している料理は一種類だけみたい。料理名は……知らない名前だね。それでも店内に充満している香りは、カレーそのものだ。だけど――……


「あれ、違った?」

「ん? どうしたんだ?」


 出てきたのはカレーではなかった。いや、匂いはカレーそのものなんだけどね。肉と野菜と芋を炒めた料理みたい。

 絶対にカレーが出てくるとばかり思っていたから、思わず声が出ちゃった。それを聞いたローウェルが怪訝な表情でこちらを見ている。


「ううん、何でもない」


 うん、本当に何でもない。この料理も美味しそうだ。ただ、完全にカレーを食べる気でいたから、頭が混乱しているだけ。


「へえ、変わった味だね! でも、美味しい!」

『なんだこれ? 舌がぴりぴりするぞ?』

「面白いね!」

 

 味も悪くない。スパイシーで若干カレー風味だ。きっと、香辛料のせいだね。そういえば、セファーソンは香辛料が豊富だって聞いたことがある。オルキュスで食べた料理も幾つか独特の味付けをされたものがあった。今思えば、あれも香辛料のおかげだったのかも。


 香辛料が豊富ならカレーを出す店がどこかにあるかもしれない。

 いや、この料理も悪くは無いんだけど、頭の中がカレーで一杯になっちゃってるんだよね。できれば、カレーが食べたい。最悪の場合、香辛料を組み合わせて自分で作るって手もある。


 と、カレーに思いを馳せているときだった。


「ローウェルじゃねえか! それに、トルトたちも! まさか、こんなところで会うとはな!」


 隣のテーブルから聞き覚えのある声で話し掛けられたんだ。そちらを見ると、そこにいるのは四人組の冒険者。そのうち、二人には見覚えがある。


「ゼフィルか。久しぶりだな。お前らもこちらに来ていたのか」


 声を掛けてきたのはリーヴリル王国の王都ガロンドで知り合ったゼフィルだった。もちろん、エイナも一緒にいる。残り二人は私用で不在だったメンバーかな。

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