第四部

ボールが勝手に……

 周囲には人だかりができている。目の前には積み上げられたコインとルーレット盤、そして少し白髪が目立つ壮年のディーラー。にこやかな笑顔はちょっぴり引きつっているように見える。


「おいおい、また全額ベットかよ。これで勝てば幾らになるんだ」

「もうわかんねえよ……。これで何連勝だ?」

「このカジノ、大丈夫なのか? 潰れたりしないよな?」

「さすがに大丈夫だとは思うが……」


 野次馬から漏れてきた「潰れる」の言葉にディーラーさんの表情がぴくぴくと震えた。もう笑顔と言っていいのか怪しい表情だ。ついでに言うと僕の表情も引きつっていることだろう。なんだってこんなことになったんだ。別に僕はカジノを潰したいわけじゃないのに。


 ここはセファーソン氏族連合国の都市、オルキュスだ。オルキュスはギャンブル都市として知られている。前世みたいに気軽に旅行にいけるような世界ではないんだけど、この都市には全世界から一攫千金を夢見た人達が集まってくるらしい。


 で、僕たちがいるのはオルキュスで一番賑わっている『ライナノーン』というカジノ。まあ、せっかくギャンブル都市に来たんだからちょっとくらい冷やかしていこうか、というくらいのつもりだったんだ。ちょっとお小遣い程度の額をコインに替えて、みんなで少しだけギャンブルを楽しもうと、その程度の考えだったんだよ。


 僕が遊んでみたのはルーレット。前世の方のルールはあまり知らないけど、たぶんほとんど違いはないんじゃないかな。ざっくりというと、回転するルーレット盤にボールを落として、どこに止まるかを当てるゲームだ。本当はもうちょっと細かい賭け方があるんだけど、その辺りのルールの説明は置いとく。


 とりあえず、適当に選んだ数字が何度か当たった。その度にコインが増えていく。増えたコインをそのまま次のベットにつぎ込んでいったら、気がついたときにはそれなりのコインが手元に集まっていた。


 こういうところで勝ちすぎるのはよくない。なんとなくそんなイメージがあった僕は、そろそろ勝負を降りようと思ったんだけど――……


「さすが、トルトだね!」

「こうなったら、どこまで勝てるか見てみたいよね!」


 自分のコインを使い果たして見学していたらしいハルファとスピラがそんなことを言い出した。周囲で見ていた人も同調するようにはやし立てるものだから、なんとなく降りるに降りれなくなっちゃったんだ。


 このときはまだ、適当なところでわざと負ければいいと思っていたんだ。だから、とりあえず、勝負は続行した。


 そのあと、何回か数字を的中させたところでそろそろ負けようとした。そして、気付いたんだ。適当に賭けてただけだから、故意に負けようとしても負け方がわからないって。


 このおかしな勝率は間違いなく僕の幸運に起因しているはず。だから、僕が負けを望めば、そういう結果になるものと思っていたんだけど……全然、負けない!


 そのころには稼いだコインが山積みにされているような状態だった。勝負を降りようにも言い出せる状況ではない。周囲は見物客がぐるりと囲っている状態だし、何よりディーラーさんが逃がしてくれる雰囲気じゃなかった。そのときのディーラーさんは若い女性だったんだけど、顔面蒼白なのに「まさか逃げませんよね」なんて挑発をしてくるんだ。負け分を取り返したいんだろうけど、絶対に悪手だったと思う。


 そろそろまずい。黒服のお兄さんたちが来ちゃう!

 そんな風に考えていたところにやってきたのが、例の壮年の男性だった。女性に代わってディーラーを務めると宣言したんだ。明らかに手慣れた感じだったから、たぶん熟練のディーラーなんだと思う。


 そのときになって思い出した。たしか、前世のルーレットって、ボールを落としてから、ベットが締め切れられるまでに時間があるんだよね。でも、この世界のルールでは、ベットが締め切られてからルーレットが回される。つまり、腕のいいディーラーなら、誰も賭けていない場所に故意にボールを落とすことができるんだと思う。


 つまり、このおじさんディーラーはイカサマのために出てきたんだ。普通なら怒るところだけど、僕としては大歓迎だ。正直、変に恨みを買ってまでお金が欲しいわけじゃないからね。


 それなのに……なぜ、勝っちゃうんだ!?


 一勝負終わったとき、おじさんディーラーは愕然とした表情で僕を見た。僕も似たような表情でおじさんを見た。僕らの気持ちは一致していたはずだ。「なんで、当たるの!?」って。


 そして、今に至るわけだ。推定凄腕ディーラーであるおじさんまで出してきたからには、お店側にも後はないはず。こうなったら、奥の手しかない……!


『シロル! 僕が賭けてないところに念動で玉を落としてくれない? なるべく自然な感じで!』

『ん、なんでだ? 賭けてるところに落ちた方がいいんじゃないのか?』

『いいから、お願い! お願いを聞いてくれたら、お菓子を作ってあげるから』

『本当か! 約束だぞ!』


 絆の腕輪を介して、シロルにお願いをする。これが僕の奥の手だ。念動の力で強引に負ける!


 緊張の一瞬。ルーレット盤をぐるぐると回る白球は少しずつスピードを落とし……ちょっと不自然に22と書かれたポケットに落ちた。僕が賭けたのは3。つまり外れだ。


 幸いなことに、周囲のお客は念動による干渉に気付いていないようだ。ディーラーのおじさんはぎょっとしていたから、たぶん気付いているけど……まあ、問題ないよね。


 ざわざわと騒がしい中、コインが回収されていく。僕に便乗していた人の分まで回収されていくけど……まあ、それは仕方が無いね。安易に人のベットに乗っかるのがいけない。全ベットしていたわけじゃないなら、多少は稼いだろうし。


 周囲のお客が「残念だったな」とか「良い物見せて貰った」とか声をかけてくるのを、曖昧な笑顔でやりすごしてほっとひと息をつく。これで、お店に恨まれることはないだろう。


 そんな風に考えていたときだった。おじさんディーラーが何気ない様子で僕の傍に近づいてきて、ぼそりと呟いたんだ。


「オーナーがお会いしたいとおっしゃってます。申し訳ありませんが、ご足労いただけますでしょうか」


 ……なんで呼ばれるの? 恨まれてはないはずだよね?

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