デムアドさんの事情

「いや、それはガルナラーヴァを信奉しているからではないのか?」


 あんまりな主張に唖然としていると、代わりにローウェルがツッコミを入れてくれた。それに対するデムアドさんの反応は、深いため息だ。


「まあ、普通はそう考えるよな。だが、俺は断じてガルナラーヴァを信奉してはいない。むしろ、他の人間より邪神を憎む気持ちは強いと思うぜ。なにせ、ことあるごとに頭の中におかしな要求が届くんだ。迷惑なこと、この上ない!」


 その後、デムアドさんは邪神に対する愚痴をこぼし始めた。よほど鬱憤が溜まっているのか、口を挟む暇もないほどのマシンガントークだ。

 隣でローウェルが顔を引きつらせている。地雷を踏んじゃったと思っているのかもしれない。


「あの、わかりましたから。デムアドさんは声が聞こえるけど邪教徒ではない。そういうことですね?」

「あ、ああ、そうだ。すまん、つい愚痴が」

「いえ、それはいいんですけど。どうして声が聞こえるのか、心当たりはありますか?」

「さあな。まあ、両親がガルナラーヴァの信徒だったから、そのせいだとは思うが……」


 それから、デムアドさんの境遇について聞かせてもらった。彼はアイングルナ出身で、邪教徒である夫婦のもとに生まれたそうだ。幸いなこと……と言って良いのかわからないけど、彼の両親はガルナラーヴァの指示を受けて家を留守にすることが多かった。そのおかげでデムアドさんは邪教の影響を受けなかったみたいだ。


「声が聞こえたのは十年ほど前だったか。ちょうど両親が戻らなくなった頃だ。おそらく、奴らは何らかの失敗で死んだんだろうな。そして、代わりの手駒として邪神は俺に目をつけたんだろう」


 両親について語るデムアドさんは冷ややかだ。まあ、邪神に傾倒して自分を顧みなかった親だからね。当然かも知れない。


「そういう経緯か。それならば浄化は無理なのだろうな」

「たぶんね」


 ローウェルの呟きに、僕も小さな声で返す。

 望んでもいないのに邪神の声が聞こえる状況。想像することしかできないけど、精神的にもきついんじゃないかって思う。できれば何とかしてあげたいけど、特殊個体とかによって植え付けられた“声と、邪神が信徒に直接届ける声は別物みたいなんだよね。少なくともゴドフィーにクリーンをかけても邪気を払うことはできなかった。


 まあ、でも試すだけ試してみようか。

 そう思ったんだけど、後ろに控えていた看守さんに止められてしまった。


「基本的にはただのクリーンなんですけど。体が綺麗になるだけですよ、基本的には」

「あの……、そんな風に『基本的には』を強調されると余計に不安になるんですが。それに何かあると困りますから、囚人への魔法行使は禁止されています。そもそも魔封じの結界が張ってありますので、発動しないと思いますが……」


 魔封じの結界なんてあるんだね。まあ、でも牢獄ならその手の対策は必要か。囚人が魔法使いだったら、魔法の力で逃げられちゃうかもしれないもんね。


 ギュスターさんに頼めばクリーンを試すくらい許可が降りるかもしれないけど……まあ、そこまでする必要は無いかな。たぶん、効果が無いし。


「おい、お前ら。浄化とか、クリーンとか何の話だ?」


 目の前で喋っていたわけだから、当然、デムアドさんにも聞こえていたみたいだ。


「光魔法のクリーンは知ってますよね? 僕はちょっとだけ特殊なクリーンが使えるんです。それを使えば邪気が払えるんですよ」


 特に隠すことでもないので説明してあげる。といっても、邪気が払えるとだけ聞いても、普通は意味がわからないだろうから、アイングルナでの出来事もかいつまんで話した。


「アイングルナではそんなことになっていたのか。ゴドフィーのじじいも捕まったんだな。そりゃ良かった」


 デムアドさんがアイングルナを出たのは半年くらい前らしく、最近の状況は全く知らなかったみたいだ。


 そもそもデムアドさんは邪教徒から距離をとろうとしていたみたい。だから、邪教徒の策謀なんかは全然知らないそうだ。とはいえ、邪神からの指示は届くから、何となく察することはあったみたいだけど。


「まあ、さっきの話から考えると俺にその特殊なクリーンとやらを使っても、浄化は無理そうだな。それは残念だが仕方がない」


 浄化に関しては、デムアドさんも僕らと同じ結論みたい。それよりも、まだ話には続きがあるようだね。


「こんなこと頼める義理もないんだが、俺の連れにその浄化とやらを使ってみてくれないか? あいつらならもしかしたら正気に戻るかもしれない」


 連れというのは、デムアドさんが邪教徒であると主張した二人の女の子のことだろう。邪教の影響を削ぐことは、僕らの目的と合致しているのでそれは構わないのだけど。


「えっと、デムアドさんとその子たちはどういう関係なんですか?」

「あいつらか。あいつらは……なんだろうな? 正式に引き取ったわけでもないが、養子になるのか?」


 例の女の子たちは、アイングルナでデムアドさんが面倒を見ていた双子らしい。名前はアウラとキーラ。両親は冒険者で、二年前に亡くなったんだとか。その冒険者とデムアドさんは親交があって、その縁で二人を引き取ったそうだ。


 二人の面倒を見ながらも、デムアドさんは自分が関わるのはよくないと考えていたみたい。邪神の声が聞こえるデムアドさんは邪教徒から協力するように迫られていて、二人が巻き込まれることを恐れていたんだ。半年前、アイングルナを離れるときには、孤児院に預けるつもりだったらしい。


「だが、突然、邪神の声が聞こえるとか言い出してな。俺と一緒に行くように指示されたんだと。お前たちの話が本当なら、洗脳されてしまったのかもしれん」


 アウラとキーラを浄化するように頼んだのは、それが理由らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る